いい夫婦 hijikata x mitsuba 2017年11月23日 土ミツ夫婦設定です 「十四郎さん、ちょっと聞いてほしいことがあるの」 フフッとにこやかに笑う彼女に、ため息をついた。 こんな寒い中、わざわざ迎えに来なくていいと何度言っても聞きやしない。そういう頑固なところは弟譲り………いや、順番的に姉の方が先か。まぁどちらにせよ、さっきまで命狙ってきてた出張仲間と同じ顔をした女が、ご丁寧に駅まで迎えに来て一緒に家路につくという状況なのだから。世の中何が起こるかわかりゃしない。「長旅ご苦労様でした」 ニコニコと嬉しそうに話しながら隣を歩かれると、こちとらどんな顔していいのかわからずに戸惑う。どんなに距離が近くなろうと、夫婦(めおと)の契りを交わそうと、こればかりは未だに慣れないのだ。 リアクションに困る結果、そっぽを向いて歩いてしまうのはいつものことだった。 それを咎めもしない。ただただ朗らかな表情で出迎えてくれるだけ。そうやって文句のひとつも言わない彼女は、時折山崎の想い相手と同じにロボットなのではないかと、馬鹿なことすら思えてしまう。 それほどに従順すぎて心配になる彼女ではあるが、たまに不思議なことをする。「で、聞いてほしいことって何」 開口一番に聞いてほしいと言うわりに、なかなか話を切り出さない。それは、俺がスカーフを緩めつつ、軽くあくびをしながら歩いてしまったせいなのだろうか。 疲れてるだろうからと気遣ってくれる結果、口数が減ってしまう。それは彼女の不思議な一面のひとつだ。妙に不安に駆りたてられ、逆にこっちから聞かざるをえない。 何か言いたいなら、聞きたいなら、遠慮せずに言ってほしいと常々に思っている。 何より、ようやく任務を負えて気を張らずに済むのだから……他愛ない話をしていたい。「フフッ、大したことじゃないのよ」「ますます気になんだけど」「あのね、今日はね……」 指でピースサインを作って、口を軽く尖らせて、話す。「いい夫婦の日なんですって」 1と1で。2はふたつの「ふ」でね、と。笑いかける姿に。軽く笑い混じりに答える。なんとなく意地悪のように言ってしまいたくなる。「いや、知ってっけど」「えぇ!どうして知ってるんです?」「わりかし有名だと思う」「ああ、そうなんですか………」 ちょっとがっかりだなぁ、と。言葉にせずとも浮かび上がるその表情がわかりやすすぎて、口角を緩めざるをえない。 彼女はいつもそうだ。何かたまに突拍子もないことを言い出そうとするが、それが大して突飛なことでもないとわかれば、俺を驚かすことができなかったと落胆する。それもまたものの数分すればけろっとしているのだろうけど。「……で、いい夫婦の日がどした?」 慰めるように、話を紡ぐと。パッと表情を明るくして言う。「ご馳走作ってみたんです!」 ああなるほどな。それが言いたかったんだろう。 そう悟ると。急に腹が鳴った。案の定笑いかけられてしまったので、また少しそっぽを向いた。まだ家路の半分も過ぎていないというのに気が早いと自分でさえ思う。「十四郎さんに食べてほしくて、新しいレシピも考えてみたの」 もちろんマヨネーズに合うようにね、と。俺が反応したのを見て、無邪気に笑うその表情。 不意に感情が込み上げてくる。 袖をたくしあげて飯を作ってくれている姿を想像する。随分回復したとは言え、まだ油断のできないその体を背負いこみながら。帰りを待ってくれていたのだと……。 ここが、人通りの多い(いや、多くなくとも)表通りでなければ、その白くて細い体ごと抱き寄せてしまいたくなるくらい、愛おしかった。「いい夫婦に、なれたらいいなって、思って………」 言葉数少なに呟かれる言葉は、通りを行き交う人や車の騒音で掻き消されてしまいそうな程、弱々しく。不安そうで心もとない。 自身が体の弱いことを十分に知っていて。それでもそんなことを気に掛けさせまいと明るく振る舞う、意地らしいその姿を見て、こんなにいい妻をめとれる人間などそういるまいと心底思う。 だからこそ、より磨きをかけて命を狙ってくるのだろう、独り占めを阻害されたあの弟は。 ………惚れていた、あの時から。 こんな日々を送ることを、心のどこかで願って。 そんなことは、贅沢だと自分に言い聞かせて拒もうとしていたのだが。どうやら、贅沢を送るには送るなりの代償もあるようで。それを覚悟で贅沢をすることに決めたのだ。 いつ崩すともわからないその体を、一緒に背負いたいと、願ってしまった。 お陰で護りたいものが増えた。重くて、大きくて。なくした瞬間に自身が壊れてしまうのではないかとさえ思うほどのプレッシャー。 けれどその分、何よりも自分自身が彼女に護られている気がした。ミツバの存在が、自分をより強くならなければと駆り立ててくる。 これからも、ずっと……「……とっくにそのつもりだけど」「え?」「いい夫婦の、つもり……」 愛してるよ、ミツバ。「まぁ、珍しいわ」 声を弾ませて、少し戸惑うような、楽しそうな音色で、耳を撫でてくる。「十四郎さんから手を繋いでくれるなんて、珍しい」 何も答えられぬまま、家路の途中。 そこから伝わる体温の暖かさが、出張中にこさえた傷口に沁みるようで。 やりどころのない感情を発散するように、白く心もとないその手を、しっかりと握りしめていた。 こんな日々が少しでも長く続きますようにと。 [3回]PR