向日葵 okita x kagura 2015年06月13日 落ち込んでしまいそうな君へ。 見舞いに来るやつといえばだいたい限られている。時間を持て余した暇な隊士か。それとも暇な近藤さんか。近藤さん以外のやつが来るときは気まずいし大して嬉しくもなんともない。もっとも、今みたく仕事でヘマやらかしたあとは近藤さんでも気まずいが。まぁそれはともかくとして。 さてさて、いったい誰なのだろうか。病室に黄色くハデな花を置いてったやつは。「おー沖田くん、これなかなか綺麗だねぇ?」 誰からなんだい?とからかうような声で旦那は言う。 今日は珍しい人物が病室を訪ねてきた。だが、犯人は旦那ではないらしい。 旦那が指差す先はベッドの横の棚の上の花瓶。「さーて。何者かが俺の寝てる隙に仕掛けてったみたいでさァ」 実際誰がそこに生けていったのかはわからない。目が覚めると、白い無機質なこの部屋にパッと明かりが灯るような、華美なその色の存在に気づいたのだ。 ここは真選組御用達のそれなりにきちんとした病院だ。攘夷浪士と見紛うような怪しいやつは受付で門前払いを食らう。面識のないやつがこの建物に立ち入ることはできないはずである。 まぁ、お宅のゴリラさんって感じじゃないよねぇーと、楽しそうに旦那は花をつんつんと弄っていた。「旦那は知ってんじゃねぇですかィ?」 こんな、俺には到底似つかない花を置いていくなんざ、嫌味以外の何ものでもあるまい。 浪士とやりあう中、手足を数ヶ所弾で撃ち抜かれちまった俺は、あと数日くらいここから動けず犯人探しができないのだ。「俺に聞いてわかるやつに心当たりでも?」 あー、やっぱり旦那は知ってるんだろう。顔でなんとなくわかった。それで十分だった。「いや、もういいです」 旦那は俺の言葉を聞くと花弄りをやめ、俺に向き直って言った。「こいつの花言葉って知ってっか?」 柄じゃねぇや。旦那が花言葉なんて洒落た単語持ち出してくるなんざ。 俺は当然知らなかったので病室の備品でググった……というのはもう数日前の話だ。今はその情報が頭の端っこにこびりつき、無駄に残っている。「花言葉なんて誰が考えたか知りやせんが、後付けもいいところでしょう」「そうだねぇ。同じ花に複数意味があるって時点で、どーも胡散臭ぇよなぁ…」 旦那は俺に同調しつつも、まぁでも…、と付け足す。「見てて元気になるでしょ?この花」 俺は首を横に振った。元気の押し売りはごめんだ。そんな顔をする俺に、旦那は静かな笑いまじりに言った。「君のこと見てくれてるやつがいるってこった」 それだけを言い残すと、じゃぁ帰るわ、と旦那は病室から出ていこうとする。「旦那、お勤め御苦労さんでした」「はいはい。たしかに報酬は頂いたからね」 背を向けたまま片手をプラプラと振り、旦那は病室を出ていった。 部屋に残されたのは、旦那が屯所から運んできた大量の書類だった。 人手が足りないのだろう。こういう雑務に万事屋を利用するほどだ。無理もないか。なんせ俺の抜けた穴埋めるためにも動けない隊員が大勢いるって状況だろう。 そう、今回ばかりは隊士も近藤さんも暇じゃない。俺は肝心な時期に戦線離脱しちまったんだ。 とにかく今は細かい書き物だのなんだの、できる限りの仕事をこなすしかない。動く範囲で体をよじり、書類の一部を段ボールから取り出した。そして、机にすずりを据え置き、筆をとる。 ………が、どうも筆は進まない。 旦那が追加書類を持ってくる前から、ずっとこの調子だ。 こんな負傷なんかで戦線に立てないことが歯痒かった。今頃土方さんやザキたちが、余計に舞い込んだ第一線での仕事に追われている頃だろうか。気の張った近藤さんが、一睡もできない日々が続いている頃だろうか。 サボり魔の俺が、こういうとき戦場へ出られないことに対しイライラするというのは、かなり面倒な矛盾だ。 人を斬る能しかない己が、人を斬ることすらできない。情けなかった。この汚れ腐った命が、唯一存在を見い出だせる仕事すらこなせないという。嫌気で体を絞め上げられるようだった…… ……ふと、目の端にちらつく花が気になった。アレンジメントもくそもない、たった一輪の花。 筆を置き、首を傾け、棚の上へ目をやった。頭の重いその花は、花瓶の中でもバランスがとれるよう短く茎を切られ、行儀よく水に浸かっていた。そしてその顔を、まるでここから飛び出したいと言わんばかりに、窓の外へと向けていた。 自分の今の心情と重なる気がした。(……向日葵なんてクソ残念な花アル) いつかあいつが言っていた言葉を、なんとなく思い出した。 いつだっただろう。いつも通りに俺が見回りをサボり公園のベンチの上で寝転がっていたときだったか。 暑くて蝉がやかましい真夏の屋外。そのとき傘をさしてベンチのすぐそばにしゃがみこんでいただろうあいつは、そうボヤいていた。(どーした。向日葵に恨みでもあんのか) 俺はそう問いかけた。そのときのあいつの表情はアイマスクで見ちゃいない。ただ、続けて聞こえてきた声は、くそ暑い夏の空気もどこかへ飛びそうなほど、冷たく感じたことを覚えている。(あんなの、お日さまの方ばかり見続けてるただのバカな花アル。いくら見たって届きっこないのに。図体がでかいだけの、意地っぱりな花アル) 一般に肯定的な印象を持たれがちのその花に、そこまでネガティブな評価をするやつも珍しい。 気になってアイマスクを取り外した。 その途端に、雲なき空から容赦なく照りつけてくる太陽の光。目を細め、その光線から逃げるように上半身をベンチから起こした。 すると、傘をさしたそいつの視線の先には、向日葵の花壇が並んでいたのを見た。他の草花共々植えられているその花たちを、普段はあまり気に留めていなかった。数日暑さ続きだったからだろうか。花はすっかり生気を無くし、首を曲げて太陽から視線をそらしていた。(そんで、放っとくと自信なくして下向いて。いつの間にか枯れてしまう……そういう残念な花アル) そう言ってチャイナはよっと立ち上がった。 散々ディスったその花の方へ歩み寄ると、しおれ始めていたその首を上へ向かせようと、無理やり弄り出した。(おい、あんま弄ってっと花もげんぞ) 俺の忠告も聞かずにチャイナは手を止めない。 俺は正直、あいつにはよく似合う花だと思っていた。 こんな薄汚ぇポリ公には似ても似つかない花だが。虫取り網片手に麦わら帽子を被り、めいっぱい笑顔を振りまくあいつの横に、向日葵が添えられる……そんな絵面はしっくりとくるものがある。 あいつはある意味自虐しているのかもしれない。そうとも一瞬思ったが。 いや、どちらかといえば。俺だろう。太陽に届かないとわかりながら首の向き変えねぇやつってのは。 そうだとすれば、否定はできなかった。(……お前より存外、俺の方が似合ってんのかもな。その花) 俺が何気なくそう口にすると、チャイナはパタリと手を止めた。不思議に思い見ていた俺と、振り返ったあいつの、目と目が合った。(……私は、日光が苦手アル) その言葉の意味があまり掴めず。汗の伝う首を傾げていると、チャイナは言った。(だから、明るすぎるやつより、日陰で休ませてくれるやつの方がありがたいネ) そう言いながら、突然向日葵の足元にしゃがみこんだ。背が高く大きな葉を身にまとった向日葵。そのでかい図体は十分な日陰を作り、チャイナの体を日光から隠している。 しばらく見ていたが、そこで三角座りをし、顔をうつむけたまま動かないチャイナ。まさか日にやられちまったのかと気になり、面倒ながらベンチから立ち上がった。そしてチャイナに近づきしゃがみこむと、チャイナはゆっくりと顔をあげた。(陰のあるお前に、守られる人もいるってことアル) その言葉は、誰に向けられたものか。向日葵に向けられたものか。 まるで喧嘩でも売るように罵倒していたはずの向日葵の花を、首を傾けまっすぐ見つめていた横顔。 何も言えずにその横顔を見ている隙に、ひょぃと手に持っていたものを取り上げられた。屯所の冷蔵庫でキンキンに凍らせてきた500mlのペットボトルだ。 先ほどまで俺の額を冷やしていたそれを、ひゅー!これ最高!生き返るネー!とおどけて額にあてがっていた。その声はいつも通りのチャイナに戻っていたから、少し安心したのだった。 そんな日のことを思い出していると、葉をもがれ茎を切られたその向日葵が、少し哀れに思えてきた。「花瓶の中で守られてる今のてめぇは、ただの役立たずだな」 その言葉は、向日葵に向けたものか。自分に向けたものか。 だが、自分の茎や葉はまだ、切り落とされちゃいねぇんだ。腐れてたって何も始まらない。こんな狭い花瓶に留まってねぇで、とっとと外へ出なくては……。 視線を棚から書面へと戻した。そして、止まっていた筆をゆるゆると滑らせ始めた。 ……ふと気づき、もう一度だけ花瓶の向日葵を見た。「…いや、役立たずでもねぇか」 お前のことちゃんと見てるからな、と。花伝いの言葉に背中を押され、俺はまだこの世に生かされ続けているのだから。 [7回]PR