共鳴 okita x kagura 2015年05月30日 3Z。まずは沖田のターン 一瞬、自分の耳を疑った。 ありえない言葉が聞こえ、私の思考はカチンと停止してしまった。 目の前に立っている人物は、とても切羽詰まったような真剣な顔で、私の目をずっと見てくる。まともに目を見返せなくて、私はうつむいた。 でも……これが噂の壁ドンってやつで。 視線をそらそうとしても、こいつの姿を視界から消すことはできなかった。 ちょうどこいつの足だか股間だかの辺りに視点をさまよわせ、うつむいていた。「なァ、どうなんだ?」 今しばらく続いていた沈黙が、頭から浴びせられる声で途切れた。 私は、乏しい頭の中身をふり絞ってぐるぐる回転させた。でも、答えは見つからない。 どうって。そんなの……イエスでもノーでもない。なんて答えたらいいのか、わからない…。「……お前は、どう答えてほしいアルか?」「てめーの返事を聞いてんだ。俺の希望なんか聞いてどうすんだよ。……それに、わかってんだろ、俺の欲しい答えなんて」 苦しそうに吐き出される言葉で鼓膜を突いてくる。 うん、ごめん。……わかってる。 わかってるから、困ってる。 そりゃ、私だって好きか嫌いかっつったら好きアルヨ。お前のこと。 なんだかんだで。腹立つこと多いけど。でも、いいとこもそれなりにたくさん知ってるし。 でも、お前のソレとは違うかもしれない。 私が好きなのは、お前だけじゃなくて。先生も、新八も、姐御も、みんなみんな好き。お前はそのうちの一人ネ。 だから、……お前の望む答えとは、違う、ずれてしまう気がする。「……どうして、私アルか?」 まるで時間を稼ぐように尋ねるとこいつは顔をしかめて睨んできた。「理由が必要か?」「……理由もないのに女の子に惚れるアルか」「いやどっちかっつーと……ありすぎて困ってんだ」 ああやっぱりおかしいアル。今日のお前、どう考えてもおかしい。 私はさっき、教室から手を引かれここまで連れ出された。誰もいない空間で完全に二人きりになるのはけっこう珍しい。 考えてみれば、その時点から少しおかしかった。なんか不思議だなと思ってただけで。私は異変に気づけなかった。 気づいた頃には壁ドンの末、なぜかいきなり、言われてしまった。チャイナのことが、好きだ。付き合ってほしい。 そう突然告げられて。私の感覚も鈍ってしまう。いつものように言い返すこともできず。顔から火が出そうなくらい、熱かった。 言葉の暴力とはよく言うものだけれど。改めて言葉というものが怖くなった。 私だけに向けられた言葉。 逃げ道なんて、なかった。 未だ沈黙は続いていた。 私は視線を下にそらし続けている。でも、こいつが私に向けてくる視線はいっこうに外れる気配がなかった。 ここは校舎の裏側にある細い通路。 建物に遮られて日は当たらない。枯れ葉が撒き散らされたままのコンクリの通路。生徒も教師も滅多に通らない場所。 今ここにいるのは、私とこいつだけ。 放課後のこの時間。校庭から聞こえてくる音は遠い。運動部の掛け声とか、吹奏楽部の音出しとか、笑い声とか奇声とか。 あまりにも沈黙が続くから、いつの間にか耳はそっちに傾いていた。 早く、あっちの世界に戻りたいな。 Z組のみんなのところに、戻りたい……。「やっぱし、嫌だったか」 はたと気づいて我に返る。 声に反応して、うっかり視線を合わせてしまった。 ……なぜだか、視界がぼやけてこいつの顔がハッキリと見えなかった。その瞬間、目元から何かがポロリとこぼれた。 あれ、私……。いつの間にか、泣いてた? こいつはそっと体を後ろに引いて、私から離れた。体と体との間に空間ができ、少しだけ新鮮な空気が吸える気がした。さらに、ずっとこちらへ向けられていた視線も外された。 ……こいつには悪いけれど、正直ホッとした。 気の緩みからかまた涙がぽたぽたと目から垂れてきた。しかも今度は次々溢れてきて止まらない…。手の甲でガシガシと拭った。「……悪かったな」 視線を落としたまま、私にそう言う。辛そうな声だった。 私は、こいつに気遣うこともままならないくらい少しパニックだった。だって、どうして自分が今泣いているのかわからないくらいなんだから。 ただ、私はネ。……隣同士の席で、毎日張り合ったりとか、ケンカしたりとか。そういう相手として、お前のことが好きだったのに。 付き合ってほしいなんて言われてしまっては。もう、断っても断らなくても同じ。私が好きだったケンカとかもできなくなっちゃう。今までの関係が無くなっちゃう……。 ほら、もうすでに今だってそう。茶化すこともできない。目を合わせることすら、できないんだから……。「今の話はもう忘れて、いいから」「……何アルかそれ。勝手すぎるアル。アホ、ボケ……」 いつもの調子に戻したいのに、言葉に詰まってうまくいかない。 今度は私が、こいつへ視線を投げ続けている。それなのにこいつは、私に目を合わせてくれない。さっきまでとは真逆だった。 改めてまじまじと見つめていた。他の男子よりも少し長めの髪。色素の薄い亜麻色の髪。まつげはちょっと長くて。大きな瞳。今はまぶたで隠れがち。あと、肌はそこそこ綺麗でニキビとか無い。触ればもちもちしていそう。 それは、毎日隣で見てきたはずの横顔なのに。思わず見入っている。目をそらせないでいた。「なんでだ、お前……」「なんでって、何アル」 声が少し震えている気もした。その唇を見ていた。すると、唇を手の指先で軽く触れるような仕草をする。そして、私にまた震える声で言ってきた。「逃げんなら、今のうちだ」「逃げるって……どういうことアルか?」 たしかに私はさっきまで、校庭に戻りたいと考えてた。逃げたいはずだった。けれど、こんな今のこいつ放置したまま私だけ帰るわけにもいかないだろ。足は動かなかった。 沖田は私の疑問に答えてくれずに、なぜか自嘲気味に小さく笑うだけだった。「俺は……お前に殴られる覚悟でここ来てさ。気持ち伝えたんだがな」「……殴るって。なんでアル?」「お前いつもならそうすんだろーが」「そりゃ、そうアルけど……。でもだって、今はそういう感じじゃないアル」 私の涙は収まっていた。 それよりも、どうしてこいつは先程から怒り気味の口調なのか疑問だった。どうしたらいいのかわからずにいた。 指と指の隙間から、はぁーッとやはり怒ったような短い息を吐き出して。私に言う。相変わらず目は合わない。「半端な同情してんじゃねーよ。なんか、余計辛ェわ」 怒り混じり。けれど、ぽたぽたっとこぼれるような言葉と声だった。 コンクリの壁を背に、私はその場に立ち尽くす。動けない。 同情とか、違う。そんなつもりは無い。 ただ、いつものお前に戻ってほしいだけ。 いつものお前のことを、私…… ……ああそうだ。私、たぶん。今気がついた。 気づいたけれど。これを、この気持ちを、どう伝えればいいのか、わからない。 自分の正直な気持ち。さっきのこいつみたいに……まっすぐ……伝えたい。「あ、あのさ……」 まるでそこらへんにいる女子高生かって感じの、か弱い声が出てしまった。ちょっと気持ち悪い。 もう少しきっちり伝えようと息を吸い込み、吐き出した。「私、気づいたアル…!」「何だよ」 怒った口調。向かない視線。 ドキドキする心臓に負けじと、声をあげた。「私、私もネ。お前のこと……、好きになっ」「だから同情はすんなつってんだろ!!」 突然鋭い声で怒鳴られて体が震えた。言いかけた言葉を飲み込んで一歩後ずさった。 と、間髪いれずに、こいつは私の両肩をギッと痛いくらいに強く捕んできた。その上ガッと力任せに引き寄せられた。「ちょっ……!」 体ごと前のめりに倒れて、その勢いを胸板で正面から受け止められた。痛いと思う間もなく、両腕を肩から背中へと回された。 何が起こったのか全然頭がついていかない。ただ気づいたら、こいつに全身をギュッと抱き締められていた。「お前とは違ェんだよ、俺は……」 徐々に腕の力が強められていって、もがこうとしてもそれを許してくれない。身動きがとれないくらい抱き締められていて、心臓の音がどくどくとする。こいつにも絶対聞かれてる。恥ずかしいから離れたかった。けど、離してくれない。顔を私の肩に埋めてすりすりと寄り添ってくる。「チャイナ……好きなんだよ俺ァ、お前が思ってるより、もっと」 そう言いながら私の背中に回されていた手が、だんだん下方へずれていってることに気づいた。 少しずつ、角度をずらしながら。こいつの腕と胴体はまるごと、私を肩から腰の下まで、全身捕らえている。熱い……体温とそれと、下腹部で感じるナニカが。熱い。「セックスしてェってくらい………好きなんだ」 辛く絞り出されるような声。突然飛び出した単語にひどくひどく驚いた。もう心臓が、どきどきなんてレベルじゃない。自分で引くくらい、音が跳ねている。 下半身に押し付けられるものが気にかかって、恥ずかしくて。今さらながら逃げ出したかった。 不安が沸き上がってくる。変な気持ちになる。怖い。……ごまかすように、声を振り絞ってアホ!バカ!と単語を連発で吐き続けたけれどあんまり緩和されなかった。 嫌だ。こんなの…嫌だヨ…。 パンクしそうなぐらい回転している頭は、ボカンと振り切れて。暴言を吐く気力もなんだか失われた。されるがまま、抱き締められてる。熱い。恥ずかしい。「好き…、はぁ、チャイナ………」 どうしようもなくて黙ってる私の耳元で、低い吐息で囁きかけてくる。やめてヨ……。反応してお腹の内側がきゅぅんと締まる。体の奥にまでぐんぐん浸食してくる気持ちは、思考をまるごと奪っていく。 この男は………誰アルか。 私は、こんな男なんて…知らないヨ。「やめ、て………」 泣きそうになりながら訴えかけた。こんなにすぐ近くにいるのに、私の声にその耳を傾けてくれようともしない。 押し当てられるように密着している。吐息が触れ合うほどに、顔と顔とが近い。 だからなのか。 ふんわりと。 体の匂いがした。 ……甘い。甘くって、とろかされそうになった。 どうしてこんなときに………いやだ…変な気持ちになる……。 正気を保とうと、必死で抵抗している私は、もう限界で。力を抜けばその瞬間、こいつのペースの波に溺れてしまいそうになる。 でも溺れたくないヨ、私。 お前のこと、好きだから。嫌いになりたくないから。…溺れたくない! 今まで通りでいたいだけなのに……!「………いい加減ッ、に、しろッ!!」 残りの力をキッと振り絞って、思いっきり反発した! ……気づけば、私の手はこいつの頬を引っぱたいていた。自分でも掌がじんわり痛むくらいに、思いっきりに。 もう片方の手は、奪われそうになった唇を、頑なに塞いで守っていた。 パニックなまま。わけもわからないまま。肩で荒い呼吸をしている私がいた。 目から涙がじんわりと浮かんでは、こぼれ続けた。 目の前には、片頬を手で覆ったまま動かない、男がいる。 手の甲で表情は見えない。微かに見える口元は、笑っているようにも、泣いているようにも感じられる。 いてもたってもいられない気持ちだった。「……ほら、な」 そう言って、男は手をそっと下ろすと、私のことをじっとまっすぐ見てきた。 ここにきて初めて、目と目がまともに合った。 男は…………沖田は、 変な笑みを浮かべていた。辛そうに、はにかむようにして。唇を少し噛んでいる。 その表情は、私の胸の奥をちくっちくっと刺すようだった。「……悪かった」 小さくそう言って、私に背を向けた。そのまま校庭の方へ歩いていこうとする。「待て、お前は」「次ヘタに同情したら、マジでてめーのこと押し倒すから。そのつもりでいろ」 ぴしゃりとそう言われて、私は二の句が告げられなかった。沖田はゆっくりと向こうへ歩いて行ってしまった。 その場に立ち尽くして、私はメソメソと泣いていた。そうするしかなかった。 だって。明日からまた教室に行けば、隣にあいつがいるのに。 こんなことになっちゃって。 どんな顔してればいいアルか…。 認めたかない。でも、私、ほんとは お前に好きだと言われて お前が好きになってしまった。 でもネ、認めたくなんてないんだヨ。 愛しい匂いを感じた瞬間、お前になら、何されてもいいかも、なんて、一瞬でも思っちゃったこと。 知られたかないヨ……。 私、どうすりゃいいアルか? 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