沖神霧 okita x kagura 2015年08月24日 霧江ちゃんに至れり尽くせりな沖田神楽の話。CP未満です。※こちらにて落書き漫画も少し 「今日は両手に花アルなお前」「片方はゴリラの鼻だな」「鼻って何アルせめて全体にしろヨ!いやてかゴリラじゃねーヨ!!」 今認めたな?認めてないアル!と、私の目の前で言い争いをする沖田さんと神楽さんを見ていると、もしかしたら私は邪魔者なのかな、と思えてくる。 神楽さんが真ん中にいて、その右と左に私と沖田さんがいる。三人で並んで歩いているここは公園で、これから別の場所へと向かうところだった。 父上の経営していた旅籠の跡地を確認する用事で、私は今日親戚に連れられて久しぶりに江戸へ来ていた。このことは前々から決まっていたから、神楽さんに年賀状でお伝えしたところ、用事が終わったらせっかくなので会おうと言ってくれた。空いた時間で江戸を案内してあげると言われ、公園で待ち合わせることにしていたのだけれど……。てっきり神楽さんと二人だけだと思っていたから驚いた。まさか、沖田さんも来ていたなんて知らなくて心の準備に欠けていた。「だいたいなんで俺は呼ばれたんだ」「決まってんだろ!金づるアル」「お前人としてサイテーだな」「お前に言われたかないヨ!」「あ、あの……お金とか私も持ってますしそんな」「違うアルヨ霧江!今日は私たちがお・も・て・な・しをしたいから霧江は一銭も出さなくていいってか出しちゃだめアル!」「一銭も出す気ないてめーに言う権利はないけどな」「私はお前の代弁をしてやってるネ」 はぁ……と。沖田さんはとても面倒そうにため息をついていた。それは無理もないと思う。私が沖田さんに対してしてしまった逆恨みを思えば、私なんて沖田さんにとって顔も合わせたくない人物だと思うから。神楽さんがいてくれないと、私としてもとても気まずかった。 今日は親戚の叔父たちがしばらく時間を空けてから迎えに来てくれる予定になっているから。それまでは神楽さんたちと一緒に過ごすことになる。「つーか、俺なんかいても邪魔だろどーせ。……金ならやるから女二人で楽しんでくりゃいい」 沖田さんが財布を取り出して中身を探っていると、神楽さんは器用に財布ごとひょいと奪い取ったので私も少し驚いた。「てめっ、スリの現行犯で」「そういう問題じゃないアル!」 すぐに財布を突き返すと、神楽さんは私の方をちらりと見る。えっ……なんだろう。私が驚いて瞬きしていると、再び神楽さんは沖田さんの方へ顔を向けた。「引っ越しちゃった霧江とはめったに会えないんだから。今日は可愛い女二人とお出掛けできることを素直に喜ぶヨロシ!」 えっへんと胸を張る神楽さんに、沖田さんは不満そうな顔をしつつ何も言い返さなかった。 私は可愛くなんてないです……なんて、謙遜を挟むことも少し違う気がしてしまい私も黙っていた。 私が神楽さんに送った年賀状には、またいつか沖田さんとも三人でお会いできればと思います、としたためていた。けれど、お会いしたいというのは年賀状に記される短い常套句なのであって。まさか本当に三人で会えるよう図ってくれていると夢にも思っていなかった。 沖田さんにこうしてまたお会いできたことは嬉しくもあり複雑な気もしていた。私にとって沖田さんは、父上の最後を知る人で、父上の尊厳を身を呈して護ろうとしてくれた人。これに対して私は、創界党の人間に嘘の情報を吹き込まれる形で、沖田さんを恨んでいたから。この人と正面から会える資格もないと思っていた。感謝の意を、手紙で伝えるだけで精一杯だったし、それっきりでいいと思っていた。 ……でも同時に、それっきりで本当に良かったのか、心残りはあったのだと思う。神楽さんへの年賀状の中でわざわざ沖田さんの名前を持ち出した私は、きっと、…………会いたかったのだと思う。 そして、そんな私自身ですら明確に気づいていなかった感情を、神楽さんは尊重してくれたのだと思う。だから私も沖田さんに帰ってほしいだなんて微塵も思わなかった。「けどほら、あんたも困ってんだろ」「そんなこと……ないです」 けれど私は二人と一緒にいて、……特に沖田さんを前にして、どんな表情をしていればいいのかわからなかった。だから、沖田さんから見れば、普通に私が困っているようにしか見えないのかもしれない。 ぶっきらぼうな沖田さんの言葉に、今度は私を代弁するように、神楽さんは沖田さんへ言い返してくれていた。「霧江が困ってるのは私とお前とがキャンキャンうるさいからアル。言ったはずネ。今日お前とは休戦するアル。大人しくするネ!」 神楽さんはさっと私の手を握り、もう片方の手で沖田さんの手も握った。すぐに沖田さんはウンと振り払ったので神楽さんはまた沖田さんを睨み返していたけれど、言葉通りそれ以上言い争いはしなかった。結局私と神楽さんだけが手を繋ぐ形で、神楽さんは再び私に向かってニコッと笑いかけてくれた。「今日は私とこいつで江戸の町案内してあげるネ!」 神楽さんの図らいは嬉しくもあり、戸惑いもある。不思議な半日が始まった。***** 公園から出発して、万事屋さん前の通りを抜け、賑やかな商店街の中を私たちは歩き続けていた。 三人で江戸を散策するというよりも、私と神楽さんがおしゃべりしながら歩いている後ろから、沖田さんが少しだけ離れてついてくるという感じだった。沖田さんが警察の制服を着ているということもあって、まるで護衛のために付き添ってもらっているような感覚だった。申し訳ない気がしていた。 それでも、神楽さんが楽しい話題をたくさん振ってくれるから、私は少しずつ心があたたまって笑えるようになっていた。テレビで話題の人のこと、万事屋の社長さんたちとのやりとり、私が親戚に引き取られ江戸を発った後にできた観光スポットや起こった出来事など。こんなに久しぶりに会って、しかも以前はそんな明るい話すら全くできなかったのにも関わらず、神楽さんとの話題は尽きなかった。 私は私で、江戸にある六角屋の跡地を空き地として親戚の援助を得ながら管理しつつ、いつかまた同じ場所で旅籠を再興したいと考えていることを話した。神楽さんはまるで自分のことのように喜んでくれた。「いろいろ大変かもしんないけど、応援してるネ!霧江ならきっと大丈夫アル!」「ありがとう、神楽さん」 私がそう言うと。神楽さんは少し立ち止まって、うーん……と腕を組み、頭を悩ませるような顔をした。「どうしたの?」「あのさ、さん付けやめないアルか?神楽でいいヨ」「えっ?じゃぁ……神楽ちゃん、とかでもいいのかな?」「うん!それでいいヨ!これでお友達アルな!」 そう言って改めて手を握ってくれた。神楽さ……神楽ちゃんにつられて私も頬の筋肉が緩み、綻んだ。 と、そのときに、後ろからついてきていた沖田さんが、私たちに追いついて立ち止まった。私ははたと我に返り、また顔が強張ってしまった。「あの辺じゃねーの?たしか」 沖田さんから視線をそらすように、その指差した先に視界を向けた。するとそこには、商店街の中でも比較的新しい小売店があった。店頭のディスプレイは遠くからでもきらきらと光って見えるほどお洒落なお店だった。「おう!あれアルな!」「あれは……?」「最近新しくできた雑貨屋さんアルヨ!髪飾りとかめっちゃ可愛くてしかも安いアルッ!」 行こう!とグイッと手を引かれた私は神楽ちゃんに続いて雑貨屋さんへと駆け足で向かった。「俺ァ外で待ってるわ」「逃げんじゃねーぞ!」 神楽ちゃんと沖田さんのやりとりを耳にしつつ振り返った。沖田さんはポケットに入れていた手の片方を出して携帯を取り出し、弄り始めていた。 雑貨屋さんの店内は人で賑わっていた。こんなに賑やかでたくさんの小物雑貨が並ぶお店は、江戸にまで出て来ないとなかなかお目にかかれない。お店の外と同様綺麗に陳列されたアクセサリーや小物を目にしながら、神楽ちゃんと二人で、ゆっくりと店内を巡っていた。「そういやあん時はごっつんこしちゃったよネ?大きなたんこぶできてたアル。大丈夫だったアルか?」 鏡を前に髪飾りを合わせてくれつつ、神楽ちゃんは私の左後頭部を撫でてくれた。「大丈夫だよ。……むしろあのときは、ありがとう」 そんな話もしながら、私たちは目移りする。私も神楽ちゃんも、かんざしや髪留めゴムやあめピンの辺りの棚の前で立ち止まってしばらくじっと見ていた。どれも手の込んだ装飾がカラフルでキラキラしていた。こうして町中のお店で、綺麗な物を見て回るというのも本当に久しぶりで心が踊った。 ふと私は、神楽ちゃんがずっと身に付けているぼんぼりのような可愛い髪飾りが気になった。そのことを指摘すると、神楽ちゃんは照れながら装着の仕組みを教えてくれた。「霧江ももう少し髪伸びたら付けれるようになるアルヨ!」 神楽ちゃんは嬉しそうに髪を少し弄りながら言う。「髪飾り誉めてくれるのはやっぱり女の子だけアルなー」「そうなの?」「男共はてんでだめアル。女心に無関心すぎるネ」 特にあそこのチンピラは便器にしようとしてたし論外アル、と。神楽ちゃんが親指で差した先には、お店の出口の辺りで、柱にもたれ掛かり携帯を弄っていた沖田さんがいた。 と、ちょうどその時、通りがかりの若い女性二人組が沖田さんへ声を掛けていたため私と神楽ちゃんはしばらくじっと見ていた。無表情のまま言葉を交わしたあと、女性たちは不満そうに離れていった。「阿呆な女共アルな。あいつに逆ナンしても犬扱いされるだけアル」「……女の人たちにモテそうだよね、沖田さんって」「見た目がいいだけアル。外見に内面の善良さが吸い取られてるネきっと」 先程公園であれだけ言い争っていた神楽ちゃんも、沖田さんの外面の容姿端麗さは認めているのかと思うと少しだけ意外だった。 あのとき、私が創界党に捕らえられたときも、今日のように二人は公園で罵り合っていたし。私のせいで二人が捕まってしまった際も私ではなく二人がお互いに愚痴り合っていた。私は途中で気絶させられてしまったから、その後の会話は詳しく聞いてないのだけれど。神楽ちゃんと沖田さんは基本的にいつも喧嘩している人たちみたいだった。 息の合ったやりとりが少し微笑ましくもあり……ただ、私が沖田さんとあんなやりとりをすることなどきっとこの先ないのだろうと漠然考えていた。なぜそんなことを考えてしまうのか、わからないけれど。私は沖田さんの、何を考えているのかわからない表情しか知らなかった。「でもね、今日一日はあいつと停戦条約を結んでるアル。いろいろ言いたいことあるけど、お金握らせてくれてるし、我慢してやってるネ」 そう言いながら神楽ちゃんは、ひとつの髪飾りを手にとっていた。鮮やかな色の花や手鞠のモチーフは、私には少し似つかないのかなというくらいの綺麗で繊細だった。「これとか霧江に似合ってるヨ!」「そうかな……こんなに可愛らしいのは私より神楽ちゃんの方がいいかなって」「私はいいアル。今日は霧江のお土産選ぶためにここに来たんだし。それに……」 神楽ちゃんは振り返り、もう一度だけちらりと沖田さんの方を見やってから、言った。「あいつの金だからな。私の分は買えないアル」 レジの前にも少しだけ列ができていた。私と神楽ちゃんとで順が回ってくるのを待っている。手には先程のコーム型の髪飾りをひとつ持っていた。「出来立てだからやっぱ混んでるアルなー」「こんなお店ができてたなんてほんとに知らなかった。教えてくれてありがとう神楽ちゃん」 私がそう言うと、神楽ちゃんはううん、と首を小さく振った。「実はネ、私も知らなかったアル。来たのも今日が初めてだし」「え……でもさっきここが可愛くて安くてって」「あいつに教えてもらったアル」「……沖田さん、に?」 その時にちょうど、レジの順番が廻ってきた。神楽ちゃんは沖田さんから預かっていたお札でお会計を済ませ、私は神楽ちゃんにお礼を言いつつその小さな包みを受け取った。そしてこの店内最奥から出口へと、人や棚を避けながらゆっくり向かった。「さっき待ち合わせ場所で霧江待ってるときに、あいつがここ提案してくれたアル。女ならとりあえず好きだろっつって」「そうだったんだ……」「あ、ちなみにこの話は言うなって言われてるからあいつには内緒ネ」「う、うん」 人差し指を口元に当てた神楽ちゃんに頷くと、ありがと!といたずらっ子っぽく言われた。 店の外へ出ると、先程までいたはずの柱の近くに沖田さんの姿が見当たらなかった。神楽ちゃんと二人で辺りをキョロキョロとしていたところ、向かいのお店の階段にいるのをほぼ同時に見つけた。 階段の半ばで、大きな風呂敷を抱え、手すりづたいにゆっくり階段を上ろうとするお婆さんに手を貸していた。「…………あいつが今日気だるそうにしてんのはあいつなりの照れ隠しアル。だから気にしなくていいアルヨ」 そう言って神楽ちゃんは、優しい笑みを浮かべ沖田さんを見ていた。私も、沖田さんの後ろ姿を見ていて心が温まるようだった。 私は少し勘違いしていたかもしれない。よくよく考えてみればあのとき確かに、神楽ちゃんは沖田さんの外面だけじゃない、内面もきちんと見ていたんだった。だから、黙って立ち去りたかった私の意すらも汲んだ上で、あのとき黙って立ち去ってくれた。 ……私が沖田さんのことを、神楽ちゃん程に理解していなくて当たり前だし、罵り合うことができないのも当たり前なのかなと感じていた。その証拠に、向かいの階段へ手伝いに行こうとした私の手首を掴んで、やめたげてと神楽ちゃんは言った。「あいつがこっちに戻ってきてから、次の目的地に向かうネ」「………うん」 次はどこに行くのだろう。あまり計画の全体像を把握していない私は神楽ちゃんに尋ねると、どこか行きたいとこがないかと聞かれた。私は神楽ちゃんにお任せするつもりで特に何も考えていなかったから、首を横に振った。「じゃぁね、最近新しくできた甘味処に霧江を連れてってあげたいアル」「甘味処?」「甘いもん好きアルか?」「うん!とっても!」「良かったアル!そこのお団子食べに行くネ!」 意気揚々とした声を、神楽ちゃんは程なくして小さく落とした。ただその前にちょっとだけ……と。神楽ちゃんは顔の前で両手を合わせ私にお願いするようなポーズでウインクをする。「ちょっとだけ私行きたいとこ行ってもいいアルか?銀ちゃんじゃ絶対連れてってくれないアル」 私が頭にはてなを浮かべていたちょうどそのとき、沖田さんがこちらへ戻ってきたのだった。***** ここは、商店街からもう少しだけ離れた、歓楽街にやや近い場所。いろいろなゲーム機器が個々自由に大音量を放っている、いわばゲームセンターだった。 神楽ちゃんはそこにある太鼓の将軍なるゲームがどうしてもやりたかったみたいだった。初めは私と神楽ちゃんとでコインを投入し対戦していた。私は2ゲーム程で指と腕が疲れてしまいバチがまともに持てなくなってしまった。 と、そこへ見知らぬ若いお客さんが神楽ちゃんのフルコンボを目にして勝負を挑んできた。挑むところだ!と神楽ちゃんはバチを手にヤル気満々で勝負を受けていたのだった。「あいつ……人の金で遊びまくりやがって」「……沖田さんは、太鼓しなくてよかったんですか」「普段なら調子づいてるあいつぶち負かしてェとこだが。今制服着てるしな」「お仕事中だったんですよね」「江戸の町案内も仕事って言やァ仕事にはできるけどな無理やり」 「……すみません」「いいよ仕事したくねーし」 私と沖田さんは、神楽ちゃんから少し離れた場所、店内隅の自動販売機の横にあるベンチに腰を掛けて、神楽ちゃんを待っていた。店内のBGMもこの場所ならば耳に響きすぎず、すぐ横に座っている沖田さんの声も私の声も無理なく会話ができるほどよく聞こえていた。 だからこそ余計に、どうしようかと内心戸惑っていた。 戸惑っている私には気づいていない遠く向こうの神楽ちゃんは、打ち負かした相手の連れの方との対戦を開始していたところだった。「昼間っからこんなとこ連れてきて何がおもてなしなんだかな」 沖田さんは手にしていた缶コーヒーをあけて飲みながらそう言った。私は先程沖田さんが買ってくれた缶ジュースを手にしたまま、なんとなく飲むこともできずにうつむいていた。「ジュース嫌いだったか?」「いえ」 沖田さんにこれ以上気を遣わせてはいけないと思い直し、缶ジュースを開けて一口飲んだ。100パーセントオレンジジュースと記載されているけれど、舌はあまりオレンジ味を感じ取ってくれなかった。「……嫌だったら嫌ってあいつに言やァいい。気ィ遣う必要はねーよ。今日のあいつはあんたに従順な犬だから」 そう言っていた沖田さんの視線の先には、まだまだ太鼓を連打している神楽ちゃんの姿があった。いつの間にかその周囲には人の群れができ始めていた。 私は、神楽ちゃんに気を遣ってるわけではなかった。気を遣っているのだとすればそれはむしろ、沖田さんの方だった。それに、それはきっと沖田さんも同じだった。「あの……沖田さんは」「俺は犬になる趣味はねーよ。飼い慣らしてやる側だ」「その、そうではなくて。どうして沖田さんは私の父を庇って……」「その話はやめろ胸糞悪ィから」「ごめんなさい……」 声の凄みに、顔を見ることはできなかった。はぁ……とまた、公園で会ったときと同じように、面倒そうにため息をつかれてしまった。私はやっぱりジュースの味がしなかった。胸が少しだけ詰まるようで苦しい。 こうなることはわかっていたのに。私は、野次馬に紛れて神楽ちゃんの太鼓を眺めていることだってできたのに。 それでも今こうして沖田さんの横に腰掛けているのは、神楽ちゃんに促されたとはいえ私が望んだ行動だった。だから、私は誰にも文句は言えない。 神楽ちゃんはというと、いつの間にか三人、四人と次々に対戦相手を打ち負かしていた。気づけばもう、神楽ちゃんの横に挑戦者の列ができているほどだった。「なんであいつ、いつまでも太鼓の前から離れねーと思う?」 不意に沖田さんがそう尋ねてきたので驚いてジュースを滑らせそうになってしまった。「……あの太鼓のゲームが好きなのかな。対戦相手も途絶えそうにないですし」 私の答えに沖田さんは首を振った。「あいつなりにあんたに気ィ遣ってんだ、たぶん」 私が驚いていると、沖田さんは飲み終えた缶をポンとくずカゴへ投げ入れて言った。「あのバカは何も知らねェふりして、俺とあんたを二人にさせたかったんだろーな。そうゆう変な気ィ遣うバカだから」「……そうだったん、ですね」「嫌ならはっきり言っとかねーと。調子づくぜあのバカ」「嫌なんてことはないです」 沖田さんもまた、神楽ちゃんのことをよくわかっていてそんな風に言う。ただ、お互いに気遣いを口にしない。とても不思議な関係だと思っていた。「ま、場所がゲームセンターってのはいかがかと思うがな。男女二人にするってんならも少し気の利いた場所をチョイスしてほしいとこだが……」 そう言いながら沖田さんは前方を向き少し睨むような表情をしていた。その先には、先程からこちらをしばらくじっと見てケラケラと笑い合っている男女複数の人たち。鼻や唇にピアスをあけていたり、服装の露出が多かったりと、少し怖そうな印象の小集団だった。彼らは口々に笑いつつも、私たちから離れていった。「……意外と策士だったなあのクソアマ。俺があんた一人放ってうろうろできねェような場所にあえて連れて来たってわけだ」 改めて周囲を見渡すと、確かに、この場所は先程の雑貨屋さんとは異なり、私のような年齢の人は一人も見当たらない。沖田さんと同じかそれよりももっと上の年齢層の人々が、ゲーム機を前に叫んだり悪態をついたりしている。もっとも、神楽ちゃんの周囲にいる人々は神楽ちゃんに嫌がらせをするわけでもなく、ただただ感嘆の声をあげてゲーム対戦を見物しているだけだった。「………ご迷惑でしたよね。私」「あんたからの迷惑ならとっくに掛けられてる」「そうでした、ね……」 ジュースを両手で握ったまま、私はうつむいてじっとしているしかなかった。私は今日ずっと沖田さんに正面から顔を向けることもできず、神楽ちゃんとのように楽しい会話をすることもできず、笑うことも怒ることもできずにいる。申し訳ない気持ちからか、胸の奥がどきどきと波打って、ただそれを悟られないよう平然としているしかなかった。 ただ、それでも…………この人は会いたかった人だった。 目をつぶってじっと考えていた。父上のこと、母上のこと…………私は、結局いろんな人たちに気を遣わせて、迷惑をかけながらでしか生きられないのかなと思うととても情けなかった。目を開けられず、真っ暗な視界の中で少し震えていた。「けどな、おあいこだ」 隣から聞こえてきたその言葉は、私の胸のうちにすとんと落ちて響いた。目をゆっくりと開けた。 私の視界に映ったのは、ジュースの缶と、自分の膝。そして……先程沖田さんから要らないと突き返された、手のひらの上のお釣りだった。「俺の部下と俺がやったことに、こんな迷惑くらい掛けられて然るべしだろうし、チャラにもならんわな……」 沖田さんの静かな言葉に胸が打たれる思いがする。本当は私の方なのに。お釣りを返さなければいけないのは、……私の方だ。「沖田さん……」 私は顔をあげて、横にいる沖田さんを見た。目と目が初めて、ピタリと一致した。 そのときにふと思った。 沖田さんの目は、綺麗だ、と。「護って下さって、ありがとうございました。 直接言いたかったんです。ずっとずっと」 今度は遮ろうとはしなかった。私の言葉を最後まで、口をつぐんで聞いてくれていた。沖田さんはしばらくそのまま私を見ていた。そして、また視線を前方へそらし少し呆れたような口調で、話を終わらせようとするだけだった。「もうこれっきりな。俺はもう六角さん方と付き合うのはうんざりだ」「……はい!」 私は返事の後もう一度膝に視線を落とした。綺麗な目に刺激されたからか、少し泣きそうになってしまったから。まるであのときと同じように胸と喉と目元が熱かった。 けれど、伸びかけてる髪がうまく顔を隠してくれていた。なんとか涙をこぼさずに済んだしバレなかったと思う。 今日泣いてしまうことは、二人に失礼なことだから。泣いちゃいけないと心に決めていた。 涙を見せない代わりに、私は先程神楽ちゃんにも話したことを、伝えたいと思った。「沖田さん……私また江戸で六角屋を再興します。いつかきっとしてみせます。 だからどうかもう……背負わないで下さい。チャラにして下さい」 私の声に、また沖田さんのため息が聞こえてきた。けれど今度は面倒そうなものではなく、呆れたといった感じだった。「いちいち背負ってねーよ真面目キャラじゃねェし。ま、周りへも適度に発散してるしな」 沖田さんは前を見ながらそう言った。私も同じ方へ視線を向けた。私たちの視界の向こうには、バチを持っている神楽ちゃんがいた。きっと、沖田さんにとっては、大切な人の一人なのだろうと思った。 ……と、よく見ると、神楽ちゃんは青ざめたまま固まっていた。太鼓からは灰色の煙がモクモクと立ち上ぼり始め、次第にウィーンウィーンとゲーム機から警報が鳴り響いていた。「やらかしたなあいつ……」「えっ!壊したんですか!?」「あの馬鹿力ならやりかねねェ」 ジュースを横に置いて慌てる私の隣で、沖田さんはあー参った……と財布の中身を見ていた。横からちらりと見える範囲で覗くとお札がぎっしりと詰まっていた。「弁償はさすがに嫌だ」「あの」「何?」「神楽ちゃんと沖田さんは、旧知のお友達なのですか?」 弁償の言葉をすぐに思い浮かべた沖田さんに対して、ふと、尋ねたくて尋ねた。脈絡もない問い掛けは唐突で不自然かもしれない。けれど、今日私がずっと抱いていた疑問だった。 私がそんな場違いのようなことを尋ねると、んなわけねェだろと頭を掻きながら即答された。「けれど、いつも窮地の場で息がピッタリだなって思って………少し羨ましいです」 自分で発した単語に、自分で少し驚いてしまった。羨ましいなんて、どうして神楽ちゃんと沖田さんに対して思ってしまうのだろう。少し胸がどきどきとする。 私の言葉にさすがに沖田さんも目をくりっと丸くした。けれどその表情は平然としていた。「羨ましいってんなら、あいつとこれからも宜しくしてやりな。あいつは誰に対してもあんなだ。心配せんでもすぐ仲良くなれるぜ」 沖田さんが親指で差す向こうで、神楽ちゃんは土下座していた。他周辺にいたお客さんたちもまた、まるで神楽ちゃんを援護するように、駆けつけてきた店員さんたちの前で土下座している。そこには短時間の間に形成された一種の連帯感が見てとれた。「何やってんだあいつさっさずらかれよ……」 片足を踏みながら、沖田さんは視線を神楽ちゃんの方へ送り続けていた。「………行ってきてあげて下さい。私ならここで待ってますから」「けどあんた」「大丈夫です。もう自分の身は自分で守れます!」 私がきっぱりそう言うと、沖田さんは今日初めて少しだけ笑いかけてくれた。「そういやあんた威勢のいい気骨持ちだったな。すっかり忘れてたわ」「あなたに技掛けられてたんこぶ作っても起き上がれる程には、根性座ってますから」 そんな、少し自分でも驚くほどの強気な言葉でスラスラと沖田さんへ言い返していた。思えば私が初めて沖田さんと話したときはこんな感じだった。けれどあのときとは違って、私は沖田さんの表情につられる形で、笑うことができていた。 それを見ると沖田さんは安心したような顔を一瞬見せ、ベンチから立ち上がった。「あいついわくこの後甘味処行くそうだから、そこでジュース飲んで待ってな」 そう言い残し早足で神楽ちゃんの元へと向かう後ろ姿を、私はしばらく見ていた。 店員さんたちの存在すらも忘れ再び罵倒のし合いを始めた沖田さんと神楽ちゃん。二人を見ていて、思っていた。二人の関係が。やっぱり少し羨ましいな、と。 この感情が何なのか、私自身もよくわからない。 けれどとにかく私は、ひとつやりたかったことをやり遂げられたんだ。伝えたかった気持ちを、自分の口から伝えることができた。 ずっと心にあったわだかまりが消えて、それで十分だと思えた。「………あ、おいしい」 ジュースを再び飲むと、100パーセントオレンジの味がしていた。 [8回]PR