六感 okita x kagura 2015年06月17日 真夏の昼のハプニング。 「暑っぢぃ…」 蒸し暑い空気に悪態をついた。 昼下がりのうだる暑さの真ん中、俺は無謀にも寝転がり昼寝を試みていた。が、やはり無理だこれは。 のっそりと起きあがる。だが、ベンチから腰は上げない。座ったまま、もうそっから動くことすらダルかった。 暑い…とにかく暑い。 貼ってた冷えピタもとうに茹で上がったので、もうペリペリ剥がして公園のゴミ箱に捨てたのもついさっきの話だ。 せめて木の下とか日陰に移動すりゃいいんだろうが。もうそれすらダルい。動きたくねぇ。だからそのままじっと、感覚を落ち着ける。 まずはアイマスクで視覚を覆っていること。暗い目の前に涼しさを求める。 次に落語が流れるイヤホンで聴覚を覆っていること。気温から気をそらすために新しく入れたやつを聴いている。 それから先程まで口に加えたチューベット、そのヨーグルト味で味覚を覆っている。甘くて爽やかな味がする。 そう、こんなふうに安らぐ準備は整っているはずなんだ。だが、それでもまだ、この気温だけは不快で仕方ない。 汗が肌を伝う。服に染みたのか、それとも蒸発しちまったのか。水分は奪われる一方だ。 ほんと、一瞬でもいいから。雲でお天道様を隠してくれ……。 と、思っていた矢先、 ふっと、突然、日陰になったのを感じた。雲か。………いや。すぐそばに人の気配がする。 ……誰だ? 俺がこんな無防備な状態晒してるってのは、普通に考えればまずい状態だ。第六感だけはもう少しきちんと働かせて周り注意しとかねぇと。今度からは気ぃつけよ。 などと。今俺が呑気にそう考えてられるのは、すぐそばにいるそいつから、一切殺気が感じられないおかげである。 それどころか、どこかガキっぽい気配がする。面白半分で見られてるような。そんな感じがする。……そうか、寺子屋も夏休みの時期だな。いやぁガキはほんとうぜぇわ……。ツンツンいじくり回される前に、ここから退散しようか。 そう思って立ち上がろうとして。 しかし、立ち上がれなかった。 両肩を上から押さえつけられたのだ。 大して強い力ではないから、調子乗んなと跳ね返そうとした。 そのとき、 不意に、嗅覚が甘い匂いに覆われた。 菓子とか果物とかそうじゃなく、 人間の、……いや、女の香りがした。 は?……と思っていた矢先、 触覚が覆われた。 体の全神経が、唇に集中する。 やわらかく、熱を帯びたものが触れていた。 ちゅっ、と音を小さく立て、 静かにそれは離れた。 え…?何? 今の、何? 汗が額を伝ったのとほぼ同時、今度は耳のイヤホンが無理やり外された。流れていた落語が、ガキのすっとんきょうな声とすり替わった。「だーれだっ?」 わざわざご丁寧に、アイマスクの上から手のひらか何かで目元が押さえつけられた。無邪気なその声は、聞き知らぬガキではなかった。……俺のよく知るクソガキの声だった。 おい…嘘だろ。 唇、ひったくられた。 こいつに。……こいつに?!「おーいなんとか言えヨ。もっぺん襲うぞ」 は?マジで意味わかんねぇんですけど。何やってんだ公然ワイセツでしょっぴくぞコラ。そうやって反論すりゃいいのに。なんか知らんが俺の口はうまく回らず、言葉が出てこなかった。たぶん、アイマスクつけたまま、口パクパクさせてた気がする。 ただでさえ暑かったのに… 熱ぃ、マジで熱ぃ。 焼き犯されそうだ。顔が。脳が。 首筋を汗が伝う。肌がネトりとする。 今たぶん、俺はとんでもなく間抜けなツラしてる自信がある。こんなツラ見られるわけにはいかない。 そうだ、さっさと逃げよう。 どうしたら……。 ああそうだ、この目の上に当てられた手をまずドかさなけりゃならねぇ。威嚇でもして間合いをとらせるしかあるまい。「……てめー、死にたくなけりゃこっから五秒以内に消え」 と、その言葉は最後まで続けられなかった。 また、塞がれた。 今度はさっきよりも長く、やわらかい感触が唇の上に触れたままゆるゆると動く。 視界が見えない暗闇の中、その感覚だけが体を支配する。反撃できるはずの手足は何故か動かない。一瞬、汗が肌を伝う感覚もする。だが、すぐにまた唇の感覚が支配する。 息を、止めていた。塞がれて呼吸すらままならないから。 上と下の唇を、交互に挟むように、ゆっくりと啄んできやがる。ずっと息を止めていたから、酸素がほしくて。んはぁ……と唇の隙間から吸った。我ながらエロぃ声出しちまった。 しばらくされるがままにしていれば。ようやく唇から離された。離れる感触に引っ張られるみたいに、胸の奥から何かが、どろりとろりと込み上げてくる。 この余韻の処理を、どうしたらいいかわからない。 つと、アイマスクを乱暴に目繰り上げられた。 地面からの光の反射が眩しい。 一瞬視界がぼやけたが、すぐにピントが合ってくる。 すると、目の前にいたのは。やはり。俺のよく知るガキだった。目の前に立っている。真っ赤なチャイナ服。日除けの傘をさしたまま、肩と首の間に挟み。狭い傘の陰の下、思った以上にそいつは至近距離にいた。 俺の肩に両の手をかけたまま。まっすぐ見下ろしてくる目。心なしか赤らんで見えた目元。そして、大きなその目は細められ、こちらを見つめたまま視線をそらさなかった。「顔、真っ赤になってるアル」 その言葉が、俺の今の状況を説明するものだと一瞬気づかなかった。満足そうにニヤリと微笑むそいつは、わざとらしくペコちゃんみたいに舌を覗かせた。 そして言うのだ。「可愛いアルな、お前」「………ッ!」 手よりも足よりもまず、視線が動いた。目でまっすぐ、キッとにらみ返してやる。 にらみ返した、が、 青い瞳と焦点が合った、その瞬間 あっ……やべどうしよ、と。思った。 第六感がはたらく。 もっかい、キスしてぇ… 100℃に達した水みたくボコボコと沸いたその欲を、ギリギリと踏ん張ってなんとか掻き消した。 いや、マジで俺の頭イカれた。たぶん暑さのせいだこれ絶対熱いせいだ! これ以上こいつと、この距離にいることは無理だと思った。肩に置かれてた手を腕で振り払った。 マジ五秒以内にどっか行け、と下向いて頭をガリガリと掻いていた、そのときだ。「お前、…なんとも思わないアルか、」 頭上から落とされたその声は、いつもの嫌味たっぷりの声とは全く違っていた。 どこか大人らしく、どこかあどけなく。淡々と俺に告げる。「私、初めてだったのヨ?」 そんな言葉と、声とで、 なんかもう、切れちまった。 衝動的に体が前へ動き、捕らえた。 全感覚が、こいつに持ってかれた。 [11回]PR