取調室にて okita x kagura 2015年08月16日 真選組一番隊隊長沖田vs被疑者神楽 隊士に手錠を外され、すぐそこへ座るよう促された神楽。取調室にある無機質なパイプ椅子に腰掛けた神楽と、簡易な机を挟んで向かいに足を組んで座る沖田。ここは真選組が使う取調室。神楽をここまで連れてきた隊士は退席し、二人だけが取り残されたまま密室と化した。「なんで、よりによってお前アルか」 神楽の不満混じりの疑問への答えは返らなかった。沖田は手元の書類に視線を落としたまま凛とした表情を変えない。神楽はそんな沖田の表情をキッと睨んでいた。いつものチャイナ服ではなく囚人用の地味な灰色の半纏を身にまとっている。膝の辺りでその半纏の裾をギュッと握りしめていた。「はい。名前は?」 沖田は神楽に視線を向けないままぶっきらぼうに尋ねた。神楽は沖田を睨んだまま、同じくぶっきらぼうに返した。「今更何アル。お前知ってんだろ」「ま、正直てめーを名前で呼んだことねェし。合ってるかの確認はマジで必要だ」 沖田はここでようやく視線を神楽に向けた。しかし、表情は変えない。神楽といつも公園で喧嘩するときの目ではなく。仕事をしているときの眼差し。正面に向かい冷たく神楽を見据えていた。 神楽は不満ながらも渋々答えた。「……神楽アル」「上の名は?」「無いアルヨそんなもん」 沖田は立て続けに決められた質問を淡々と尋ね続ける。「あっそ。てこたァあんた天人ってことだな」「それも今更アル」「職業は」「…………」「万事屋で下働き……と」「……看板娘、アル」「歳はいくつだ」「……十四」「あれ?意外と歳くってんだなお前」「レディーに対してそれは失礼アル」「レディーもクソも。もっとガキかと思ってたんでねィ。……で、性別は生物学上一応メスと……」 沖田は一通りの質疑応答を書き記した書面を、バサッと投げやりに机上へ置いた。「じゃーこっから本題に入るが……」 足を組み替えて腕を組み、椅子に深くもたれた態勢から、神楽へ言葉を投げた。「なんであんないかがわしい店で働いてた?」 まるで軽蔑し見下げるような視線を神楽へ向けてくる沖田から、神楽は視線を外した。口を真一文字に結び。どう答えるべきかとしばし考える。いい答えは浮かばなかった。しかし、この部屋からは逃げられない。どうしたものか。とにかく神楽はできる限りの抵抗をするしかなかった。「……働いてたかって。そんなの直接見てないだろ、お前」「俺が見た見てねェは関係ない。俺らの隊が御用改めに入った時点で控え室にお前がいた。それで十分御用の要件は揃ってんだ」「………働いてなんて。ないアル。たまたまあそこにいただけアル」「てめーはマジでゴキブリ以上の生命力か?刺青入りの裸の男やらタバコ臭くてだらしねェ女やらがうろうろしてる中、てめーは平然と控え室で着替えようとしていたと?」「……汗かいて暑かったアル。エイトフォーしたかっただけアル」「エイトフォーって単語入れりゃ何でも爽やか青春になると思ってんなら大間違いだ。どっちかっつーとアウトローだ。たった十四のてめーがあの場にいたこと自体が問題だ」 神楽は顔を上げると。沖田と視線が交わった。先程から表情を変えない。このような厳しく責めるような視線を沖田から向けられることは初めてで。神楽は正直戸惑っていた。取調官が顔見知りの沖田相手というのは最悪ではあるが、見知らぬ隊士に当たるよりかえってうまく巻けて好都合かもと思っていた神楽だったが、その見通しは甘かった。沖田の目は、その歳の若さからは想像できない程の威厳と冷淡さに満ちていた。「……私がお前と同じぐらいの歳なら、あそこに居ても良かったアルか」 神楽の無邪気な不意の問いかけに。フッと気が緩みそうになった沖田だが。緩めるわけにはいかなかった。聞き出すべき事を聞き出すまで。たとえ良き遊び相手でもライバルでも。冷静沈着に接しなければならない。「……残念だが俺も未成年だからアウトだな。 だがたとえお前が歳くってても同じだ。あそこは風営法やら他複数の違法の嫌疑がかかってた。改めに入りゃ案の定真っ黒だ。……てめーがあそこで¨働こうと¨してたなんてのは想定外だったがな」 沖田は机上へ置いた書類の一枚を取り出し、その記述の一部へ目を通していた。実は神楽の言う通り、神楽はその店で働こうとする一歩手前の状態であった。現在収容中で囚人服をまとっている神楽だが、それはこの取調べの順番が回ってくるまで身体拘束をしていただけであり。神楽個人への嫌疑は何一つない。神楽は知らない事実だが。本来はすぐに解放して帰ってもらうべき立場にあった。 だが、沖田があえて取調べに挑んだのは別の理由があった。それは……証言を引き出すこと。無理やり言わせるのではなく、情報を伏せた上で、神楽の口から情報を語らせることに意味があった。「あそこにいた理由は?」「………言えないアル」「てめーが働こうとしてた店の幹部のやつらはすべて御用になった。すでに罪状も大筋で認めてら。何か脅されてるってんならそっちの心配は不要だ」「……そんなんじゃ、ない」「じゃなんで隠す。……旦那にこのことは言ったか」「言ってないアル」「だろーな。いくら金に困ってっからってあんな店でお前を働かすような社長なら即刻御用の上でエンガチョさせてもらうわ」 神楽は沖田が何を聞き出そうとしているのか、大方の予想はついていた。けれど、言いたくはなかった。そうでなければ、わざわざ体張ってあの店で副業しようとした自身の行動が、無意味になってしまうから。目をぱちぱちとして、頑なに沖田へ反抗する。「……誰にも言ってないアル。誰にも言いたくないアル」 神楽は一度目をつぶると、決意したように再び目を開け、沖田の目をまっすぐ見て言った。「黙秘権、行使するネ」 沖田は一瞬目を見開いた。そして、ハハッと軽く首を仰け反り笑った。「ガキのくせえらく難しい言葉知ってんじゃねーか」「バ、バカにすんな!ダテに死刑囚だった天パ野郎の元で働いてないアル!」 沖田が軽く笑ったことで。少しだけ緊張の糸が切れかけたが。まだ気を抜くことはできない。神楽は沖田を見つめ続けていた。 一方沖田は笑いつつも呆れていた。こいつは一筋縄ではいかない。それは普段のタイマンの中で十分思い知っていた。しかしこんな取調室の場面においても当てはまってしまうのかと、その強情さに呆れるしかなかった。だが、普段とは異なり今は負けるわけにはいかない。真選組の立場としても、譲歩するわけにはいかなかった。 沖田は再び書面を机へ投げ置くとおもむろに立ち上がり神楽を見下ろした。「じゃァ、これも知ってんだろィ。黙秘権行使すりゃ確かにそれ以上俺らは聞き出しできねェわけだが。てめーの有利に事が運ぶってわけでもねーことぐらい」「……それは」 神楽が言いよどんでいると。沖田はポケットに両手を入れたまま部屋の窓際へと数歩歩く。そして遮光カーテンの裾をちらりとめくり外を覗き込んだ。 その窓はこの部屋にある唯一の窓だった。重苦しい取調室に外からの明るい日光が一筋射し込む。電球が灯っているだけの暗い部屋の空間に、少しだけ温かい光が届くような感覚。神楽はまばたきをする。 すると再び沖田はカーテンを元に戻す。部屋はまた薄暗く湿っぽい空間へと戻った。沖田は壁にもたれ、部屋中央で座ったままの神楽を見据えた。「最悪てめーはこっから出られなくなる。この取調室どころか、ブタ箱行ったまま。旦那にも、眼鏡にも。面会すらできねェまま日々を過ごすことになんだぜ?」「…………そんなの嫌アル」 神楽はうつむいて首をブンブン振った。両手で自身の体を小さく抱き締めるような形で少しうずくまっている。沖田はそんな小さな神楽を、窓際で立ったまま見ていた。 沖田にはなんとなく、わかっていた。「……チャイナ、てめーのことだ。どーせ誰かをかば」「違う!!!」 言いかけられた言葉を遮ぎり、突然大声をあげて椅子から立ち上がった神楽に、沖田は少しひるんだ。しかしすぐにまばたきをし、あくまで冷静に、神楽へ尋ねた。「てめーが知ってることを話してくれりゃそれでいい。……それでこの取り調べはしまいなんだ」 沖田の言葉を聞いても、いやいやと首を横に大きく振るだけで。沖田と目を合わそうともせずにうつむいている神楽。 神楽自身、どうしたらいいのかわからなくなっていた。ただ、……破りたくない約束があった。だから、沖田に本当の事を話すわけにはいかなかった。 神楽はジレンマに声を震わせながら、沖田へ言う。「ねぇ、聞いてもいいアルか?」「聞いてんのはこっちだ。てめーに質問権は」「私がちゃんとあの店にいた理由言って、罰を受ければそれでいいアルか??」「……は?何言って、」 神楽は顔を上げて、沖田の顔をもう一度まっすぐに見た。その視線に、沖田は胸が痛む思いがする。神楽が誰か他の人物をかばおうとしていることは明白だった。それは既に裏取り捜査がある程度進んでいるということもそうであるし。何より沖田へと向けられる怯えたようなその視線が、神楽の勇敢で幼稚な嘘を語ろうとすることを物語っていた。 けれど神楽は、口から嘘だとは決して言わない。それどころか、話の前後が繋がりもしていない、支離滅裂なことを口にする。まるでごまかすように言葉を捲し立てた。「私が……お金稼ぎたかったから、働いてました。ハイ。そんで罰を受ければいいアルか?」「チャイナ……お前がンなこと言ったってこっちは」「じゃぁもう私がえっちなことしたかっただけだって言えばいいアルか?ねぇ?そしたらこれ以上問い詰めないアルか??」「………てめーいい加減に」「だって!私はお金もらえてジリ貧解消して。おっさんたちは鼻の下伸ばして体触ってって。ウィンウィンで……」「頭イカれてんのかチャイナ、もう黙れしゃべんな」「男ってみんなそうアルヨ。いたいけな女の子を前に発情してバカみたいで、暗い部屋に女の子閉じ込めていろいろされて……この部屋だっておんなじアルな。お前だって欲溜まってんならここで」「しゃべんなっつってんだ!!」ドカッ!!! 沖田は駆け寄り、手加減知らない拳を神楽の頬に命中させた。 神楽は声にならない悲鳴をあげ、パイプ椅子の横に膝から崩れ倒れ込んだ。しばらく神経が混乱して動けず。じんじんと痛む頬を手のひらで押さえ、切れた口内での出血に顔を歪めつつ。ゆっくりと上半身を起こし沖田を見上げようとした。 と、向けようとした視線の先に沖田はおらず。すぐそばでしゃがんだ沖田に胸ぐらを掴まれ。神楽は無理やり沖田の方を向かされていた。先程までの冷淡さは消え、神楽を見下ろす目は怒りに満ちていた。「しゃべれとかしゃべんなとか、勝手アル……! ……女の子の顔殴るなんて最低ヨ」 神楽は涙目になりながらも沖田に負けじと睨み返し続けた。沖田は視線を逸らさなかった。「最低なんはどっちだ!女おんなって、そんなに女扱いされてェのかてめーは」 だいたい沖田にとって神楽があの店にいたこと自体が気持ち悪いし。先程の支離滅裂な会話も少し吐き気すらする。取り調べなんて本当はしたくないのだ。神楽の口からいかがわしい店のこととやかく聞き出すなんて、ロリコン気のない沖田にとってはただただ気持ちが悪い。それでも我慢して挑んでいるというのに。神楽はいっこうに白状しない。あくまで隠し通そうとする。 このバカには言葉をいくら尽くしても伝わらないか……沖田はキツく胸ぐらを掴んだまま神楽を揺すった。「黙って聞いてりゃ調子付きやがって」「何も殴らなくたって…………ちょ、お前……何やってるアル」 神楽の目をまっすぐ覗き込んだまま。沖田は神楽の半纏の襟元に片手を入れ、そのまま下へと滑らせた。布の分かれ目は首元だけでなく、デコルテから胸の谷間、へその周囲をはだけてゆく。白い肌が現れてゆく。「そうかィ。そこまで言うんなら今すぐここで脱いでみろよ」「何、言って……」「平気なんだろ?あの店で働く覚悟がてめーにはあったんだろ、なァ?」「やだ……ちょっと待つアル、ほんとに……」 神楽が抵抗して体を引き離そうとする腕や手は、普通の女性の比ではない馬力を伴っていた。しかし骨の一二本折られることも厭わぬ覚悟で、沖田は神楽の倒れている体を自分に力一杯に抱き寄せた。神楽の背中下辺りに半纏の布の上から両手を置き、腰を引き寄せようとする。「やめて……やめっ……て………」 乱暴な愛撫に、首を振り、体を引き離そうと必死で抵抗する。泣き声で訴えかけながらも、次第に神楽の力は弱まっていく。それを感じとると、沖田はフッと力を抜いて。体を解放した。そしてすぐに神楽との間合いをとり離れた。 えっ……と驚いている神楽は、泣き顔でぐしゃりとしていた。沖田はその首の上から、先程までとは異なり優しく抱き締めてあげた。「わかったろ?てめーはツメが甘ェんだ。ごまかし通せねェんだよバーカ」「………ごめん、なさい」 沖田の声に、神楽はゆるゆると力が抜けて動けなかった。そんな神楽から、再びそっと体を離し、沖田は神楽の目を見た。「今の程度抱かれたくらいで泣いてるてめーが。あんな店に自ら進んで出稼ぎに行くわけねェだろ。とっくに知ってんだよこちとら」 沖田の声に、神楽ははっとして。何も言い返せなかった。 沖田は先程拳で殴った神楽の頬を手のひらで包みながら、悪かった……と一言こぼした。そして立ち上がり、神楽へ手を差しのべた。神楽は無言でその手を掴むと、床に膝から足の裏を順に立て、ゆっくり起き上がり。そして再び椅子に座るよう促されたため、パイプ椅子に大人しく腰掛けた。 その間も、パニックと恐怖の余韻で、呼吸を整えつつも、神楽の蒼色の瞳から雫がぽろぽろとこぼれていた。「……俺が聞きてェのはお前の貞操どうこうじゃねーよ。そんなもん端から無事なんはわかってる。嫌疑は晴れてるからお前はブタ箱にも行かない」 沖田は神楽の向かいの椅子へ再び腰掛けつつ話した。「……お前がかばってるのは誰だ?こっちはそれが聞きてェだけだ」 沖田が元のように冷静な声へ戻り。神楽はうつむいた。「私は……そんな、かばって、なんて………」「言え。さもなくばてめーも犯人隠避罪でしょっぴ…………かれちまうから」「………お前」 神楽はそこで初めて気がついた。なぜ今この場で、隊長格の沖田がこんな小娘一人の取り調べにあたっているのか。それは、沖田が神楽のことを組内で一番わかっていたから。そして、時には駄々をこね怪力で歯向かう神楽に白状させるために。あえて沖田が入ったのだと。そして何より……心配させているのだと、気づいた。「……話してほしい」「………でも、」「歳、近ェやつなんだろ?」 それに、もうそこまでわかっているのなら、と。神楽は観念するしかなかった。絶対に誰にも言わないでと指切りした約束を破ってしまう。そのことに、胸の奥がズキズキと痛んだ。けれど、神楽自身は勿論、刑務所へ行きたくなどなかった。混乱する頭の中から、絞り出すように言葉を発した。「×××ちゃん、に。頼まれたアル………」「……上の名前は?」 沖田は神楽の口がようやく開いたことに安堵しつつ。聞かなければならないことを次々に、ゆっくりと神楽に尋ね続けた。その神楽と同い年くらいの子がどのような経緯で神楽に事を頼んだのか。身代わりになった神楽に対してどのような指示まで加えていたのか。最後にその子と会った日はいつか………。 神楽は涙に言葉を詰まらせながらも、知っている限りのことを沖田にすべて話していった。胸は痛いが、ひとつずつ答える度に、体の中の重みが少しずつ消えていくような感覚がしていた。 神楽の言葉を紙へメモしてゆくと。沖田はフゥ……と一呼吸置いてから、尋ねた。「……じゃァ最後に聞くが。そいつとその家族は今どこに?」「……隣町に、引っ越したアル。三丁目の一番地」「……よし、完璧だ。質問は以上だから。もうお前はこっから帰れるぜ」 神楽から聞き出したことが、大方予想を付けていた部分と合致していることに加え、新たに分かった情報を元にさらに捜査が進められる。神楽に身代わりを頼み姿を消したまだ幼い人物とその家族こそが、今真選組が追っている犯人グループに重要な役割を果たしている者たちであった。手掛かりを掴めた沖田は実地へ向かっている一番隊にこの後合流し、御用改めへ向かう予定である。沖田は腕時計で時間を確認していた。「×××ちゃんのことは、捕まえないであげてほしいアル」 神楽の声に、顔を上げた沖田。すると、先程まであまり気にしていなかったが。はだけた胸元が急に気になり思わず視線を意味もなく時計の文字盤へ戻した。「……服ちゃんと直せアホ」「……お前がやったんだろボケ」 神楽はそう言いつつも、しょぼしょぼと半纏の襟元を整える。その動きを目の端で確認した後、沖田は再び神楽に向き直った。机を挟んで向かいにいる神楽はまだ泣きそうな顔をしていた。「……お願いアル」「悪いがそいつァ無理な相談だ」「だって、×××ちゃん無理やり。お母さん守るために、寺子屋にも行きたいのに、なかなか行けなくて……。仕方なくあのお店でずっと働いてて……」「だったらてめーは×××ちゃんをそのままにしておくつもりだったんか?」「……え?」 大方、誰にも言わないでほしいとそいつと契りを交わしたのだろう。それを頑なに守ろうとしていた神楽に対して、憐れとも思うし無邪気とも思う。分かりにくい形でお人好しなのだと沖田は思った。神楽はその子の事、その子との約束を守るためならば、自分が軽蔑されるような場に置かれることも厭わないのだ。なんて危ういバカだと思う。 それではだめなのだ。そんな考え方が通用するのは¨子供¨まで。神楽は幼いが、もう完全に子供と呼ぶことができないほどにはいろいろな世界を知っている。沖田は言ってやりたかった。ちょっとは成長しろと。「てめーが身代わりになって。一時しのぎはできたとして。そのあとどうする気だった」「それは……」「本気で頭悪いみてェだな。貞操がどうとかそうゆう次元じゃねーや。ただのバカだわ」「うぅ……黙って吐いてりゃ調子乗りやがって!」 神楽が悔しさに拳を握っていると。前から一枚の紙とペンと朱肉ケースが飛んできた。神楽の前の机にそれを並べてみると、書面には今し方神楽がしゃべったことがメモされており、最後の欄には神楽自身が記入するスペースがあった。 それに署名と拇印を押せと沖田に言われ、神楽は大人しく従いペンを手に取った。「もっとてめーは自分の身のこと考えて行動しろ。他人のためにてめーの大事なもんまで差し出すなんてバカげたこと、二度とすんな、アホが」「…………うん」 沖田の説教に、今日ばかりは何も言い返せなかった神楽。自分でわかっていた。彼女を助けるためとは言え、自分一人じゃどうしようもないことを引き受けて。どうしようもなくなってここまで来てしまったことぐらい。 神楽は署名と印を終えると、片手の甲で顔を隠しながら、沖田へと物を返した。「チャイナ……」 再び涙をこぼし始めていた神楽に、胸が詰まる想いがする。沖田は頭を掻いた。「ほんとは、怖かったアル。どうしたらいいか。助けたいけど。でも、私もこのままどうなるかってわかんなくて。怖くて……」「チャイナ、言いたかねーが。……てめーはハメられてんだ」「ハメられ……って、どういう……」「騙されてたんだ。あの一家は端からお前を利用しようとしてたに決まってる」 沖田の言葉に、神楽は腕で大きく涙を拭い、歯向かった。「そんな!お前に×××ちゃんの何がわかるって」「てめーはそのガキの何がわかるってんだ?」「それは……でも、大事な友達で」「友達ならてめーは知ってたのか?てめーが捕まったことをわかってて。あいつらトンズラしようと荷物まとめてやがったこと。……元から真っ黒だ。親も。そいつも。万事屋なんて胡散臭いとこに身元置いてるてめーを利用する気でいた」「そんな……こと……」 目を白黒とさせる神楽。沖田は言おうかどうか迷っていたことを、言うことにした。「……旦那に感謝しろよ、お前」「っ!?銀、ちゃん……?………知ってた、アルか??」「知らないわけねーだろ。同居人の小娘が理由もわからずに一晩帰ってこなけりゃ誰だって心配すらァ」 神楽が驚いていると。たしか、今日で3日目くらいだっけ?と。沖田は神楽が逮捕されてからの日数を指折り数えた。「てめーの無実明かすために一番動き回ったのは俺らじゃなくて旦那だ。……どうやらてめーのその似非友達はハメる相手間違ったみてェだな。そこらのガキの親よりよっぽどあくせく動き回ってたぜ?てめーのためにな……」 まァ、旦那は知らんふりしてくれんだろーから帰ったらテキトーに合わせてやれ、と言葉を続けていた沖田。 神楽は胸をギュッと押さえてうつむいていた。みんなに迷惑かけてしまった。そう思うと、辛かった。人を信じたかったから、友達になりたかったから。そのために、自分のことをよく知ってくれてる人たちを信じることができず。一番の迷惑をかけてしまったのだから。 沖田は書類を持ってよっと席を立ち上がり、神楽の横へ歩み寄った。そして、うつむき小さく震えるその肩を、ポンッと叩いてやった。「てめーは良くも悪くも被害者だよ。だからあんま自分責めんな」「………ごめんなさい」「俺じゃなくて旦那に言いな。俺ァただ証拠掻き集めるためにてめーの口からの証言引き出したかっただけだ。要はただの仕事」 手の甲でぐいっと顔と涙を拭った神楽。小さく座っている神楽の横顔を見下ろしていた沖田。ため息と共に、沖田はこの取調室に入ってから初めて、心からの笑みがこぼれた。「良かったよ、てめーが無事で」 温かみのある言葉と、頭をわしゃっと撫でられたことに驚いて、神楽は振り返った。しかしそのときにはもう、沖田が取調室の扉を開け出ていく後ろ姿しか見えなかった。「……ありがとうアル」 始めから一貫して厳しい表情をしていた沖田だが。きっといつもと同じ沖田だったのだと神楽はわかった。乱暴な行動も。分かりにくい優しさも。神楽のよく知るいつもの沖田だ。そうだとわかると、ならばもう少し歯向かって勝負に持ち込んでも良かったもんかな……と。神楽は考えたりできるほどには、もう気持ちが落ち着き払っていたのだった。 [24回]PR