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めぐりあひて

二次創作ブログです。原作者様等とは一切関係ありません。

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アイスタイム

真夜中のコンビニと沖神。









 真夜中に、月明かりの下、出会してしまった。
 太陽の昇らないこんな時間帯は傘も不要なのか、手に何も持たないままブラブラと歩いてきたチャイナ娘。
 朝飯でも買ってコンビニから出て屯所へ帰ろうとしていた俺に、コンビニへ向かおうとしていたチャイナは、出会って早々喧嘩を吹っ掛けてきた。


「よーう税金泥棒、こんな夜中に暇人アルか」
「まんま返してやらァ不良娘が。ガキが深夜に徘徊してっと条例違反でしょっぴくぜ?」
「自分も未成年のくせ抜かすな」
「十八はもう大人でィ」


 なんてことのないやりとりを交わしたところで、しょっぴきもせず、さっさと退散しようとした。
 チャイナに出会して、ちょっと嬉しいだとか、そういう感情を悟られないようにするためには、長居しないことが一番だ。

 ところが、横をすり抜け立ち去ろうとしたところ、隊服の肘裏がきゅっと引っ張られた。
 少し警戒しながら振り向くと、隊服を摘まんだままチャイナがうつむいている。心がとくんと少し波打った。
 何を考えてるのかわからないが、妙にいじらしいので、不思議に思い首をかしげた。


「何でィ?」
「……腹へったアル、なんか奢れ」


 ああ、前言撤回。いじらしいも何もありゃしない。ただの乞食だった。


「その辺の土草でも食ってろバーカ」


 俺がそう言って振り払おうとした途端、静寂の夜の空間に、ぐぅ~!!と壮大な音が響き渡った。
 チャイナがはっと顔をあげた。
 上目遣いで見てくるその顔が、徐々に赤く染まる。微動だにせず、今の音はさも自分じゃないよ!とでも言いたげな無表情……。けれど、しばらくの沈黙に耐えきれなかったか、チャイナは口を真一文字に結んだまま、つんつんと隊服の袖を何度も小さく引っ張ってきた。

 ……いじらしかった。降参。









 結局、負けてしまった。
 小銭を与えてやり、コンビニでてきとうに好きなもん買ってくりゃいいと促した。わっほー!と、駆け足でコンビニへ入っていった。
 あいつの思うツボだと思うと少し情けない。

 あんなんでも一応ガキのメスだから、深夜の町に放置して帰るわけにもいかず。仕方なく店外にしゃがみこみ、チャイナを待つことにした。
 これでも一応、今は隊服姿でいるので。さっきチャイナと会ったときにその辺でしゃがみこんでたチンピラ共は、俺の姿を見るや否やどこかへと散っていった。
 どちらかといえば、風船ガムくちゃくちゃしつつ遠慮なく居座ってる、今の俺の方がまさにチンピラだろう。

 ぷぅ……とガムを膨らましつつ、財布の中身を確認した。小銭がまだ少しばかり残っていた。
 わずかな額とはいえ、チャイナに貢いでしまったことに少しの優越感と後悔が入り交じる。
 こんなことしたって、どうなるわけでもないのにな……。しょぼんと風船ガムはシボんでしまった。

 と、しばらくすると、ピロンピロン……とコンビニの自動ドアが開いた。
 中から軽くスキップしながらチャイナが出てきた。ちょっとウザい。


「何買ったんでィ」
「ふふー、じゃじゃーん!」


 チャイナが小さなコンビニの袋からシュッと取り出したもの。それは、よくレジ横に陳列されている、フランクフルトだった。
 そのサイズがやたらとデカい。たしかビッグフランクとかいうやつだ。
 深夜であることも相まって、咥えようとする絵面を瞬時思い浮かべてしまう……。


「……卑猥だなてめー」
「お前のその発想が卑猥アル」


 俺の隣に座り込み、ケチャップとマスタードをまんべんなく乗せながら、呆れたようにチャイナは言う。
 口に残ってたガムを銀紙に包んで、チャイナの持ってたレジ袋に捨てた。汚ねぇヨ!と文句を言われたが、聞かないことにする。

 こんな深夜のテンションで、そんなジャンボフランク見せつけられたら誰だってその発想に至るってもんだ。しかも、¨こいつ¨だから……というのもあるのだろうか。
 卑猥なことから頭をそらすため、そっぽを向いた。石段の上にしゃがんだまま、膝の上で頬杖をついていた。
 いただきまーすという小さな声が横から聞こえてきたが、シカトしていた。


「んー、アツアツでうまいアル!」


 呆れて溜め息が出てしまう。隣から無駄にうまそうないい匂いがする。
 さっき夜食とったところだったが、 また少し小腹が空いてきたかもしれない。


「……これ、お前にあげる」


 コツコツ、と。二の腕を何かで突つかれた。
 ん?とチャイナの方を向く。
 そこには、紙に包まれたアツアツのフランクフルトがもう一本、俺に差し出されていた。


「え、あげるっつーか………俺の金なんですけど」
「文句言うなヨ、一応お礼アル。お前の金だけど」


 ほら!と、投げ渡されたそれをポンと受け取り、まじまじと見つめる。
 まさかチャイナが俺の分まで買ってくるとは思わなんだ。

 胸の奥が高鳴る感覚。顔の熱が少しだけ上がったような気がした。
 けれどそんな感覚は、夜風に紛らわせ無かったことにする。
 あくまで涼しい顔を作る。こいつと話すたび、すっかり身に付いてしまった変な癖だ。


「……んじゃ、いただきまさ」


 腹も減っていたしちょうどいいといえばちょうどいい。面倒なので何も付けずに食うことにする。
 ジャンキーな味が今ちょうど欲しかった。胃が少しずつ満たされる。
 ひと口、またひと口と無言で食い続けてるとき、ふと視線が気になった。
 横を向くと、食べかけのフランクフルトを握ったまま、チャイナがこちらをまっすぐ見据えていた。


「……何?」
「なんか……卑猥な絵面アルな」
「誰が?」
「お前が」
「なんでだよ!」


 男の俺がさすがにそれは違う。
 突拍子もないことを言うもんだから、気になって以後はあまり食った気にならなかった。
 こちらを見ては、そらし、また見てくる。そんな頼りない視線の投げ掛けも感じていたが、無視してひたすら咥えていた。








 二人とも食い終わったところで、チャイナはゴミと化した串を持ったまま、ぼーっと前を見据え、座り続けている。
 その隣で、なんとなく俺も座り続けている。
 二人揃ってコンビニ前に居座って、ほんとチンピラだなとか思いつつも。
 沈黙の中でチャイナが話を切り出すのを待っていた。

 辺りが暗くたって、わかる。
 こいつが先程から生意気な口叩きつつも、ずっと浮かない顔をしてることくらい。

 虚ろな目で遠くを見つめている横顔に、どうかしたか?なんて尋ねる義理はない。
 ただ、黙ってそこに座っていた。
 こいつが何も言わずに立ち上がって帰ろうとするのなら、別に問いつめるつもりもない。けど、何か話してくれるのなら、それを聞いてやりたかった。
 ……いや、少し語弊がある。聞いてやりたいなんて優しい動機じゃない。俺がただ聞きたいだけだという、自惚れがそこにある。

 チャイナは立ち上がろうともしない、口を開こうともしない。
 両手で両頬に頬杖をついたまま、じっとしてる。


「……アイスでも食うか?」


 変な沈黙に耐えられず、柄にもないことが口から飛び出てしまった。
 ピンッと反応して俺を見てくる。そんなに大した時間はたっちゃいないが、少し久しぶりに目が合った気がする。
 くりんとした青色の瞳は夜の光景にも負けず綺麗に見える。また少し、胸が軋む。


「ど、どうゆう風の吹き回しアル。なんかこわいヨ」
「ま、俺がアイス食いてェだけだから、別に要らねーんならいいぜ。俺だけ食うし」
「……く、食いたいアル」


 俺が立ち上がってコンビニの方へ足を向けると、あわあわとチャイナも立ち上がってついてきた。
 ほんと、今日はやけに素直だ。
 アイスコーナーに向かって、俺らはコンビニの入り口をくぐった。








 ピロンピロン……と出口の音が鳴る。
 それぞれ手にするパッケージの袋を開けつつ、俺らは再び先程と同じ石段の上に腰を落ち着けた。
 バニラソフトクリームの蓋がうまく開けられずにモゴモゴしているチャイナ。貸せとブン取って、透明の蓋を開けてやった。
 ホラ、と差し出すとうつむいたまま黙ってそれを受け取った。
 お互い各自のアイスをもさもさと食い始めた。


「んー……なかなかいけるなこれ」


 アイスもなかという商品が前々から気になっていたのだ。
 初めて買ったそれを食いながら俺がそう言うと、チャイナはじーっとこちらを見てきた。


「何?欲しい?」
「……ひと口」


 今日の俺は我ながらだいぶ優しい。
 ホラ、と、もなかの割れ目から折った欠片を手渡した。
 チャイナはそれをパクリと一瞬で口にし終わった。


「うまいアル」


 目を細め、控えめに顔をほころばせるチャイナはやはりどこかいつもと違う。
 チャイナはもなかの欠片を食い終わると、今度は自身が持っていた食いかけのソフトクリームを俺に差し出してきた。


「……何、くれんの?」
「素直に欲しいと言うヨロシ」


 優しいのかなんなのか、わからない。
 別に欲しいわけではないし、チャイナがすでに口を付けて食べさしだったから、俺は手を振って拒絶した。


「……要らないアルか?」
「てめーの唾つきのアイスなんか要らんわ」


 別に俺は潔癖でもなんでもなかったが。
 ここは断っといた方がいいかなと、思ったから。

 すごすごと手を引っ込めるチャイナ。またぺろぺろと食い始めていた。
 相変わらずしゅんと、どことなくしおらしくしている。
 事の原因を話そうとしないまま、ちゅるちゅるとソフトクリームを舐めている。口周りに白いクリームが付着してても気にせずに。


「………夜中にガキが出歩くもんじゃねーよ、ほんと」


 痺れを切らしてそう言ってやると、ヒクッとチャイナの動きが止まった。
 こちらを向かないまま、手元のアイスをじっと見ている。早く食わないと溶けて汚れたりするだろうに。俺はすでにアイスもなかを食い終わっていた。


「……大きなお世話アル」
「夜更かしは美容の大敵だっつって、てめーが言ってたことだろィ」


 「美容」という言葉に敏感に反応して肩を震わす。ガキのくせしてそういうとこに気が行く辺りこいつも一応メス思考なんだろうと思う。
 オス思考に走ろうとする俺が、言えた義理ではないが。

 そんなことを考えていると、
 そっと、チャイナが口を開いた。


「……私、どうしたらいいかわかんないアル」


 小さな声でぽつりと話す。
 何かつっかえ事でもあるのだろうという俺の予想は的中していた。
 ようやく話してくれたことに胸が撫で下りる反面、この場から立ち去りづらくなってしまう。


「なんでィ、また旦那らや公園のガキ共と喧嘩でもしたか?」


 俺の言葉に、ふりふりと首を振ってすぐに否定する。
 チャイナの手のアイスが、液体になり始めていて少し気にかかる。
 チャイナは次のひと口も付けようとしないまま、ぽつりとつぶやいた。


「……夜ね、布団に入ると苦しくなるアル」
「何だそりゃ?動悸みたいなやつか?」


 病院行った方がいいんじゃね?と促してもまた首を横に振る。
 いよいよソフトクリームがチャイナの手の上にぽたり、ぽたりと垂れ始めてきたもんだから、指摘せずにはいられなかった。


「とりあえずそれ最後まで食えよ」


 チャイナははたはたと慌ててソフトクリームを口に含み始めた。
 伏し目がちで舌を扱ってクリームを舐め取る動作。すぐそばで見ていると、やはりなんとも言えない気持ちになってしまう。
 もう一度、チャイナから視線をそらして反対方向を向いた。

 辺りの景色に改めて意識が向く。
 誰もいないコンビニの駐車場、面している道路、向かいの歩道や建物。人の気配もしない。時折頼りない夜風が吹き付けてくるだけの静かな空間。
 コンビニの眩い明かりを背後に感じながら、こんな場所にチャイナと二人きりで居る。

 チャイナのそばにいると、心が揺すられる想いがする。馬鹿げているとはわかっているのに。どうにもコントロールできず、苦しい気持ちになってしまう。
 人に惚れるというのは、こういうことなのだろうか。アイスもなかと同じく初めてで、よくわからない。


「……お前はさ、誰かに惚れたことってあるアルか?」


 突拍子もなくそんなことを聞かれて、内心飛び跳ねるほど驚いた。しかし、努めて表には出さない。
 そんな言葉を聞いてしまっては、顔も合わせられなかった。アイスのコーンをさくさく食べる音が聞こえてきてるから、卑猥な想像はもうしなくて済むのかもしれないけれど。
 振り向くことができなかった。
 ただただ、暗い景色に視線を泳がせていた。


「誰かに惚れたんか?」
「……うん」


 肯定の相槌に、胸が軋む。先程よりも深く、痛く。
 こんなクソガキのチャイナの気を落とす原因が、そんな恋する女みたいなもんだとは全く予想もしていなかったから。
 ああ、理由なんか聞く前にさっさと帰れば良かったかなぁと、今さらながら後悔している。

 こっちの気も知らないで、深夜に恋愛相談なんてされちゃ、敵わない。


「誰にも言わないでネ」
「言わねーよ。だいたい言う奴いねェし、……興味ねェし」
「ぎ、銀ちゃんや新八にも内緒だからな」
「だから言わねーって」


 念押しされるとなんだか少しイライラさえしてくる。
 発言から推し測るに、どうやら相手は旦那らではないらしいが。
 寺子屋のガキ共から商店街の婆さん爺さんまで、こいつの交遊関係は俺よりも随分広いだろうから、別に意外なことでもない。
 俺の知らない誰かに、想いを寄せている。夜も眠れなくなるほどに……。
 はぁっ!と投げやりなため息しか出なかった。


「お前、なんでこっちに目ェ合わさないアルか。私、真剣に相談してるアル」
「……ちゃんと聞いてるから安心しろィ」
「なんか嘘ついてないアルか? 特に銀ちゃんには絶対内緒にしててほしいヨ……」
「言わねェっつってんだろ。だいたい、目ェ合わしながらじゃてめーも話しづれェんじゃねーの?」
「あ、それもそうアルな……」


 ポンッと呑気な感じでこぶしを叩く音。じゃぁそのままあっち向いててネと、呑気に言ってくる。
 気持ちを悟られないよう、頬杖をつく手のひらで顔半分を隠しながら、話を促した。


「……で、布団に入るとそいつのこと考えて胸苦しいってか」
「そうアル。そのことばかり考えてしまうアル……これってやっぱりビョーキ?」
「知らねーよ俺医者じゃねェし」
「警察でもわかんないアルか」
「医者と警察じゃ違ェっつーの」


 布団に潜り、俺の知らない誰かを浮かべて悶えているチャイナのことを想像すると、やはりイライラする。あまり想像しないように努めていた。
 耐えられない。
 耐えられないけれど、こんな想いを知られたくはなかった。
 相変わらずチャイナと反対方向を向き続けながら、言ってやった。


「……けどま、人に惚れたっつーのはそうなるもんなんじゃねーの? たぶん、知らんけど」


 最後の付け加えは、嘘だ。
 チャイナはさらに、俺の聞きたくないような情報を付け加えてくる。


「なんかネ……今あの人はどうしてるかなーとか、夢に出てきてくれないかなーとか、会いたいなーとか……。考えちまうアルヨ。そんで、考えれば考えるほど、また眠れなくなって……」
「……ふーん、それでこんな深夜に徘徊してたってわけか」
「うむ」


 布団に入って、苦しいとか、夢に出てくるかなとか。そんなレベルこちとらとっくに越えてしまっているというのに。
 その相手が、他の誰かに惚れた腫れたの話をとくと聞かされてるというのに……。


 アイスは甘くて美味しいが、冷たい。
 温めれば溶けてしまう、溶けて消えて無くなってしまう。
 だから冷やし続けるしかないのだ。
 冷たく振る舞うことで、溶けないまま保てるのだから。
 温めるのは布団の中だけ。
 どろどろに溶けて、白い液体が手を伝う。
 舐めても気持ち悪い味しかしない。


 ……考えてみればアホらしい。
 とっくによその誰かに熱あげてる相手に、こんな感情抱いてたなんて。
 頬から額へと手をずらし、頭を抱える体勢に変えてうつむいた。


「……で、お前は結局、どうしたいわけ?」
「どうしたいって……えっと……」


 掻き上げた前髪を意味もなくくしゃくしゃっとする。
 俺に対してはいつもあんなにズケズケものを言うくせ、惚れた相手じゃ手も足も出ないんだな。
 いい加減、イライラする気持ちの方が勝ってきていた。


「もう惚れちまったもんは仕方ねーだろィ」
「仕方ないって、どうゆうことアル……」
「気持ち相手に伝えるか、黙って今の状態保つか、結局どっちかしか選択肢無ェんだ」
「……そりゃ、そうだけど」
「うじうじ悩んでたってどうしょうもねーよ」


 降参だ、と言わんばかりに俺は立ち上がった。
 帰んのか?と尋ねられ、まだ見廻り時間残ってらと嘘でごまかした。


「とっととどっちかに決めて行動すりゃいいさ。俺が言えんのはそんくらいだ」


 考えてみれば、こいつが惚れたそいつとくっついてしまえば、それですべて丸く収まるのかもしれないと思った。
 俺はもう、潔くアイスを手放すことができる。
 もう甘い味なんて感じなくなってしまえばいい。……そのうち慣れてくる。元通りの、なんとも思わない感情に戻るのを、待てばいい。


「じゃーな」


 最後までチャイナと顔も合わせられないまま、歩き出した。顔なんてとてもじゃないが、見せられなかった。

 重い一歩一歩、チャイナと離れていく。
 離れてしまえばなんてことはない、いつものごとく平然と……平然と…………







「はぁ、くそッ!」


 平然と、居られるわけがなかった。
 少し離れた道の先で一本入った小路に身を潜め、先程我慢していた分を含め思いきり悪態をついた。

 フランクフルトひとつで、
 アイスひとつで、
 気持ちなど動きはしない。
 当たり前のことだった。

 こんなに胸の内を掻きむしられるような想いは初めてだった。姉上と土方を見掛けたときとは、また少し違う。
 同じ嫉妬心。けれど、姉上と違って、あいつに対して何の身の繋がりも持たないのに。こんなに悔しい気持ちを抱いてしまうなんて。本当に馬鹿だ。


 怖くて聞くことができなかった。
 チャイナが惚れた相手って、どんなやつだったんだろう。
 俺と、何が違うのだろう……。


 悶々と考え込んでいたときだ、


「おい!!」


 その声に不意をつかれ、思わず振り向いてしまった。
 小路の入り口の前で、チャイナが腰に手を当てて仁王立ちしている。
 慌てて元の顔を作り直し、向かい合った。


「……何、まだなんか用か」


 俺がそう言うと、先程までとは打って変わって、チャイナはにんまりとした笑顔を浮かべた。


「私決めたアル!」


 その声と共に、数歩駆け寄ってきた、かと思えば、前面からガシッと拘束されてしまった。
 え?何?何が起こった??と、状況をつかめずにいる。
 両腕でしっかり羽交い締めにされ、そこから動くことができない。
 体を包み込む柔らかい感触に、鼓動がどくどくと動き始めていた。


「……お前、何して」
「決めたアルヨ、ちゃんと伝えるって!!」


 目と目が、しっかりと合う。
 嬉しそうに少しだけ目を細めて、まっすぐこちらを見上げてくる。
 その瞳もさることながら、アイスの白いクリームが付き残ったままの唇の端に、視線を奪われていた。
 どくどくと、胸の音が聞こえるほど大きくなっている。どちらの音だかもよくわからないほど、感覚が溶け合っていた。


「まさか、こんな時間にホントに会えるなんて、思ってなかったヨ……」


 そこまで言われて、あ……えっ……さっきの話って………と。気づいた。気づいてしまった。
 目が眩む、鼓動が早くなる。頭が混乱している間に、ソフトクリームのしずくが目の前に近づいてきた。


「………あのネ、私、お前のこと、」


 言葉が耳にうまく入ってこない。そのソフトクリームがどうしても気になり、意識がそこに集中してしまう。
 おそるおそる舌先を表に出し、混乱するままに、柔らかなそこへと押し当てた。
 チャイナの言いかけた言葉は、ぺろりと舐めとり、溶かしてしまったのだった。


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