ポケットティッシュ okita x kagura 2015年10月18日 クリスマスイブの話です。ほんのり神➡沖。 冬だというのに、街並みは暖かな光景に包まれている。 なんてことのない、毎年繰り返されるいつものクリスマスイブの夜の景色だった。 広々としたアーケード街、イルミネーションの灯る街の木々と、ショップのウインドウの洋服や小物、お洒落な和服を身にまとう女性たち。 そんな中に、ぽつんと一人。 赤い冬用のチャイナ服姿の神楽。 街灯の足下で三角座りをしていた。 そしてじー……っと、行き交うカップルたちを眺めていた。 頬杖をつき、首を右へ左へ。無言のまま通りを眺め続けている。 カップルを眺めるというよりも、正確には、女性たちを見つめていた。 今日この日のためにと、とっておきのキレイな衣装を身にまとって笑顔を振りまく彼女たち。 女の一番の化粧は笑顔、でも普通の化粧にも抜かりはない。 耳や首のキラキラ光るアクセサリーもいちいち目に留まる。 神楽は羨ましかった。 光るアクセサリーなんてひとつも身に付けていない。もさもさの使い古されたマフラーと帽子だけ。 そんな自分の身なりと、どうしても比較してしまう。 今日という日に、とびきり可愛くなれる女性たち。 憧れてしまう。 そろそろお洒落にも興味があるお歳頃なんだヨ!と、ここにいない銀時や新八に愚痴りたくなってしまう。 私は、こんな冴えない格好して、ポケットティッシュを配るだけに収まる器じゃないアルッ!と、ぼやきたくなる。「バイトじゃバイトじゃァァア!クリスマスなんざカモ共が都会に集う最ッ高の時期じゃねーか!!今が稼ぎ時だぞてめーら!!」 銀時のゲスい笑みを思い返す。 はー……と真っ白い溜め息が溢れるばかり。 お金稼ぎしか頭にない社長に、お洒落して出掛けたいなんて日本語はきっと通じない。 神楽はしょんぼり諦めていた。 今まさにバイト中である神楽。 銀時や新八とは別々のエリアを受け持っている。 しかしもう、配るという単純作業すらダルかった。だからサボることにする。 大きな袋いっぱいのポケットティッシュは、神楽の背もたれとして鎮座する役割しか果たしていなかった。 今日はどれくらい配ったかな……。 手に持っていたティッシュを、自分用にとポケットへ忍ばせつつ考えていた。 どれだけ配ったところで、時給制の稼ぎに何も影響しない。 連日配ったところで、あのお洒落なお店に並ぶ服ひとつ買えるのかも怪しい。 第一、あんなに可愛い衣装を買ったって。神楽には使い道がないのだ。 改めて辺りを見回す神楽。 お洒落を極め込んだ女性には決まって、連れがいる。 一人かなぁ……と思って見ていた女性も、待ち合わせた男性がすぐに登場する。 堂々と公道でベタつく二人組もいれば、恥ずかしそうに顔を赤らめながら手を握る二人組もいる。 いろんな二人組がいて。けれどどの人たちも温かく楽しそうに笑い合っている。「いいなぁ……」 さながらマッチ売りの少女の気分だ。 可愛い服とか、小物とか、髪型とか。 惹かれているのは、 本当にそっちだけだろうか……? 自問する中で、 神楽はふと、ある二人組が目に留まった。 遠く向こうから、こちら側へ歩いてくる二人組。 二人ともまだ遠くて、しかもマフラーもしていて、顔はよく見えない。 女性は例に漏れず、とても可愛らしいコートに、可愛らしい毛糸の帽子を被っている。 でも、そんなことよりも。 隣にいる、男性…… 神楽は目を見開いて、男性から目が離せなくなった。 淡い茶色、さらさらまっすぐストレートヘアの頭。 背はそれほど高くないけれど、顔が小さくてバランスのとれた等身。 ポケットに両手を突っ込んで、視線を落としたままの、ちょっとカッコ悪い歩き方。 全体的に、見たことある。 よく見たことがある雰囲気の男性。 神楽は呼吸すら忘れてガン見してしまっていた。「……嘘、マジアルか」 カップルがだんだんこちらへ近づいてくる。 心臓の音がどくっどくっと波打ち続ける。 キリキリと痛みもしてきて、思わず胸元を手でぎゅっと押さえていた。「今日はお前どこ行きたい?」「ソーくんの行きたいところでいいよ!」 聞こえてきた弾む声。 腕を組み、ぴったりと寄り添う……。 近づいてくるとその顔がわかった。 男性は……… 糸目、出っ歯、ケツ顎………極めつけは、似合ってもいない耳ピアス。じゃらじゃらした鎖付きの服。 チャラい……。「………誰アルか」 思わず声に出してしまった頃には、二人は神楽の前を横切り既に遠ざかっていった。 ………別人だった。 安堵の白い息をついた。「紛らわしいヨ……」 一瞬思い浮かべた神楽のよく知る人物は、あれほどチャラチャラはしていない。 それに、……あんなにふわりと幸せそうな笑みを、見たことがない。「……あいつは今頃何してんのかな」 似た人を見かけたせいで、そんなことを考えてしまう。 差詰め、混雑する道路の交通整備にでも追われているだろうか。 あまり詳しく知らないが、もしかしたら普通に彼女がいるのかもしれない。それなら普通にさっきの二人みたくデートしてるだろうか。 もしくは彼女じゃなくても、たくさんの女の子たちに囲まれてどっかのお店でワイワイしてるだろうか。羽振りは良さそうだし……。 悶々とする。 あまり今まで考えたことがなかったのに。 目の前にいないあいつが、今何をしているんだろう、なんて。 そんな無意味なこと、考えてしまう。 一度考え始めると、それが気になって仕方がなかった。 そして、自分の目で確かめたいような衝動にかられた。 いや、確かめられなくても、いい。 顔、見たくなってきた。 神楽はその場を立ち上がる。 そして、袋やバイト道具もそのままに、駆け出した。 バイトなんて知るか!もうやってらんねーヨ! 神楽の足は、銀時や新八のいるエリアを上手に避けた。 そしてまずは、万事屋へと向かいまっすぐ戻っていったのだった………。*****「よーし定春、この辺でいいヨ!」「アンッ!!」 主人の声に反応して、キキキッと前足を地に擦らせ停止した定春。万事屋でのんびりしていたところ、寒い屋外へ連れ出されたが、嫌がることもなく嬉しそうにここまで走ってきた。 その背中からぴょんと飛び降りた神楽。防寒はしっかりしているが、手ぶらで身軽な格好をしていた。 二人………いや、一人と一匹の遠く目の前にあるのは、真選組の屯所の入り口。 道の電柱の陰に身を潜め、じっとしていた。 こんなに寒い気候だからか、通行人どころか門番すらもいない屯所周り。 その景色は、街中とは対照的だった。 ひんやりと冷たい風が道を駆け抜ける。 人工的なコンクリートや土壁の冷たさに囲まれていた。「……さて、来たはいいけど。どーしたもんか」 おじゃまするアルー!なんて神楽が屯所へ突入することなど許されているはずがないし、 かといって力尽くで殴り込みをかけるほどの用事も特にない。 ただ顔が見てみたいなんて用事、他人どころか本人にも告げられそうにない。 そもそも第一、目的の人物が屯所に居る、あるいは戻ってくるとは限らないのだ。 実際会えるかどうか、神楽は天に賭けていた。「要らんときは会うくせ、こーゆうときは出会さないもんアルな。……天の邪鬼め」 このまま屯所前で小一時間張ってみようかとまで考えてしまう。 いくら暇とはいえ、そんなことまで考えてしまう自分の脳みそ。どうしたんだろう。 じっとしていられず思わず足踏みする。 毎年相変わらず、冬の夜は冷え込むのだ。 寒さから、両腕を体の前で組み、二の腕をさすりながら。 神楽は待っていた。 ここに現れるかどうかもわからない姿を、待っていた。 あいつに、会いたい………なんて。ちゃんちゃらおかしい。 別に会っても、デートもしないし、手を繋ぐわけでもないし、仲良くおしゃべりするわけでもない。 ただ本当になんとなく、会いたくなった。 会って、あいつが何して過ごしてるのか、知りたいだけ。 きっとこんな風になるのは、人肌恋しくなる気候のせいだからだ。 私のせいじゃない。私は悪くない。自分にそう言い聞かす神楽。 胸が少しじくじくとする。 会って、でも、どうしよう……。先のことはそこまで考えていなかったのだ。「アンッ!」 そのとき、突然定春が吠えた。 神楽はへっ?と、定春の目線の先へ振り返りつま先を向けた。「………あ、」 神楽の最初の予想通り、仕事にでも出かけていたのだろうか。 淡い茶色、さらさらまっすぐストレートヘアの頭。 背はそれほど高くないけれど、顔が小さくてバランスのとれた等身。 ポケットに両手を突っ込んで、視線を落としたままの、ちょっとカッコ悪い歩き方。 暗くて見えにくいが、カチャッ、カチャッと鞘に収めた刀の音が響く。 重い足取りで屯所の入り口へ向かっていると共に、神楽たちにも近づいてきていた。 ほんとに、会えちゃった………。 神楽は電柱の陰から一歩ずつ踏み出す。 そして道の真ん中に立ち尽くし、定春と共に屯所までの通り道を塞いだ。 静寂の中、歩く音のリズムが少しずれる。 コンマ一秒、警戒するように足取りが止まったような感覚。 しかしすぐに気づいたか、警戒は解かれる。 怪しみながらも、足音はまたゆっくりと神楽へ近づいた。 神楽はなんだか、こっ恥ずかしくて、視線を下に落としたまま立っていた。「何してんだチャイナ、こんな時間に」 少しかすれたような、低く冷たい声が耳に届いてきた。 声の主はうつむく神楽の前で立ち止まる。 淡い白色の電灯の下、二人は………沖田と神楽は、向かい合っている。 けれど神楽の視点は、沖田の黒い靴から動かない。「………どうかしたか」 黙ったまま何も言わない神楽にもう一度沖田は声を掛けた。 神楽は、胸の内がぽかぽかとしていた。 片手を自身の胸に押し当てる。 どき、どき、とゆっくりとした音が体を揺らす。 不思議だった。 さっきはあんなに明るく暖かい景色の中、心は冷えきっていたのに。 今はこんなに暗くて冷たい景色の中、心だけはどきどきと徐々に熱くなってくる。 すぐそばに、沖田がいる。 たったそれだけのことで………。 言い知れぬ感情が恥ずかしくて、神楽は顔を上げられないでいた。「……今疲れてんだ、用が無ェなら帰るぜ。たりィから」 沖田はぶっきらぼうにそう言って、足を一歩踏み出し、神楽の横を通りすぎようとした。 黙っていても仕方ない、と。 意を決し、神楽はパッと顔を上げた。「私、お前の顔が見たくなっ………」 ところが、言いかけて、やめた。 今日初めて沖田の顔を目にした神楽は、ぱちぱちと瞬きする。 そのまましばらく、見つめてしまった。「何だよ」 神楽に手首を握られ、制止させられた沖田。 振り払いはせず、神楽の顔を見下ろした。 視線がまっすぐに、ジッと見上げてくる………何事なのかと思えば、突然、神楽のその表情が緩み、ニヤけた。 そして、アハハッと白い息と共に小さく笑った。「は?俺の顔?何?」「いや………お前はほんと、アホアルな!」 神楽は笑いまじりにそう言いながら、沖田から手を離した。 そしてそのまま手を自身のポケットへ。 そこから、バイトの余り物のポケットティッシュを取り出した。 沖田は訳がわからないという顔で、神楽の行動を伏し目がちに見ていた。「アホなやつネ……」 神楽はつぶやくようにそう言うと、一枚取り出した白いティッシュを手に。沖田の顔へぐんと伸ばした。 沖田が身構える間もなく、ぐしゃりッ、ごしごし!と、沖田の目の下の頬は乱暴にこすられた。 痛でで………と、片目を閉じて嫌そうに顔を歪める沖田。 何度かこすったあと、神楽は手を離した。 えっ何事!? 今しがたこすられた頬に、沖田自身も手をあてがう。 そして、その手のひらを見つめた。 そこには、少し固まりかけていた赤い液体が、どよりと付着していた。「返り血くらいちゃんと自分で処理するヨロシ」 沖田は神楽の手元へ視線を移す。 そのティッシュにも、固まりかけていた血糊が赤くべとりと付いていた。「……あらら」 頬に血ィ付けたまま、歩いてたんか。 気づかされた沖田は、顔には出さないが内心少し驚いていた。 頬の違和感に、全く気づけなかった。 今日の暗殺任務ですっかり疲れきっていたせいか。 それとも、血を浴びることに慣れきった生活をしているせいか………。 いずれにしても、こんな姿で出会したのが一般人や攘夷浪士でなくて良かった。 屯所の上司や部下でもなくて、良かった……。 一番当たり障りの無いこいつで、良かった。 そう思う沖田は、他にも血が付いてないか顔を拭ってみた。 しかし特に手の甲は汚れなかった。 どうやら片頬にだけ、先程斬ってきた人間の血が絡み付いていたようだ。「でも、お前らしいヨ」 神楽は汚れたティッシュをぐちゃぐちゃにして、後で捨てるつもりの酢昆布の空箱に詰めた。「………どうゆう意味だ」「そのまんまアル。血ィ付けてるのが……なんか、お前らしい。お前っぽい」 先程の胸のどきどきはどこへやら。 神楽はお腹を抱えて笑ってしまいたいくらい、沖田に呆れてしまっていた。 世間では皆、にこやかに彼女や家族と過ごすクリスマス。街は笑顔に包まれているというのに。 その裏で、こんな薄暗い細道で、たった一人の沖田。刀を鳴らし、疲労の溜まった足取りで、血糊のついた頬のまま歩いていた。 そっか……お前は、そういうヤツだったアルな。 そんなお前だからこそ、想ってしまう。 可愛い格好して、明るい街並みを一緒に寄り添って歩く…………そんな憧れからは縁遠いお前だからこそ、放っておけなくなるんだ。 神楽は少し、胸の内のもやもやが溶けた気がしていた。 目をぱちぱちさせ、不思議そうにきょとんとする沖田。 その表情は、先程までの殺伐としたものから、急に幼くなったように感じさせる。 たまに見せてくる沖田の素表情に、神楽は思わず笑いたくなってしまう。 沖田は沖田で、血を身にまとった自分に笑いかけてくる神楽を想う。 改めて、こいつは貴重な人種でかつ変人なのだと、可笑しくて呆れてしまいそうな気分だった。 睡眠不足でかすれつつも、笑いまじりの声で、神楽に文句を言う。「変なの、急に引き止められて急に笑われて、こちとら不快でィ」「変なのはお前アル。ホラーナイトイベントはとっくに終了してるネ。世間から取り残されてるぞお前」「こんな趣味悪ィ仮装、ハロウィンでもやらねェよ」「仮装じゃない方がよっぽど趣味悪ィヨ!」 それに今日はネ……、と。 神楽はポケットに二・三個詰め込んでいたティッシュすべてを取り出し、沖田の首元めがけて乱暴に投げつけた。 ポスポスッと軽くぶつかる音が鳴る。「ハロウィンじゃなくてクリスマスイブだヨ!」 おっと……と、沖田は胸元でキャッチする。 すべて如何わしい店の電話番号入りの広告が入ったポケットティッシュ。 何じゃこりゃ?と沖田が疑問を廻らせていると、じゃぁな!と神楽の声が聞こえてきたので顔を上げた。「あばヨくそサド!メリークリスマ~ス!」 神楽は、すぐそばに控えていた定春の背中にぴょこんと飛び乗りながらそう言った。 沖田は再び不意を突かれて瞬きした。「メリークリスマス……」 反射的に口にしてしまった、なんとも非日常的な言葉。 自分で自分に驚き、あ………と、手で口を軽く覆う。 嬉しそうにニヤリと笑った神楽が、雪がちらつき始めた夜道を、颯爽と駆けていく。 冷える指先を口元にあてがったまま、沖田はその後ろ姿を見送っていた。「そういや今日ってクリスマスイブか」 すっかり失念していた。 ここ数日、立て込んでいて数える間もなかった。 沖田はその場に立ち尽くし、じっとまだしばらくの間、神楽のことを想っていた。 返り血付きの顔を見て、あんな無邪気な笑顔向けてくるやつなんざ、そうそう周りにいない。 こんな俺の、何があいつを笑わせるんだか。 寒空の下、胸の内に言い知れぬ温かさを感じる。 沖田は自分でも何故だかわからないほど、安心しきってしまう。 結局、神楽が何しにここに居たのかはわからずじまい。 屯所に用事でもあったのか。 何の用事? 誰かに会いに………? 何にしても、こんな如何わしい広告付きのポケットティッシュ数個だけを投げつけて去っていったあいつは、何者なんだろうか。「………けどま、汚ねェ血ィ拭きたいとき、ちょうどいいヤツだな」 今日という日に突然現れ去っていった、白い毛むくじゃらのトナカイと、小さくて赤いチャイナ服のサンタ。 もらったチャチなプレゼントを目にしながら、沖田は少しだけ、ふわりと幸せそうな笑みを浮かべていた。 [12回]PR