金魚花火(打ち上げ花火) okita x kagura 2018年10月13日 △ 明るい打ち上げ花火の話。 今年は雨に次ぐ雨でことごとく花火大会が中止。全国的にリア充を爆発させるがごとく雨や風にとどまらず雷まで降り荒れていたそんな夏。 お天道様は一体何がそんなに気にくわないんだろうと思いを巡らせば、ただひとつ。そう、あいつが、私を、デートに誘った。あいつがそんな、突飛なことするから。今年の夏はこんな荒れた天候なんだ。絶対そのせいだ。「……そうネ。だからお前は全国に謝罪行脚しなくちゃいけないアル」「いやどんな理屈?」 私はいい加減飽き飽きとして沖田(クソドS野郎)に謝罪を求めたけれど。向こうの方、河原の水辺の近くで背を向けてしゃがみこんだまま、やる気のないツッコミが返ってきただけだった。 今日は何日かぶりかの恵みの晴れた夜空だった。綺麗な半月がこんにちはそしてさようならと西の空へどんどん向かってる、そんな夜遅くの時間。私は、こんなチンピラチワワに2回目のデートに誘われたのだ。 こいつはかつて一度も「デート」なんて単語を口にしたことはないけれど。これは紛れもなくデートだろうそうに違いない。なんてったって二人きりなのだから……。 そんな状況をどうからかってやろうかと考えること早数十分。私はもう、呆れ腐っていた。夜景の見えるレストランでもなければ遊園地でもない。大人がイチャコラするホテルでもない(いや願い下げだけど)。こんな、誰もいない地味な河原に私を連れてきて、あげく私を少し離れた場所に放置したまま、何やら一人でコソコソと、草むらの向こうで土いじりをしている。おいおいマジかヨ。お天道様今ですヨ。さっさと雨を降らせてあいつと私をこの場から帰すきっかけをくださいヨー。心の中で雨乞いしてみるけど残念ながら今日の空に雲はひとつたりとも見当たらなかった。「だいたいテメーは自意識過剰だ」「は?何がアル」 相変わらず土いじりをやめないあいつは、私に自意識過剰だと文句を言う。そんな沖田の背中に向かって、私はついさっきまでほじくっていた鼻クソをピンッと投げつけてやった。夜中の河原は暗いし、第一こんな小さなブツが遠くに飛ぶ距離感なんてわからない。背中に当たったかはよくわからないし、当然あいつは私の鼻クソに気を散らすことなどないままに言葉を続けた。「お天道様が俺らみてぇなちっぽけな奴の行動なんざいちいち見てねーよ。だから俺が謝罪回りする理由もないってこと」「お前はちっぽけでも私はかぶき町の女王アル。男どころかお天道様もほっといてくれないネ。罪な女アル」「えらく自信満々じゃねーか。つーかそれならオメーのせいじゃね? オメーが雨女じゃねーの?」「ごたごたうっさいアルなぁ!」 いい加減私はしびれをきらして、寝転がっていた体を起こして沖田に近づいた。一歩、二歩と歩み寄ると、沖田の手元にほのかに灯りがともっているのがわかった。 ライターの火だった。もう少し覗きこむと、そこには人工的に掘られた穴がある。わりとでかい穴だった。そして何やらバカでっかいロウソクの塊が。穴の中にすっぽりとおさまっていた。ロウソクにしてはちょっとぶっとくてゴツい。例えるならイチゴの乗っていない白いホールケーキみたいで、ちょっと美味しそうだった……。「オイ、食うなよ」「な!?なんでお前私の心読んだアルか!!?超能力?読心術??」「そんなヨダレ垂らしながら覗きこまれりゃ誰だってわかるわ」「ぐぬぬ……」 沖田はフッと、力が抜けたように笑った。 あんまり見せない緩み顔だったので不思議な気持ちになったけれど。またすぐに土いじりに戻ってしまった。その横顔はなんだか無邪気な子供みたいだと思った。いや、こいつは元々子供だし私より図体がでかいだけのガキンチョだ。そんなこと私は知っていたけれど。いざ幼い表情を目の当たりにすると、やっぱりいつもと違うかなと思う。いつもは大人のように振る舞ってるんだろうと。……維持っ張りのこいつが、そんなふうに気を緩ませているのを見ると、こちらもゆるゆると力が抜けるのだけれど。土を掘るたび、脇に刺してる刀がカチャカチャと小さく音を立てるのがふと目について。なんとなく、本当になんとなく、こいつのことが可哀想に見えたのは、内緒。「……ねぇ、それ何アルか。なんで私をここに連れてきたアルか」 よくわからないけど土遊びなら一人でやればいい。私だってそんなにめちゃくちゃ幼いつもりはないし暇でもない。夜更かしは美容の大敵。「………これ」 チラリと見せられたのは、ライターだった。さっきからそれで灯りをとっていたのだろう。何を得意気に私に見せるのだろう。私は呆れて、再び鼻に指を突っ込んで大きいクソを生成しようとしていた。矢先だった。こいつは、ライターをホールケーキの上にかざしてすぐに消した。消すとそこに移った火だけが灯りになる。はい?と思っているとすぐに、沖田は、私が鼻に突っ込んでいる方の腕を乱暴に引っ張りながら立ち上がり、そのまま勢いよく走り出した。私は自分の指が、自分の鼻腔奥の脳天にこれでもかという勢いで突き刺さったのを自覚して叫び悶えた。「ぬうぁぁああっ!!!このクソガキャァァアア!!!」「いいから走れ!」 飄々と笑いかける沖田をムキッと睨んだ。睨み続けた。睨みながら殴ろうかと思ったけどとにかく走れと急かすので黙ってよくわからないまま鼻血を垂れ流しつつ走り出した。 川の水辺のそばにいた私たちは、一気に土手の方向へと一目散。長い草原になってるところも掻き分けてまだ先へと走る。沖田は私の若干鼻血のついた方の腕をまだ離さない。「いきなり何アル!?どこ行くネ??」「さん、に、いち…………」 沖田がカウント1を口にした時、急に立ち止まった。つられて私は振り返った沖田の胸板に激突した。ぐあっ!とよろけて、何がなんだか。ふらりと、鼻血が出ている穴を押さえながら、沖田と同じ方向へ振り返った。そしたらあることに気がついた………。「あっ…………」 火の玉だ。火の玉が突如目の前に現れた。それは見た目だけではなく、ひゅ~~と長い尾ひれの音を伴って、雲ひとつない夜空へと駆け上がっていく。出発点はさっきまで私たちがいた場所。生き霊のように、でも霊と言うには荒々しく、素早いスピードで登っていき、それがやがて私が首をめいっぱい曲げて頭上へと目線を向かせたその位置で、 バーーーンッ!!、と音を立てて弾け散らばった。 ……と、それで終わりじゃなかった。続けてその横に同じ大きさの花が、さらにその横に、その上に、その下辺りに………次から次へとバンバンバンバンと音を立てて弾け咲いていく花たち。 これは………これは!?と頭でわかるより先に、手首をまたぐいっと引っぱられてよろけた。このクソガキッ!!と睨もうとしたけれど、すぐ目の前を小さな火の粉が落ちて地面で消えたのが見えて、その行動の意図がわかった。 今度は後ろ、右横、どんどん火の粉が落ちてくるので、はっきり理解した。いや普通に危なすぎアルッ!! 私は沖田の背中を追って、さらに土手の上へと目指して駆け上がった。いつの間にか鼻血は止まっていたが、花火はまだ鳴り止まなかった。「え、何アル!?何アルかこの花火??」「屯所の近所に住んでるじいさんにもらった、余ったやつだと」「じいちゃんマジかヨ!!タダ者じゃねーヨ!!」 お手製の花火にしては、連打がなかなか鳴り止まなかった。音はパチパチバチバチと煩いし、河原のその辺りだけが、かぶき町のネオン街のごとくばぁーーっと明るくなっていた。音に負けないように沖田に向かって、何アル??何アルこれ??と必死で叫びながら走った。何かってそりゃ花火なことはちゃんと私もわかってた。わかってたけど、とにかく頭の中では、はちゃめちゃだった。 やがて土手にたどり着くとさすがに火の粉は降ってこない。その場にへたりこんで座ると、やや下の方から打ち上がり上空へと舞っていく花火を、ようやく落ち着いて見ることができた。これだけ走って離れて座り込んで、時間が多少たったのに、相変わらず花火は鳴り止まない。どんだけ立派な打ち上げ花火だヨ。このままじゃ深夜の騒音でおまわりに検挙されそうだと思った。あ、こいつおまわりだったヨ。 ふと、隣を見た。おまわりは検挙することもなく(というかそもそも仕掛人はこいつ自身だし)、半分胡座をかいて座り込んで、花火を見上げているだけだった。 ………まっすぐに見上げる横顔。薄い髪色が花火の色で染められている。瞳にも、花火の光がカラフルに映っているようにすら見えた。黙ったままだから、なんだか急にバツが悪くなって、私も黙ったまま花火を見上げていた。そうするしかなかった。 今は何も聞かない。何も聞かれない……………。 花火がなんとなく、勢いを落としてくるそんな頃に、ああもうちょっと見ていたかったのにとようやく後悔する。花火はいつ見たって綺麗だし。大好きな銀ちゃんたちとでもイケ好かないこいつとでも、誰と一緒でも綺麗に見えるものだ。 でも、今日はずっと、花火を綺麗だと感じられるような、気持ちの余裕がなかった。こいつが突然無邪気に走り出したかと思いきや、鼻血は出るわ、火の粉は降ってくるわ、逃げて走って土手にたどり着いたら、今度は隣に無防備な顔して空を見上げているこいつがいるわで。私は、事の展開についていくのがやっとだった。花火が真っ暗な空に舞い踊っては消えて咲いてを繰り返すそんな愛しさに気づく頃には、しゅん………と打ち上げ花火が終わってしまったのだ。……………また元の、暗くて静かな河原に戻ってしまった。「喜んでくれるかと思って」 隣からぽつりと声が聞こえる。 暗くて、今はライターの灯りもないから顔が見えない。見えないからわざわざ横を見ることもなく。前を向いたまま、私は返事をした。「前のデート、大雨だったからナ」 こいつが初めて私をお祭りに誘った時、つい1、2週間くらい前のことだけど。それがあまりにも珍しかったのか、お天道様は機嫌を損ねて渾身の雷雨で私たちをお出迎えしてきた。あの時、こいつァ中止だな……と呟いたときの沖田の少し寂しそうな横顔を、何故だか鮮明に覚えている。「俺がいつテメーを『デート』に誘ったんでィ」 この期に及んでこいつはまだそんな強がりを言う。「あれがデートじゃなかったら何がデートアル。………今日だって、そうだろ?」「さァな。テメーがそう思いたきゃ、そういうことにしとくけど……」 煮え切らない返事はあの時と同じだ。お前がそんな態度だから、花火大会だって中止になったんだ。お前のせいアル。あの時は、雨や雷が降ってくるし、お前は何も言わないまま帰っちゃうし………。今日は、私は………せっかく用意してくれた打ち上げ花火の綺麗さに集中することすらできなかった。「……私にさっきの花火を見せて、どうしたいアル」 意地悪な問い掛けかもしれないとは思った。でも、煮え切らない態度を繰り返すこいつの方がよっぽど卑怯ではないかと思った。それがエゴだと言われるならそれでもいい。こんなド派手なことやらかしといて、前みたく、「じゃぁまたな」では済まないということ、沖田自身が一番知ってるはずだって。私は迫ってみたくなった……。「言ったろ、テメーが喜んでくれたら………笑ってくれたなら、それで」「ふざけんなヨ。私はますますお前の態度にイライラしてしかめっ面になるだけアル」「………何、じゃぁ俺はお前と付き合えばいいの?」 開き直ったような返答だった。 えっマジか。何アルかこいつ。なんで私から告ったみたいな感じになってるアルか? ちょっと待つアル。あんだけでかい花火打ち上げといて最終的に線香花火みたいなショボい声でシメてんじゃねーぞこら。こちとらさっきから煩いんだヨ。心臓に火の粉が降りかかってきてるみたいで……音が、煩いアル。「……ちゃんと、打ち上げろヨ」 こちらもつられてショボい声になってしまうしかなかった。 顔もお互い見えないままなのに、私は、なんとなく今の顔をみられたくなくて俯いていた。たぶん情けない顔をしている。 ………すると、ヒタッ、と。体の横に置いていた手の甲の上から、厚い手を重ねられた。その手は夏の気温にも負けず、熱くてじっとりとしている。小さく震えているような感覚に、思わず胸の奥が疼いた。もしかして……緊張してる?「チャイナ……」 上に重ねられた手が、戸惑いながら力を入れて、きゅっと遠慮がちに握られる。指と指の間に絡めようとして、ためらって、やはり上に重ねたままでいる。「…………チャイナの、そばにいたい」 真っ暗で誰もいない、静かで何も聞こえない空間に放たれた、その一言は。先程まで派手にぶち上がっていたどんな花にも負けないほど、私の心を奪っていってしまった。 たまらずニヤけてしまった。「しょうがない奴アルナ」 嫌味をこめてそんな応諾の返事をしてしまったが最後。あーあ。お天道様はきっとこんな稀有な出来事にびっくりして、今度は特大のスーパーセルを呼び込んでくるだろう。 それでも、私の中に今し方打ち上がったたったひとつの心許ない花火は、決して掻き消させまいと思った。 隣で照れくさそうに笑う声を聞いて、そう思ったヨ。 [3回]PR