テリトリー hiruma x mamori 2014年08月29日 とけてしまいそう、なんて言うほどでもないけど。 *****目の前の悪魔は傘も持たずにずぶ濡れで歩いていた。はぁ…とため息が漏れた。部員はみんな帰ったあとでここには誰もいない。置き傘をとりに行っていた私は、校庭の向こうを歩くその後ろ姿が一番に目に留まった。周りを威嚇するための金髪はへしゃげて台無しだ。水も滴るいい男なんてよく言うけど、私にとっては悪魔でしかない男だった。さて…仕方ないかな……。私はなんの模様もない真っ白の折り畳み傘を広げ駆け足で悪魔のもとに寄った。足元で水がぴちゃぴちゃ跳ねる。その音に気づいているはずなのに振り向かない。彼らしいと思う。「………」無言で差し出した傘の半分は、私よりも背の高い彼の左側を雨からまもった。彼は歩みを止めた。私は何も言わない。彼も何も言わない。こちらをちらっと見たかと思えば、そっぽを向いてしまった。雨音だけが傘の面の上を跳ねて踊る。「………」彼は無言のまま、私から一歩右へ離れた。「ちょ!」私はもう一度彼の左側を傘の半分でまもった。彼はまた傘からはみ出る。「もう!」一歩近づいては、また一歩遠ざかる。よくわからないそのやりとりを数回繰り返したのち、私はたまりかねて彼の左手首をパシッと掴んで握った。「風邪引くでしょ?」彼は再び離れようとはしなかった。私はまたはぁ…と溜め息をついた。ハンカチを取り出して、濡れてしとしとと滴を落としている髪を少し拭いてあげた。「ケケ」何がおかしいのか。下りきった金髪の隙間からニヤリとつり上がる口もとが見えた。「……傘、忘れたの?」「俺の予報では晴れだった」「ヒル魔くんでも予測外すことあるのね」「糞おテント様には敵わねぇよ」要約すれば傘を忘れただけのこと。なんとなくヒル魔くんにしては珍しい。子供っぽい一面が、おかしかった。「…何笑ってんだ」「フフッ、悪魔でも人間らしいとこあるんだなって思っただけ」ケッとちょっと面白くなさそう。歩きながらくるくる表情の変わるヒル魔くんを見ていると、不思議な気持ちになってきた。雨は絶え間なく降り続いている。傘の範囲、この範囲に私たちは閉じ込められている。こんなにそばでヒル魔くんを見ていると、背丈の差や、空気越しに伝わる体温や。普段感じないものを嫌でも感じる。この人のことをもっと知りたいと思う。好きの反対は無関心という。では、関心を抱いてるということは、どういう気持ちなのだろう。そんなことをもやもやと考えていると、どうやら私の家の玄関前、目的地についてしまったようだ。「じゃぁな」そう言うと彼は傘の外に出てまた雨の中を歩きだそうとしていた。「待ってよ。これ使っていいから」置き傘だし。差し出した傘とそれを握る右手は、宙に浮いたまま。彼は数秒間止まった。なんでだかそれは長く感じたのだけど最終的には私からそれを奪うように取り上げて帰っていった。「もう…素直じゃないんだから」私はその後ろ姿をしばらく見ていた。「それ……」いつも通り物品の買い出しに来ていた私たちが店を出ようとしたとき、待っていたのは豪雨だった。今日は私のなかでは晴れの予報だった。傘なんて持ってきていなかった。ふと横を見ると彼は傘を広げていた。悪魔たる彼には似つかわしくない、真っ白の折り畳み傘には見覚えがあった。「…それ、なくされちゃったのかと思ってたわ」いつのことだっただろう。まだ私たちが高校生の時の帰り道だ。それからなんだかんだと返してもらえることもなく、高校を卒業し、同じ大学に入り、またアメフトをやっている私たち。「帰るぞ」ぶっきらぼうに言いながら、傘を私に押し付ける。その代わりに一番重い袋を私から無言でとりあげた。「ありがと」いつかのときと同じく私は彼の左側を雨からまもりつつ、歩き始めた。傘の広さの範囲。たとえ傘がなくたとしても、この距離を、少しはキープできるようになったかしら。…なんてね。 [0回]PR