ヤキモチ okita x kagura 2015年05月30日 神楽がヤキモチをやくお話。 「水族館…か……」 公園の隅にある掲示板。そこに貼られた一枚のポスターを前に神楽はポツリとつぶやいた。昼下がり、愛用の番傘を手に、じっとその場に立ち尽くしたまま動かない。 神楽の隣には、隊服姿の沖田が並んで立っていた。仕事放棄の真っ最中。額にはアイマスクをつけたまま。神楽と同じようにポスターを眺めていた。 それはつい数分前のこと。掲示板の前からずっと動かない神楽の後ろ姿を、寝起きの沖田は見つけた。ベンチの上で寝転がっていた自分に対して攻撃しようともせずに。ただただ立って何かを眺めていた神楽を沖田は不思議に思った。そして、神楽のもとまで歩み寄り、その目の前にあるポスターを見た。神楽を引き留めおく物の正体を知った沖田は、ふーん……と納得していたところである。 神楽は隣に沖田が来たことに気づいていた。しかし、沖田へと視線を向けようともしない。その代わりに、鋭く命令してみた。「私いっぺん水族館行ってみたいアル。お前チケット買うヨロシ」「は?なんで?」 二人の目の前には、水色や青色で綺麗に彩られたポスター。それは、水族館のイベント告知のためのものだった。その水族館は、かぶき町よりも遠く離れた場所、海に面した村にある。集客のために、たびたび町に広告が貼られるのだが。神楽はその度にいつも写真に写った子供を羨ましそうに見ていた。さらには子供だけでなく、イルカやペンギンの写真が仲良く楽しそうに並んでいる。それらは神楽の心を奪うのに十分だった。「行きてェんなら自分の金で行けバカ」 夢も希望もない沖田の単調な声に、神楽はむすっと反論した。「お前曲がりなりにも公務員だろ?金たくさん持ってんだろ?だったらチケットくらい私にチャチャッと買えば済む話アル」「チャチャッと金使うかどーか決めんのはてめーじゃねェ俺だバーカ」「バカバカうっさいネ!バカだと思うなら私にチケットを買ってバカを克服させりゃいい話アル。お前にも損はないアルヨ。今すぐそうしろヨ」「どんな理屈だよそいつは」 なぜ自分にそんなことをせがんでくるのか。沖田は神楽の心情がわからずにいた。だいたい、財布の紐をゆるめてくれそうな人物はもっと身近にいそうなもんだ。そこで沖田は提案してみた。「俺なんかより旦那にでも頼んだ方が確実だろ。なんでまた俺に頼むんでさ?」「銀ちゃんにそんな金があると思うアルか?……それに、銀ちゃんは食える魚にしか興味ないアル」「まァそりゃそーだろな。そこは俺も同意するわ」「クソッ!これだからドSコンビはッ!役立たず!」 神楽の悪態を耳にしつつ。沖田は銀時の顔をぼんやりと思い浮かべた。すると浮かんだ。鼻か耳でもほじりながら、いつもの死んだ目をしつつ「食える魚以外にも興味ある彼氏でも作ってそいつに連れてってもらいなさい!」とでも言うだろうか。神楽の保護者であり万事屋の社長であるにも関わらず、基本的に他力本願。沖田としては神楽の無邪気で傲慢なわがままを押し付けられるのは敵わなかった。 哀れなやつだな……と思いながら、ふと隣に目をやった。沖田より頭ひとつ分弱背の低い神楽と、ちょうど視線が交わる。神楽は沖田に対しまっすぐに目を向けていた。それは懇願にも近いような。まっすぐ純粋な目で見上げてくる。どうしたのだろうと沖田は思う。こんな目の神楽を見ることはあまりない。「……つーか、お前さ。チケット手に入れたとして誰と行くつもりだ?水族館なんか」「誰って……それは……」「旦那はそんなんで無理だろどーせ。新八くんか姐さんとでも行く気か。……あ、それともなんだ?」 沖田は神楽に体ごと向き合い。面白がるように、その目を一段とまっすぐに覗きこんで言った。「俺とデートでもしたいわけ?」 沖田としては勿論冗談のつもりで。それはきっと神楽もわかった上で軽くあしらってくるだろうと思っていた。しかし、そんな沖田の予想に反し、神楽は少し慌てるような素振りを見せた。目をぱちぱちと瞬きして。手を口元に当てがい斜め下へと視線をそらせた。 その反応に沖田は若干困惑しつつ。畳み掛ける気持ち半分、困惑をごまかす気持ち半分で。神楽をさらにからかってみる。「なーに?マジで俺と行きたいんだ。素直になりなよ神楽ちゃん?」「なっ!?……名前で呼ぶなヨ気色悪いなッ!」 神楽が口元に当てがっていた手をそのまま伸ばして沖田へ一発パンチをくらわそうとする。おっと、と。沖田はなんなくそのパンチを片手のひらで受け止めた。拳を包むように握られたまま、神楽はキッと沖田を睨む。それはいつもの神楽の目であったから、沖田の困惑はひも解けた。 気持ちをごまかすように、神楽は沖田に勢いよく言い返した。「……デ、デートはデートでも。私は、そよちゃんと、行きたいアル!誰がお前なんかと!」 変な間を開けつつもごもごする神楽。その違和感よりも沖田はそよ姫とデートするという幕府の重職もびっくりの発言に、口元がゆるみ少し笑えた。「何笑ってんだヨ!」「いやいや、てめーはほんとバカだな」 むぅと膨れる神楽。沖田は手を離してやり軽く笑った。 そよ姫は身分上、神楽のような小娘二人と遠くへ出掛けられるわけがないのだ。そのことはいちいち沖田が指摘せずとも神楽もわかっているだろう。そんなことを言うのはきっと、行ける相手に思い当たる人物がいないのだろう、惨めなやつだ、と沖田は思った。その拙い嘘に付き合ってやるのも一興だな、と。沖田は笑いつつも神楽へアドバイスをした。「残念だが姫様はもう何回もここ行ったことあるぜ。付き添わされた俺もとっくに飽きてんだし。姫様もそろそろ飽きてるはずだな」 沖田の言葉に、神楽はきょとんと間の抜けた声を漏らした。「………へ?」 口をぽかんとさせ、沖田を見つめる神楽。まばたきしつつなんとも言えないような顔をしていたが。沖田は神楽ではなく再びポスターへと視線を向けていたため気づかなかった。 沖田の視界にポップな文字やイラスト、写真が踊っている。ガキくさ……と呆れつつ。こんな場所にどうして人々はうじゃうじゃ群がって行きたがるのか理解できない。沖田は内心銀時に全くもって同意する。沖田にとっては酒と共に頂く生魚の方が余程ありがたいし楽しませてくれるものである。「……お前、………そよちゃんと一緒に、水族館行ったことあるアルか」 隣からふと聞こえてきた声がいつになく弱気な声だったため。沖田は羨ましがってんだろーなこいつ、と。神楽に対して、呆れたように言った。「何回もあるよそりゃ。一国の姫をあんな人混みン中ぶらつかせらんねェからな。ほんと好きだねィ女子供は、あーゆう場所」「………それってお前とそよちゃんの、二人だけで?」 なんでそんなことを聞くのかと思いつつも。そーだけど?と沖田は答えてやる。「ま、ぞろぞろと隊士の野郎共付き添わすっつーのも姫様が哀れなもんでィ。俺一人いりゃ護衛は十分だしな」「………ふーん。………それってつまり、デートアルか。お前と、そよちゃんと。何回も……」 神楽は少しだけ早口でそう言うと。沖田に今の表情が見えないように、くるりと踵を返して背を向けた。そしてそのまま前方に向かって歩き出した。 そんな神楽の背中に沖田は、残念だったなチャイナ、と。幾分おどけて話した。「てめーより前に俺がとっくにデートしてるってこった。だから悪ィこた言わねェ。姫様との水族館デートは諦めな」「……い、言われんでも。諦めてるアル」「おや、物分かりがいいな今日は?どーした、変な魚でも食ったんか?」「なんも食ってねーヨ!!………ただ……魚見に行きたかっただけだし……それに、」 最後の方は独り言のようにぼそぼそと小さくつぶやくように神楽は言った。 「……二人きりで遠出したことなんて、私全然ないのになって。思っただけアル」 言いながら神楽はポンッと小石を蹴った。するとそれはコロンコロンと沖田とは反対方向へ転がってゆく。そしてコツンと小さく何かの足にぶつかった。太く丈夫で白い毛に覆われた足。それは、神楽と沖田から少し離れた場所で行儀よく待っていた定春の足だった。 神楽は定春に近づくとよしよしと撫でた。定春は嬉しそうに鳴いていた。「仕方ねェだろィ。俺に無心するよりテキトーにかぶき町で遊んでやった方が姫様も喜ぶぜ?」 公園から立ち去ろうとする神楽と定春の後ろ姿に向け、沖田はそう言った。その声に神楽は立ち止まって。ムッと睨み返した。は?と疑問符を浮かべる沖田の顔に、神楽は複雑な気持ちを言葉にしようとするが。うまくいかなかった。「無心すんのはお前だからヨ」「は?どーゆうことでィ」「………やっぱ、もういいアル。日本語通じないヨお前」「通じねェのはどっちだバカ。変なやつ」 沖田の挑発にはそれ以上乗らずに。神楽は定春の背中にぴょんと乗った。そして歩き出した定春と共に。その場をあとにしたのだった。 公園に残された沖田。額の上のアイマスクをさらりと取り、ポケットにしまった。そろそろ屯所に戻る時間か。そう思いその場を去ろうとしたが。気になってもう一度ポスターを眺めた。しばらく見ていたが、……沖田はひとつの疑問が解消されていないままであった。「……あいつはほんと、誰と行くつもりなんだろうねィ」 ひょっとしたら、本当に自分と行きたかったのだろうかという考えが一瞬よぎったが、いやありえねーなとコンマ1秒で掻き消した沖田。せいぜい定春と二人(一人と一匹)で、水族館へ乗り込むか。新八にでも頼んでついてってもらうんだろうと想像する。 まぁでも、食欲旺盛な神楽のことだから。どうせヨダレでも垂らしながら水槽に貼り付いてるんじゃないだろうか。その点は純粋な女子供であるそよ姫と雲泥の差があるだろう。そう思うと沖田はまた可笑しく思え、目を閉じ小さく笑ったのだった。 一方の神楽は、定春の背に乗りながら、頬をじんわりと赤らめていた。この顔が沖田に見られなかったことに多少安堵しつつ。なんとも言えない複雑な気持ちを抱いていた。「……何アルかあいつ。姫様姫様って。デート自慢してきやがって! 二人だけで出掛けたことなんて、……私ないのに」 神楽は沖田に悪態をつきつつも。ちょっとだけ、そよ姫のことが羨ましかった。「あいつと、二人だけで出掛けたこと、ないアル」 コロコロとヤかれる気持ちを、神楽は心の中でそっと転がしている。たとえこれがヤき上がったとしても。彼に今の気持ちを届けることは、きっと今後もないんだろう。そう思いながら。神楽はギュッと定春の背中を掴んでいた。少しだけ胸の奥がチクチクする。どうしてなのか、神楽にはまだよくわからなかった。 [7回]PR