手を繋ご okita x kagura 2015年08月03日 いつかきっとね。 公園のベンチに座った神楽は、傘をさしながら地団駄を踏んでいた。「あーイライラするアル!」「なんだ排卵日か?」 神楽と人間二人分くらいのスペースをあけて同じベンチに座っていた沖田は、缶ジュースを口にしながらくつろぎ、神楽に茶々を入れる。 神楽はムッと沖田の方を向いて睨んだ。「違ぇヨ。それは先週来たとこだから今しゅ」「いやすまん、そんな生々しい情報開示はいらん」「てか見ろヨあれ!あーゆうの!公共の場で堂々と手ェ繋いでるネ。なんかイラつくアル」 神楽が指差した先に沖田が目をやると。一組のカップルが手を繋ぎ寄り添って歩いていた。指と指を絡め合い、手首から上もピッタリとくっつき合って。周りに子連れの母親たちや、寺子屋帰りの子供たちがいることにもはばからずに。堂々公園の真ん中を歩いていったのだった。「いいんじゃねーの別に。若ェ証拠だろああゆうのは。どーせ年くったら飽きんだからやらせとけ」「お前は一体何歳アルか?」「そーゆうてめーも何歳のオバンだよいちいち気にすんな。今時あんなやつらどこにでもいるだろ」 飲み終えた空き缶を、ストンと公園の端のゴミ箱に投げつけた沖田。つい先刻同じようにジュースを飲み干した神楽と同様、缶は見事にゴミ箱に収まった。「だいたい、ああゆうのいちいち気にするってこたァ、内心羨ましいんじゃねーの?自分も誰かとああしたいとかの裏返しだな」「違ぇヨんなわけないアル。ああゆうバカップルが最近多くてイラつくネ。手ぇ繋ぐなとは言わないけど、時と場所を考えろって話アル」「やらせときゃいいだろ。こっちが気にせんかったらいい話だ」「気にしたくなくても視界に入るから鬱陶しィアル!ああくそぅッうっぜェ!!」 神楽は目くじらを立てて傘をブンブン振り回す。何度か沖田に直撃しそうになったが。沖田はベンチに腰掛けたまま器用にかわして、すれすれを潜り抜けていた。 しばらくして暴れ終わると、ぜぇぜぇと神楽が軽く息を乱していた。「お前はイライラしないアルか、あーゆうの?」「別に」 見知らぬカップルに対してイライラする感情など沸いたことがない。ただ、漠然と。好き合う男女はああゆうことするもんなのか……と。目前で展開される光景を、いつもそのまま脳に受け入れるだけであった。「考えてみりゃ。俺ァもうこの世で一番好きだった人がこの世で一番嫌いなやつにコクってるとこに出会したことあるからな。それに比べりゃ赤の他人が何やってようと、あん時以上にイライラすることなんかねーわな」「な、何だヨそれ!なんかよくわからんが生々しい話アルな。ドロドロ関係アル」 あー、なんか嫌なこと思い出しちまった!と。今度は沖田が無表情のまま鞘入りの刀をブンブン振り回す。何度か神楽に直撃しそうになったが。神楽はベンチに腰掛けたまま器用にかわして、すれすれを潜り抜けた。 お、落ち着けヨ!と神楽がたしなめると。沖田はまたそのまま平然とした態勢に戻った。「しかし意外だな。お前はむしろああゆうの好きなタイプかと思ってたわ。旦那たちに日頃ベタついてんだし」「銀ちゃんたちとはまた違うアル。何言ってるネ」 レディーはいずれ¨好きな人¨と手を取り合って生きていくものネ!と。両手を絡ませつつ妙からの受け売りをそのまま口にする神楽に。あっそと。軽く流そうとする沖田。 神楽は時々ませた発言をする。そんなことも、当然沖田は知っている。そしてそういうときは深く突っ込まずに、言わせたいだけ言わせとけばいいと認識している。どうせ、自分のことではないのだろうし、と。「公共の場で人にベタベタ見せつけるなんて。歩く不快指数アル。そんな安っぽい手はこっちから願い下げするネ。 私は、もし手を繋ぐならネ、あんな人前でベッタベタする手は嫌アル。二人だけでいるときにこっそり繋いでくれるとかさ。……そうゆうシャイなあんちくしょーの手がいいアル」「ふーん……、さよですか」 沖田は話に興味のない……ふりをする。 神楽の方へ、流し目をする。神楽はすっかり遠くなった例のカップルの後ろ姿をまだ睨み続けていた。こちらに目もくれずに。はぁ……と、思わず沖田は溜め息をこぼした。 ああこいつは。また生々しい情報開示を。 人前で手は握られたくない、か……。 なんか豆知識として頭に残りそーだ。 そんなことを考えていた沖田に、神楽は全く気づいていなかった。 と、そんなことがあったのも数週間前の話。 今日も神楽と沖田は、低確率をかい潜り、町中で偶然出会していた。ただし、今日はいつもの公園ではなく。かぶき町にある商店街。二人とも帰路につき、並んで歩いていた。 沖田は仕事帰りに酒のつまみでも買おうかとぶらり立ち寄っただけで。手には小さなレジ袋ひとつしか持っていなかった。 これに対して神楽は、両手両腕肩背中、体全体を駆使して大荷物を抱えていた。レジ袋やらエコバッグやら。隙間からはネギが飛び出し。見た目も中身も定番の買い物帰りスタイルであった。ただし、あまりにも量が多い。「えらく太っ腹な買いモンだな。万事屋儲かってんのか」「違うアル。これ仕事アル。足の不自由な婆ちゃんからの依頼で。お買い物頼まれたネ」「その婆さんどんだけ食うんだよ。夜兎なのかそいつも」「人間だヨ人間!婆ちゃんの孫たちが久しぶりに遊びに来るんだってさ。十何人もいるらしいアル」「へー。そんだけ血ィ繋がったやつらがゴロゴロいるんならいつでも安心して逝けるだろーな」「人聞きの悪いこと言うなヨ。あの婆ちゃん、先に爺ちゃん亡くしてから独りぼっちで可哀相アル。ときたま私たちが買い物してやるネ」 ま、こんな大量に買うの初めてアルけどな……と話している神楽は気づいていなかった。背後からスマホ片手にものすごいスピードで走ってくる自転車に。 前が全く見えていないのか。神楽の背中にも背中の膨れ上がった荷物にも気づかずに。自転車は突っ込んできた。それを目にし、沖田は低く大きな声が自然に出た。「おいチャイナ!」「へ?」 他に避けるための方法が、ひょっとしたらあったのかもしれないが。とっさに思い至れなかった。 大きなレジ袋を持っていた、神楽の左手首を、沖田は強く握りしめ引っ張り寄せた。 わっ!と。背中やもう片方の腕の荷物の重さでバランスを失し。神楽は二・三歩程よろけて足が踊る。 と、間一髪で暴走自転車は、神楽の背中の荷物すれすれをかすめて走り去ったのだった。 沖田はそいつを自転車の危険運転で切符きってやりたかった。しかし現状それどころではなかった。 神楽の左手は、沖田の右手に強く握られたまま。神楽の体は大量の荷物ごと、沖田の胸にぶつかって停止していた。沖田の顔を見上げる神楽。胸板にレジ袋ごと右手を当てがい、もたれ掛かってきた神楽を見て。沖田は焦った。 すぐにその肩を、やんわりと引き離してやった。「……悪ィ」 ぎゅっと繋いでしまった左手も、解放して離した。 行き場を失った神楽の左手は。レジ袋を握ったまま宙に浮いていた。それを見て居たたまれない気持ちになったのは沖田。 公共の場で、手を握ってしまった。 地元の人たちでそこそこ賑わっているこの商店街。周りの視線が一瞬とはいえ二人に集中していた。沖田はうつむいて、少し動揺していた。しかし、「何がアル?」 焦る沖田とは正反対のトボケたような声。首を傾げる神楽に。沖田は、あっ……と。自らが意識しすぎであったことに気づいた。 そもそも、恋人同士ですらないのだから。一瞬手を握ったくらいでどうこう言われるものでもない。少し考えればわかるはずなのに……。 ……耐えきれず、視線を神楽からそらした。「ああ……やっぱいい。やっぱ俺悪くない」「意味不明アルお前。でも、ありがとネ」 数週間前に神楽が言っていたことは。自分たちには当てはまらないのだ。そもそも、好き合う関係ではない。一方通行ものだから。沖田は思い直していた。 力加減を考える間もなく、ぎゅっとその小さな手を握って引き寄せてしまったことに。戸惑い慌てるのは沖田の方だけで。神楽は平然とした顔をしている。 意識することすら間違っていたのだと気づけば、沖田は少し疲れた感覚に襲われた。何動揺しちまったんだろ自分、と。顔の温度が上がっている。 気を取り直して、ごまかすようにスタスタ歩き始めようとした。しかしそのときだった。 カサカサッと、ビニールが擦れる音。沖田はくいっと動きを止められていた。 沖田の手のひらにはいつの間にかレジ袋の持ち手が握らされている。そして手の甲の下から包むように、神楽の手のひらが添えられていた。 神楽の手は、沖田の手を巻き込む形でレジ袋を握らせていた。ぎゅっとその状態で数秒間の静止。わずか数秒間が、沖田にとっては長く長く感じた。 なぜなら、手と手を、繋いでいるから。「それよりこの荷物持ってほしいアル。か弱い女の子がたくさん荷物持ってたら男はそうするもんネ!」「……けど、お前……夜兎にか弱いもクソも」「グダグダ言わんと持ってヨー!ケチー!」 ああもう、と。観念して沖田が左手のひらを握ると。神楽はにんまり笑って、覆っていた手を離した。神楽が左手に持っていたレジ袋をひとつ、沖田が持ってやる形となった。「ありがとアル」 神楽は実は。沖田の反応が面白くて楽しんでいる。 自転車を避けるために手を握られてしまったのは偶然だったが。悪い……とすぐに手を離した沖田に対して、ああこいつ、ほんと私のこと好きなんだな、うぜぇー!と思っていた神楽。 うざいし、呆れたやつだとも思う。 排卵日だのなんだの平気でセクハラ発言はするくせに。ただ手が触れるだけで敏感に反応して謝るだなんて。こいつどうかしてるぜっ!なんて。 少しだけ上から目線で楽しんでいた。 ほんとバカなやつ。バカな手。 シャイであんちくしょーな手をしている。 そう思うと、神楽はなんだか笑えた。 沖田に持たせたことで軽くなった片手をブンッと振って。さ、婆ちゃんの家へ行こうと二・三歩前へ踏み出した、そのとき。神楽の背後から声が聞こえた。「おい、そっちも貸せ。持ってやるから」 まだ袋でいっぱいに塞がっていた右腕の肘の近くを、遠慮がちに掴み引っ張られた。 へっ?と、神楽は驚いて振り返る。「ど、どーしたアル急に。キモいアル」「キモい言うな。またよろけて自転車に轢かれたら敵わねェんでさ」「……まぁ、じゃぁ、宜しくするネ」 神楽はネギが飛び出していた大きなレジ袋を一つだけ、沖田に手渡そうとした。すると沖田は、神楽が右手に持っていた他のレジ袋ごとまとめて、すべての袋を奪い取り持ってやった。 軽くなった両手。結局、背中と肩にかけた荷物だけになった。 神楽は沖田を見上げた。 顔の温度が、少し上がった。 今し方、そのさり気ない優しさに心が波打ったことは、内緒にしておこう。そう思った。 きっと神楽の気持ちはバレていないだろう。 なぜなら、沖田は少しだけ恥ずかしそうに視線をそらして、神楽の顔を全然見ていなかったのだから。「……その袋、落としちゃだめアルヨ?卵入ってるネ」「へいへいわーったよ」 今度はレジ袋を介さず、直接繋いでやろーかな。その時のこいつの反応が楽しみだ。神楽はそう思いながら、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。 そんな神楽が隣にいて、沖田はちょっぴり嬉しかった。 [16回]PR