月3 okita x kagura 2015年07月02日 月2のつづきです。大きな槻の木の下で。 「銀ちゃーん……人生どう転んだら、クソ酔っ払いサドと二人でデートするはめになるアルか」「そりゃあれだよ……落ちてるぐでたま拾って世話してワントラップ入れるとそうなんだよ」「ワントラップって何アル!遊園地行きたいなんて目ン玉うるうるさせながら言われるなんて誰が予想するネ!?」「うっせーなぁ……だいたい銀さんに黙って夜中に外うろついてるやつが悪いんだぞ」「ぐぬぬ……その件についてはごめんなさいアル」「まぁ気晴らしに行ってこいよ。ついでに飯でも奢ってもらえ」 自らが招いたこととはいえ、明日のことを思うと悶々とする。夜中の外出を反省しても。鼻ほじほじしてる天パに問いただしても。状況は変わってくれなかった。***** 時をさかのぼって。今から約1ヶ月前。あの災難な夜中が明けて、朝がやってきたときのことだ。新八がいつものように万事屋に出勤してきた。「おはようございまー…ってちょっ!えぇぇ!?何これぇぇ!??」 応接間に来た新八のそんな大声で私は目がパチリと覚めた。辺りは泥棒が舞い込み風のごとく去ったかのように散らかっていた。その犯人は、……新八が来る前に帰っていったやつと私の、二人だ。 私の夜中の苦労も知らない新八はさらに畳み掛けるように私に問いただす。「神楽ちゃん!これどうしたの!?大丈夫?侵入者?物捕り?け、怪我は??」 ゆさゆさと体を揺すられながら、私は違ぇヨ……とあくびしながら言った。「酔っ払いの介抱アル」「酔っ払いって銀さん?でも仕事で隣町に行ってるんじゃ……」「違う。あいつ、クソサド」「サド……って、え!?沖田さん??」 新八はさらにゆさゆさと私の肩を揺らす。「ちょ!!神楽ちゃんほんとに大丈夫なの!?まさか襲われぐへっ!!」「ンなわけあるかヨ!!」 勢いよく私に殴られ飛んでった新八。頬を押さえながら、でも……と私に向き直る。「じゃ、じゃぁなんでこんなに部屋散らかってるの?神楽ちゃんパジャマにも着替えてないし……」「散らかしたのは私アル。バケツ探してたネ」「バケツ?」「あいつがゲロゲロするから慌てて探したんだヨ。新八がいつもの場所に置いといてくれなかったから!」「ああ……そういえば昨日久しぶりに洗面所の奥とか掃除してそのまま置きっぱなしだったっけ。……神楽ちゃん、沖田さんを介抱してあげてたの?」「い、言っとくけど、……好き好んでやってたわけじゃないアル!たまたま道で死んでたから。通行の邪魔だと思って……」 そこまで聞いて、はいはいわかったよ、と。新八はちょっと呆れたように笑う。 改めて周りを見回せば、2リットルの水のペットボトルが数本。ソファの上にくるりと大きな毛布が一枚。綺麗に洗われたあとの大きめのバケツがひとつ。着替えることや自身が寝ることも忘れて介抱してあげてた私の苦労を、やっと推し測ってもらえた気がする。「で、神楽ちゃん。沖田さんは?」「もう大丈夫だって、帰ってった……勝手なやつアル!」 そっか……と、新八は再び周りを見回した。そして、その辺に散らかった物品を片し始めた。私も起き上がって手伝おうとしたけれど、「神楽ちゃんいいよ。お風呂はちゃんと入った?」「あいつに会う前に一応入った」「いろいろ汚れて大変だったでしょ?もっかい入っといでよ。ここは片しとくから」「いいアルか?」「お疲れみたいだしね。ご苦労さま」 そう言って、床に散らかったままだった私のパジャマやバスタオルをポンと手渡してくれた。「……ぱっつぁんは優しいアルなぁ」 なぜだろう。髪の色変えて眼鏡かけただけのデザインなのに。なんであいつとこんなに違うんだろう。 湯船に浸かりながらブクブクと考えていた。ぬるめのお湯で、ゆったり朝風呂もたまにはいいもんだ。遠くからウィーーンと掃除機の音が和やかに聞こえてきた。ぱっつぁんの優しさに昨日の悪夢がゆるゆる緩和されていく気さえした。「月が、綺麗……か」 私の中でお湯のように沸騰する気持ち。ブンブン首を横に振って沈下させた。髪先から水しぶきが辺りに飛び散った。 好きなんでさァ……と。 耳の奥にこだまする、あのときの低い声。ああ。嫌になる、あの声。ずるくネ?鈴村ボイスだかなんだか知らんが。ひどく耳に残っていて困っている。 何もしてやらない。 何もする気もない。 なのに、意識すると胸の奥からどきどきと音が聞こえてきそうなのだ。「やだなぁ……もう」 死にたくなる。 もしかして私も、あいつに………なんて。 考えるだけでヘドが出そうなのに。考えてしまう。 このままじゃ頭が沸騰しそうだ。ぬるま湯でのぼせることはさすがにないだろうけど。そろそろあがろうかな。そう考えていたときにだ。「神楽ちゃーん!あとで応接間に来てー!」 遠くから新八の声が聞こえてきた。なんだろう?私はのっそりと湯船から身をあげた。*****「はい。反省してます」 心配してくれていた近藤さんに昨日の事を正直に伝えた。近藤さんはいいよそんくらい、と思いのほか軽く受け流してくれた。「ま、こないだみたいに報告書偽造するようなことは許さねぇがな。酔い潰れることくれぇ、男なら二・三度はあるもんだ」「……前者の件もすいませんでした」 謹慎が解除されても、しばらくは書き直しの書類の束に延々と縛られ続けていた。が、つい昨日。神山共々ようやく六角の呪縛から解放されたのだ。六角屋の件がバレたこと自体ももう何ヵ月以上も前のこととなった。 勢い余ってはめ外しちまった……というほど外したわけではなかったが。もうしばらく書類は見たくないしいろいろ嫌なことを忘れてしまいたかった。今日が休みだったのも災いした。仕事の日ならもうちっと気ぃつけてた。「神山はどうした?あいつ潰れてるお前を一人にしたのか?」「ポーカーフェイスキメてあいつは先に返しやした。やつに介抱されんのだけはごめんです。襲われそうなんで」「まぁ……チャイナには俺からも礼言っとくから。お妙さんを介してな。おっとっと」「……回りくどいんで自分で言いやす。おっとっと」「あ!ちょ総悟また邪魔して!!」「近藤さんトロいんでさァ!」 体を無意味に傾けながら。俺と近藤さんはゲーム機片手に畳の上で並んで座っている。テレビの前でカーブに沿って体を右へ、今度は左へと傾ける。俺のゴーカートサド丸21号はたった今近藤さんのおたえさんラブ32号を追い抜いたところだった。ウィーンとスピードを切る走行音。軽快なメロディー。先程からの会話とは相容れない音声はテレビから流れ続けていた。 長い直線距離コースに入ったところで、再び近藤さんが話しかけてきた。「トシがな。お前に話があるって」「どうせ昨日のことの説教でしょ。もういい加減…」「いや、たぶん違ぇと思う」「その根拠は?」「あいつの顔」「顔?マヨネーズでも付いてたんですか?」「そりゃぁいつものことだろう」「そうですねィ」「いや付いてねぇからっ!!!」 襖をドカンと開けて入ってきたのは、噂をすればなんとやらのやつだった。俺と近藤さんはほぼ同時にセレクトボタンを押してゲーム画面を一時停止させる。「総悟、ちょっとこっち来い。話だ」 袴姿の俺らとは違い隊服姿のやつは、そう言うと向こうの部屋へと消えた。 ちっと舌打ちしつつ。仕方がないので俺はゲーム機を畳の上に置いて立ち上がった。「そうだ、総悟。これ持ってけ」 近藤さんはそう言うと、茶封筒をひとつ手渡した。中に何か入っている様子だがわからない。「俺からの餞別だ」「……餞別って。俺は今からやつに殺されるんでしょうか」「まぁ、あとで事情は話すわ。あ、ついでに俺も今のうちに厠行ってこよ」 そう言って近藤さんは俺より先に部屋をあとにした。それを見届けると、俺は部屋で一人、セレクトボタンを押す。そしておたえさんラブを瞬時に爆撃し、サド丸をゴールさせた。ウィーンウィーンとゲームのBGMが鳴りっぱなしのまま、俺も部屋をあとにした。「話ってなんですかィ。昨日のことならすいやせんでした以後気をつけまさァ」 俺も今回のことに関しちゃ土方さんに言い訳ができないため、たったか謝ってその場をあとにするつもりだった。 だが、やつは意外なことを口にする。「お前は……チャイナ娘が好きか」 その単語に俺は。背筋が凍る。頭が痛い。なんなら正面切って怒鳴られブたれちまう方がまっしだった。「土方さん……なんスか。まさか、チャイナのことが好きなんですかィ?……このロリコ」「違っげぇぇよなんでそうなるぅ!?」「だって。昨日の俺に妬いてるのかと」 まあ、話すから。そこに座れ、と。煙草片手に1枚だけ敷かれていた座布団の方へと促された。仕方なくそこへ腰を落とそうとしたが、「あ、ついでにそこ閉めろ」 ぶち殺してぇ。てめーが俺に命令すんなし。 だが俺は昨日のやらかしもある手前、大人しく、襖を締めに半歩戻った。そして締め切った部屋の中、よっと座布団の上へ腰を据えた。「で。なんですかその悪い冗談は」「……認めねぇのか?」「認めるも何も、そんな気なんてさらさら」 俺はごまかすことに淡々と終始する。こいつに本心ぶちまける必要性も許容性も見当たらない。だいたい聞き出したところで何になるってんだ。 すると、ほぅ……じゃぁなんだお前さ?と余裕たっぷりに煙草の煙を燻らす土方。あー………マジでぶち殺してぇ。「夜な夜なうるせぇらしいんだよてめーの部屋が」「はて」「心当たりはあるだろう」「……はて」「チャイナの名前を連呼してるって聞いてな」「………」 あーそいつァやべェな。声、漏れてたのか。 つーか誰だよ、チクったやつ。「神山からの報告だ」「……決めた。まずはあいつを先にぶち殺してきやす」 刀の柄に手をかけ立ち上がろうとしたが。まぁ待て、と肩が押さえられ立ち上がれなかった。「それにお前は昨日も、チャイナの厄介になったそうじゃないか」「……それは偶然でさァ」「本当にそうか」「……いや」 正直、昨夜のことはあんまりよく覚えてないのだが、 偶然と言い切ってしまうには気が引けた……… ………あの日、神山と別れたあと。酔いを醒ましてから屯所へ帰ろうと。ふらふら公園のベンチに腰を落とした。 夜風が少し気持ちよくて、ほとぼりが冷めていく。ああ、やっと今日で書類全部片付いたんだな。これでもう筆とらなくていい。指に無惨な痕を残した筆マメとももうおさらばだ。 徐々に頭が冷えていく。 そうだな。そういやあんとき、あいつがここにいたんだ。この槻の木に囲まれた公園に。(お前が何か隠しているのはお見通しネ) 傘の先端で頭を小突いたりしながら。あいつは言うんだ。俺のことは見透かしていると。 だったら。このめんどくせぇ感情も、見透かしてくれりゃぁいいじゃないか。 六角屋のガキのことで頭がいっぱいで。あん時は別に何とも思っちゃいなかった。だが、思い返せばあん時以降なのかもしれない。しばらくの謹慎処分で体が動かせなかったもんだから、いろいろ溜まっちまったせいもあるかもしれない。 ……ああダメだ俺の頭 またあいつのこと考えてら 深夜近いというのに。都合よく開いていた一軒の酒屋。なんかもう、引きずり込まれるかのように。気づけば足はそちらへ向かって歩いていたのだ。 とりあえず酔っときたかった。 あいつの顔なんか思い浮かべなくてもいいくらい。潰れたかったんだ。缶ビールごときでなんだってんだ。こんなんじゃ効かねぇや。なんて。気づけば、体が言うことを聞かなくなっちまってた。「……あ、月」 誰もいない道路の上をふらふら歩きながら、天空に浮かんでる満月を見上げた瞬間。 意識を手放しちまった。 目が覚めると。俺は移動していた。 腕を引かれて、引きずられていた。 どっかでゲロったのか、胃の中に溜まってた気持ち悪いもんがなくなっていて少しすっきりとしていた。「……なんで、素直に伝えてくれないアルか」 そんな声がうっすらと耳に届いたのだけれど。無視を決め込んだ。 きっとこいつァ悪い夢でもみてるんだ。こいつが俺を引っ張って歩いてるなんて。 また会えちまうなんて。やめてくれ。ほんと勘弁してほしい。胸が痛くなっちまう……。「……おーい、目が覚めたアルか」 意識が飛んで、今度はまた別の場所にいた。そこそこ見慣れた応接間だった。 重い瞼をうっすら開けると、チャイナがいた。 俺は声を出そうとしたが、声の前にブクブクともっと違うもんが出てきそうになった。慌てて手で口を押さえる。「うぉぉおいちょっと待てヨ!頼むからちょっと待つアルヨ!!」 そう言って視界からチャイナが消えた。 がさっ!ごそっ!と向こうから大きな騒音がする。新八のボケぇ!!と雄叫びが聞こえてくる。乱雑な慌ただしい足音が近づいてきて。再び目の前にチャイナは現れた。「はい!こちらへ!ドーゾ!」 ソファに横になっていた俺は、のっそりと少しだけ体を乗り出して、差し出されたポリバケツん中におもっくそ吐いた。 しばらく出し続けていたが。その間、背中が小さな手でゆっくりさすられていた。「みず………」 一通り吐き終えて、声を喉から絞り出した。すると、目の前にコップが現れた。夢中で手にとって飲み干した。飲み終わると何も言ってねぇのに次の一杯をついでくれたから。また飲み干した。「それ飲んで落ち着いたらさっさと帰るネ」 その声はすぐ隣から聞こえてきた。首をあげた。 そいつは髪がボサボサで、目の下にクマができているが。見間違いはしない。 ああ……どうしよう 目の前に、チャイナがいる。「……なんだ、ここ」「万事屋ヨ」「……旦那と眼鏡は」「へ、部屋で寝てるネ!」「そうかィ」 なんでこいつだけここにいるんだろう。 というか、俺はなんでここにいるんだろう。 なんでこんなに酔ってるんだっけ。 ……あ、そうだ。 こいつのこと、頭から消したくて飲んでたのに。 消すどころか、今目の前に実在しているじゃないか。「……帰るわ」 こいつが消えねぇなら一刻も早くここから消えようと。勢いよく立ち上がった瞬間、また込み上げるような吐き気を催した。「いいから座っとけ!」 そう言ってバカ力で押し戻された。 なんだよ、帰れっつったくせに。 またバケツに吐き始めた俺の背中をさすってくる。リバースする中で、背中の感触に意識を向けると胸が別の意味でずきずきとする。痛くて苦しい。 はぁ……もうこのまま、 こいつが俺に優しいままなら いいのにな そんな馬鹿げたことを想いながら、こいつにかけられた毛布にくるまれて。俺はまた眠りについちまったんだ。 土方さんは煙草をぐしゃりと灰皿の上で潰した。「……お前がもしチャイナに惚れてんなら、俺は正直ホッとするよ」 えらく穏やかな表情をする。気に食わねェ。 何がホッとするってんだ。姉上を置き去りにしたやつが。無性に腹が立った。「お前の考えてることぐれぇわかってる。俺がお前にとやかく言う資格があんのか?っつってな」「……だったら黙っててもらえやせんか。ただでさえ昨日吐きすぎて気がたってんでさァ」「ついさっきまでゲームしてたやつがよく言うよ。勝手なやつだな……お前も俺も」 けどま、お前は俺とは違うからな、と。土方は俺の胸元に入れていた茶封筒を指差した。先程近藤さんから¨餞別¨でもらった封筒。「俺や近藤さんは、お前は生涯独り身でいろなんて思っちゃいねぇ。……お前がまっすぐ生きれんならそれでいい。そう思ってる」 茶封筒を取り出し、開封した。 中には札束……ではない。二枚のチケットが入っていた。「俺と近藤さんからの小遣いだ。ま、正確にはとっつぁんからだがな」 俺はチケットの内容に目を通して非常に面食らった。なぜなら、それは遊園地のチケット。これを目にしたのは、とっつぁんの娘の彼氏暗殺計画(未遂)以来という代物だった。「……おちょくってんですかィ、これ」「いいや。つーか困ってんだわ。余りもんだっつって、近藤さんがもらったんだがな。まあいつものごとくあの女に拒絶されるわ。山崎もカラクリ娘と仕事のスケジュールが合わないから無理だわ。俺もあいにくそいつの使い道が無ぇ。………かといってとっつぁんに返すわけにもいかねぇだろ?」「なんだ、たらい回しじゃねぇですか」「いや、むしろそういう巡合せだったのかもな」 俺はチケットを封筒にしまった。そして畳の上に置いて。すっと突き放した。「あんたが一番わかってんだろ。俺は……真選組(ここ)にいる限り俺は……」「言っとくが恋愛禁止令は出しちゃいねぇぜ。どこぞのアイドルグループと違ってな」 現に近藤さんはあんな調子だし。この先永劫出せそうにねぇわ、と。愚痴のように言う。 この人はいつもそうだ。 俺に愚痴をこぼすときは、大抵俺への愚痴であり、それは大抵、俺を気に掛けてのものだ。 ……あんたのそういうところが相変わらず気に食わねェんだ。「心配せんでもチャイナはお前に惚れてるよ。本人すら気づいちゃいねぇが。嫌よ嫌よも好きのうちっつって」「てめーに何がわかんだ!」 鞘に収めたままの剣を首もとに据える。おっと、と。土方はやんわりそれを手にとって剣ごと俺の腕を下ろした。「お前は近藤さんと違ってそういう励ましは逆効果か。……まぁとにかく、」 やつは立ち上がると、部屋をあとにしようとする。俺と茶封筒をそのまま残して。「俺も近藤さんも。後押しだけする。あとは自分でやれ」 そう言って襖を閉めた。 ……は?死ね。「死ね土方!!」「なんでぇ!?いつになくめちゃくちゃ優しくしてやったのになんでぇぇ!? 」 俺がバズーカをぶっ放すとやつはそう言いながら勤務へと駆け足で戻っていった。***** お昼時の明るい公園。私は大きな槻の木の下に立ち、あいつを待っていた。 あいつが昨夜私のやったことに対してか、机の上に報酬が置かれていると。風呂上がりに新八から聞いた。わざわざご丁寧に、私に勘づかれないよう、散らかってる物品に紛れて机の上に置かれていたというのだ。 それをあいつに返すため、ここで待っている。茶封筒の中に札が数枚。 こんなの、銀ちゃんがいたら引き止められるかもしれない。貴重な金わざわざ返す必要なんかないって。でも……嫌だった。 新八は私を止めなかった。ただ、「……神楽ちゃん。沖田さんのこと好きだって思ったことある?」 玄関で靴を履いていた私に、突然そんなことを言ってきたので。とりあえず一発顔面にお見舞いした。「痛でぇ!」「次そんなこと抜かしたら眼鏡のレンズぶち破って存在消すぞコラ!」「いや存在は消えねぇよ!眼鏡本体じゃねーよ!!」 新八は赤く腫れた頬を押さえつつ、でもね……と。真剣な声で言った。「意地張るのに疲れたら、いつでもやめていいと思う」 ドスッ!! もう一発お見舞いして出てきてしまった。けれど、さすがに新八に申し訳なかった気もしてきた。あとでチューベットでも買って帰ろう。銀ちゃんがいない、二人しかいない今こそが、平和にシェアできるチャンスだからな。 そうこう考えていると、ガキ共がはしゃいでる声や駆け足をかい潜って、重苦しい足音が聞こえてきた。「よっ」 片手をあげて。いつもの仏頂面で。平然とそんな態度。ちょっと、いやわりかしムカついた。「おいお前、どーゆうつもりアルか!?」「俺はてめーに介抱頼んだ覚えはねぇよ」「ふっざけんなヨ!私は、お前のた」 お前のために?……いや。違う。そうじゃない……。でも、違う、……仕事のためでも、ない。「お前の、た……タマキンなんか見てないからな私は!!」「……は?何の話?」 こいつ!マジで覚えてねぇのかヨ!うっぜぇー!何?私の精神的苦痛は何だったアルか!? ……いや、でも。覚えてないならこの際いい。私の頭から記憶を抹消すればこの世からあの出来事は消えるのだ。それはじゃぁそういうことでいい。 ……今の本題はそこではなかった。「……お前に報酬頼んだ覚えはないアル。これはいらない」 そうやって突き返したお金入りの封筒。 袴姿の胸元にバンッと全力で押し付けた。「私は……仕事であんなことしたわけじゃ………。いや。あんな重労働、こんな金で賄えると思うな!私の奴隷になるならチャラにしてやってもいいネ!」 顔を見られないように、フンッと首をそらした。 すると、無防備だった片方の手が、突然握られた。ビクッと反応してしまった。「な、何!?」「……これ」 手の上に握らされていたもの。それは茶封筒だった。私はムッとした。「だから、いらねぇっつって」「違ぇ。中見ろ」 そう促され、改めて封筒を目にした。すると、そういえばさっき私が無理やり返した茶封筒とは少し違う。形も、中身の様子も。 何かと思い、内容物を取り出した。「……これ、お前」 緊張の糸が、足のかかとから頭の上までピンと張りつめるような思いがした。 チケットが2枚。それも、……遊園地のチケットだった。「なんで。……なんでアル?」 そんな言葉が精一杯だった。 いつもなら、いらねぇヨくたばれヨ!って返すのに。おちょくんなって突き返すのに。 目の前のそいつの、真剣な眼差しに。撃ち抜かれたみたいに私の声は震えてた。「奴隷は御免だが。……世話になったから。……1日くれぇならお前に付き合ってやる」 上から目線なのだ。相も変わらずこいつは素直じゃない。 ただ、私は。ただただその顔を見ていた。口を真一文字に結んで。目を伏せ。大袈裟に言えば、泣いているようにも見えた。目が潤っていて。だから、からかわれているわけでもなくて。 真剣に、誘われているのだと。わかったから。「………どうしよう」 今の思考回路がそのまま言葉になって漏れてしまった。 いらないなら別にいいんでさァ、なんて言ってくれた暁には、じゃぁいらねぇヨ!って返せるのに。こいつは、何も言ってこない。いらないならいいとも。来てほしいとも。言わずに。黙って私の返事を待っているのだ。 沈黙の時間がいい加減居心地悪くなってきた。 私は、……答えた。「……行く」 そう答えた瞬間、不意をつかれたようにパッと目を開いてパチパチとさせたこいつの顔に。私は胸がどきりとした。 ああどうしよう、新八……。 私、意地張るのに疲れたかもしれないアル。 [7回]PR