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めぐりあひて

二次創作ブログです。原作者様等とは一切関係ありません。

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拠り所3

続きです。季節的には10月末頃かなと。












 休日の朝だった。
 出掛ける予定のないこんな日に限って、窓の外は晴天。けど、半ば謹慎されてるような身分でどこぞへ出掛けようという気になんざなれない。一人でごろごろと部屋で過ごすだけになるだろう。

 ようやく落ち着いてきた身体を動かし布団から起き上がる。腰が重い。ダルい。観念して布団から這い出る様は、端から見てりゃ半分潰れた虫のようだと思う。腰に重石を乗せられたようにひどく引きずるような感覚がしていた。のっそりと畳を這いながら、乱れてもはや寝間着の型をなしていなかった襦袢を、ゆるゆると脱ぎ捨てる。パンイチでおもむろに脱衣所の方へと向かった。

 








(気持ち悪いヨ、お前。)








 反芻されたチャイナの声。夢を見た。あいつが俺に対して嫌悪感を露にしたような表情で接してくる夢。
 夢の中でこちらを蔑むあいつの姿に、その光景に、ショックを受けるどころか、ひどく安堵する自分がいた。
 洗面台の鏡に映ってる自分の顔は余裕の笑みを浮かべていた。

 なんだ。存外、健康的な顔してんじゃねーか。
 それは、滑稽で、かえって恐ろしい。

 歯を磨きながら、あいつのことを考えている。寝起きあいつを思い起こしてしまう事は、もはや頭の寝癖のごとく定番と化していた。
 頭の寝癖はちょっと水をつけてやればすぐに直る。けど、この思考回路の癖は早々簡単には治りそうもない。


 思い起こす度に同じことを考える。
 あいつとの関係を終われたらどんなに楽だろうか、と。



 ふと、洗面台の置き場所の一角が目についた。


「気持ち悪い、か………。」


 そこに、ピンク色の歯ブラシと、おもちゃのようなコップが置かれている。それに、入浴時に髪を結うためのゴムも。100均で売ってそうな櫛も。俺の所有物ではないものが当たり前のように置かれている、空間。………しかもなんだか少しずつ増えている気がする。


 確かに、気持ち悪いのかもしれない。


 かつてのあいつなら、夢の中のように俺のことを冷たく突き放していただろうに。あいつは、なぜ変わったのだろう。

 変えたのは、俺なのか?

 ………いや。生憎、そんなに自惚れるほど、自分に魅力があるとは思っちゃいない。自分が女なら……なんて、考えても仕方あるめぇけど。曲がり間違っても自分のような男には惚れないだろう。
 あいつが俺を好く要素があるとは思えない。
 だとすれば、現状の関係に至った原因、それはきっとあいつの「同情」。そうとしか、思えなかった。


「なし崩し的に、ってやつか………」


 まるでそこにあるピンク色の歯ブラシに話し掛けるように呟いてみる。本当に、ひどく滑稽だ。


 ………本来、あいつのためを想うなら。きっちり別離するのが正解だ。
 簡単なことだ。

 俺はお前が嫌いだ。
 お前と一緒にいるなんざ願下げ。
 だから、こんな関係やめちまおうぜ。
 ……そう言えば、あいつは自ずと俺に会わなくて済む。



 頭でわかっているのにそれをしないのは、まさに俺のエゴでしかない。
 ずるずるとこのまま、一緒に過ごしていたい。恋愛? 結婚? ……そんなものは知らない。できるだなんて考えたこともない。
 エゴで繋がろうとしてるだけ。あいつの肌に触っていたい。その感触を知れば知るほど、もっと奥深くを抉りたくなる………。



 寝起きの思考が回り始めると、いつもこんな感じだった。何度も自問自答している。この関係を、やめるべきか。続けるべきか。終わらせるべきか。いや、始めるべきか…………。結局まとまらない思考回路は、現状維持という棚上げの結論をもってくるだけだ。


 口の中の唾液と歯磨き粉をゆすぐ。
 ペッと吐き捨てるのを数回繰り返した頃、あ、そういや手を洗ってなかったと思い出す。石鹸を手に擦り付けて洗い始めた。


 もし、あいつが離れていったとしたら。
 あいつが嫌いだと言って二度と会わなくなったとしたら。
 ………胸の奥が絞られるように痛む。ぼろ雑巾みたいに、ぎゅうぎゅうと水をきられるように痛む。
 あーあ。こんなの、ハナから関係を持たなければ、知らずに済んだのに。苦い葛藤をせずに済んだのにな、と。考えたってどうしょうもあるまい。もう遅い。自業自得だ。


 もやもやとした雑多の考えと一緒に、濁っていた手を洗い流した。石鹸を使って、泡立てて、流す。汚れはきっとみるみる落ちている。洗い流されていく。そうだとしても、目に見えない染み付いた「汚れ」は決して落ちない。洗っても洗っても、とれないのに。そんな手で。身体で。彼女の肌に触り続けている。気持ちよくて幸せだと、今後のことなど考えずに独りごちる夜を幾度となく過ごしているのだ。


 ………あ、次会えるの、いつだったっけ。
 明後日だったか。


「3週間ぶりぐらいだな……」


 独り言は鏡に反射する。手を洗い終えてタオルで拭き、髭反り等の段取りへと移っていった。


 ………待ち遠しい。
 待ち遠しくて、仕方がない。


 こんな矛盾する感情………どう収拾をつければいいのやら。
 自嘲しながら、部屋へ戻った。布団を畳み、後で干すためにひとまず部屋の端に置く。ハンガーからワイシャツを外して手早く袖を通した。隊服の下も履く。ベルトは後でいいやとチャックも閉めないまま部屋をうろうろとした。ゴミ袋を探す。昨日食べ終えたカップ麺と割り箸が机に置かれたままだった。ティッシュやら何やらのゴミも多少畳に散乱している。

 この江戸郊外の離れに来てもう数ヵ月というところ。これでも一応仕事はしている。江戸の業務には就けないが、昨今は天人が開発したインターネットという便利なものがある。始末書から日常の報告書までの作成、チェックといったさまざまな内職業務が残っているし、郊外での細かい現場仕事もある。それらをこなしつつあと数週間後、江戸に戻れるかどうか、世情次第というところだった。


(早く帰ってくるネ。江戸にはお前がまだまだ必要アル。)


 以前、朝からやってしまった後に軽く後悔していた俺に向かって、あいつはそう言った。力強く手を握られたことをふと思い出す。あの時はリアルに力が強すぎて手首が潰れるかと思った。とりあえずあいつがいれば江戸は大丈夫なんじゃねーの?とは思う。


 床のティッシュゴミを拾いながら、ふといい方法を考えた。
 そうだ。ちょうど江戸へ戻る頃合いに。区切りに。あいつとの関係を清算すればいい。
 自分専用の部屋もなければ、人目にもつく。これまで通り行き来するなんざ到底できなくなる。

 一度立ち止まる、いい機会なのかもしれない………と。
 そんなことを思い浮かべるとまた胸奥が疼く思いがした。

 あいつの幸せを考えて離れてやりたい。
 あいつともっと過ごしていたい。

 折り交ざる感情は、結局どちらが真意なのかわからなかった……。











 プルルルルルル



 突然部屋に着信音が鳴り響いた。
 考え事を中断しとっさにポケットに手を入れたが携帯はない。そりゃそうだ。音の出所は遠い。
 だらしなく脱げかけてるズボンを引きずりながら、畳んだ布団のすぐそばにしゃがむ。携帯は充電器に繋がれたままだった。
 コードを外し、手に取る。手がバイブの振動で震える。ほんの少しだけ。通話ボタンを押すことを躊躇したが、結局親指の腹でゆっくりと押し、耳もとに音源を置いた。


「もしもし。」


 目をつぶった。夢からはもうとっくに覚めている。ぐるぐると回っていた思考も停止している。頭は既に冷静だった。


『あ、え、あー、もしもしー………』


 発声練習するような独特の話し始め方をするなんてのは、あいつしかいなかった。その声を聞き、無性に安堵する自分がいる。姿が相手に見えないのをいいことに、気が抜けて、自然と口元が緩んだ。そして自然に挨拶の会話が浮かんでくる。


「おはよ」
『おはよう。もう起きてたアルカ』
「さっき起きたとこ」
『″沖田″が″起きた″アルナ』
「うん……それ何回言うんだよ」


 ニシシと笑う声。声だけで、電話の向こうの表情まで目の前に浮かんでくる。
 電話口ががちゃがちゃと雑音混じりだった。おそらくは息が入りすぎているのだろう。あいつはいつも公衆電話から電話をしてくる。
 雑音と共に届く耳元の声は相変わらず陽気でいて、呑気でいる。先程まで小難しくぐるぐる考えていたことがなんだか馬鹿みたいだ。
 心が、ゆるゆるとほぐされていく想いだった。

 顔も姿も見えないのに、声が最短距離から聴こえる。近くにいるみたいだ。
 こそばかゆくて。浮かれてしまう。


『ちゃんと朝ごはん食べるんだヨ』
「テメーはオカンかよ。言われなくてもちゃんと食ってら」
『なんかほっといたら食べずに済ましてそーアル』
「食べてる食べてる」


 他愛ない話を紡いでいるだけ。なのに、こんなにも…………愛しくてたまらない。

 今どんな表情をしてるんだろう。想像するといの一番、鼻でもほじってる姿が浮かび上がってきたから苦笑する。笑い声をとがめられて「いや何もない。」と返した。

 毎日はしなくていいと言った。気が向いたらでいい、必要なときだけでいい、と。定期的だと、電話が鳴ることを期待しすぎてしまうから、と伝えていた。
 すると、本当に気が向いたときにかけてくる。暇なときは1日に1回くらい、間が空けば数日くらい。それでも、たびたび俺の様子を伺うように、それほど間隔の空かない頻度で、わざわざ公衆電話から電話してくれる。
 あいつが携帯を持ってなくて良かった。お陰で俺の気まぐれで、電話をかけてしまわずに済むから。


『それで、本題なんだけどナ、明後日……』


 ひとしきりとりとめもない話をした後、急に声色をやや変えてそう言う。電話の向こうで口をつぐんでいる。明後日、都合つかなくなったとかか。それならそれで全く構わないが。なんだろう。寂しいという感情をふいに抱く。
 急かさず、言葉を待っていた。しばらくの間、公衆電話の雑音だけが聞こえている状態の後、要望を口にされる。


『明後日………外で会わないアルカ?』
「……外?」
『いつも部屋の中だけアルから、たまにはいいかなって』
「けど、それは……」
『わかってるネ。江戸で会えとは言わないヨ。………江戸の外でも、ダメアルか?』
「………」

『二人で、お出掛けしてみたいアル』


 思いのほかまっすぐで、それでいて純粋のお願いに、しばらく言葉を返せないでいた。

 ………朝方の冷たくあしらわれた夢の光景を一瞬思い出して、ああ、あれはやっぱり夢だったのかな、と。改めて現実とのギャップに苦笑した。笑い声は電話越しにあいつにまた聞こえたらしい。


『オイ、私は真剣アルヨ』
「いや悪い。からかってるわけじゃない」
『ダメなら、部屋でもいいけど………やっぱ難しいアルか』

「いや……別に外で構わねぇよ」

『……ほんとアルカ!?』
「ああ、いいよ」


 思いのほか、小さい声の返事になってしまった自覚はある。俺の返事を聞いて、電話の向こうは嬉しそうに笑った。


「……ていうか、いいのか?」
『へ? 何が?』
「出掛ける相手、俺でいいのかって聞いてんの」


 そんなことを聞いてどうすることもできないのに。つい、口をついて出てきてしまった質問だった。
 本当に、自分でいいのか……。
 もっと他の人たちと出掛ける方が、楽しいだろう。好きな場所にも行けるし。好きなだけ過ごせる。人目も気にしなくていい。本当に、いいんだろうか……?


『何言ってるネ。お前がいいアル』


 今度はどもることなどなく、即答だった。………深いため息が出る。

 あいつが計画している内容を聞かされた。その内容を聞いていると、どうもお誘いというより、もう決めたことだから宜しくといった感じだった。明後日、朝一番にあいつが俺のもとへ迎えに行くと言う。戸惑いつつも、押し流されるように了承した。


「チャイナ、あのさ………」


 言葉が、出てこなかった。先程まで考えていたはずだったのに。
 別れよう、とも言えない。
 愛してる、とも言えない。
 どちらも宙に浮いたまま、発せられない。その代わりに……。


「…………ありがと。元気出た」


 自分の声が、自分以外誰もいない部屋に響くと、電話口から明るい笑い声が聞こえていた。










 ……待ち遠しい。
 早く会いたい。


 そんなことを考えて、時折仕事の筆を止めてしまう自身のことが愚かで嫌いだ。
 けど、そんな自分にどこか慣れていってしまっている。甘んじている。
 そこに何もなかった、汚い白色だった身体も心も。チャイナの持つ彩りに触れて、染まって、繋ぎ留められていた。

 たとえそれが誤った色なのだとしても。

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