代わり okita x kagura 2015年07月02日 5年後の世界。銀さんがトリップしてくる少し前の話です。ほんの少しだけ新神も。 その女性は大きな白い犬をそばに座らせ、片手の甲で髪を翻し、足を組んでそこに座った。 その隣に最初から座っていた男性は、少しだけニヤリと笑った。「こんなところに呼び出して何?ウザいんだけど」「久しぶりに会ったってェのにつれねーな、お嬢さん」 フンッと鼻で笑い、着物の裾から酢昆布を取り出して口に加えた女性……それは神楽。 食べ終えた三色団子の竹串を唇に挟んだまま、目を閉じ笑う男性……それは沖田。 古びてところどころ崩れている木製の長椅子。廃れた小売店。 誰一人客などいないその店の前には、日光を程よく遮る葉桜だけが風に揺れている。どれだけ街が錆びようと、植物の生命力だけは確かなものとしてそこに存在している。「私だって暇じゃないの。用があるならさっさと言ってちょーだい」 神楽は酢昆布を食べ終えたあと、懐からコンパクトを取り出して歯列を確認する。素早くそれを終えると、小さなリップクリームを取り出し手際よく唇を整えた。「口調だけじゃなくいろいろ変わっちまったもんだな」「は?今さら何、すっかり成長した私に惚れでもした?」「そうだねィ……いろいろでかくなったしな。ヤり甲斐はあるかもしれねェ」 沖田がさっと伸ばした手は、神楽の胸元手前で軽くはねのけられた。パチンッとその音が乾いて響くと共に、神楽は長椅子から立ち上がった。「ナンパだけなら私はもう行くわ」「おや、男にでも会いに行くのかい?」「生憎逆よ。今日ここに来る前すでに会いたくない男に会ったの。だからもうこれ以上、眉間にシワが増えるような男共を避けたいだけ」 そう言って傘を肩にかける。 神楽の隣にいた犬……定春は、神楽の動きを察して腰をあげた。 ひらりと舞う髪と、懐かしい柄模様の着流しの裾。沖田はそれを目にしつつ、フッと笑った。「まぁひとつだけ聞いて行きなよ。あんた、ここが昔何の店だったか知ってっか?」「……さぁ?差詰め甘味処かしら」 もう今はただの廃墟でしょうけど。 そう言って神楽は振り返った。 今は屋根の看板の文字すら読み取れないほど砕けている建物。店主に見捨てられ、経過した年月の深さを物語っている。 その店の前には、沖田が今座っているそこ以外にも複数の長椅子が陳列している。しかしどれも穴が開き、木材の中身が剥き出しの荒々しいものばかりであった。「御名答。ここは俺の昔よく来た場所だ」 すっかり寂れてしまったが。春になればすぐそこにある枝垂れ桜だけが、昔と変わらず綺麗に咲き誇る。風に揺られ、花弁や葉を散らすのだ。「俺はてめーとよく会ってた公園と同じくれぇにここに来てたのさ。そんでいつも、団子ばっか食ってた」 団子……神楽はその言葉に、何故なのか自分でもよくわからないうちに、背筋がピンと冷たくなったのを感じた。 いつも持ち歩いている酢昆布と違って。団子なんて、わざわざ食べようと思わない限り滅多に口にしない。 それでも、昔はよく食べていたものだ。 三色団子、御手洗団子、胡麻団子……… わざわざ神楽が欲しなくても、いつでもすぐそばにあった。それを欲する者がすぐそばにいたからだ。 今や思い出の一部でしかない、その人物。「……まさか、お前」 神楽は振り返り沖田の顔を見た。 昔と違い髪は長くするりとまとまり、堅苦しい服ではなくラフな袴姿が板に付いている。 沖田は顔をあげ、神楽の目を見た。「ちょうどそこだったぜ?俺はこの定位置でな。そんで、お前がさっきまで腰下ろしてた、その席だった……」 枝垂れ桜が風に吹かれ、サラサラと葉や花が擦れ囁く音。 神楽は首を横に振った。「……やめて、それ以上は、何も言わないで」 沖田は口角を上げ、言葉をやめなかった。「そこな、よく座って一緒に団子食ってたんでさァ。旦n」 瞬間、 風が、切り裂かれ、 そして静止した。 空気を切った複数の音が、辺りを揺らめかせて、枝垂れ桜の音を一瞬だけ掻き消した。 銃弾を内包する番傘 鞘に納められたままの真剣 そして、……遣い古された木刀 武器が、三つ巴となり、静止していた。 ニヤリとした笑みを浮かべていた沖田。 目をこぼれそうなほど見開いていた神楽。 そして、眼鏡の奥の瞳を、両者に目配せしていた、新八。「貴様ら、こんなところで何をしている」 新八がそう言うと、沖田も神楽も自身の武器を振り下ろした。 そして新八自身も、洞爺湖と刻まれたその木刀を腰に納めた。「……新八!お前、なんでここに」「働きもせずにこんなところで油売ってるくらいなら、二度と万事屋を名乗るな。さっさと消えろ」 冷たく放たれた言葉。新八はまっすぐ神楽を睨んでいた。 神楽は、先程目から溢れそうになっていたものを手の甲で軽く拭う。そして、新八を睨み返した。「……ふざけんな!そっちから来といて何なの?お前病院は」「さっさと消えろと言っている。目障りだ」「言われなくても!こっちだってお前の顔も眼鏡も見たくないんだから。……行こう定春」 神楽はくるりと踵を返すと、定春の白い体毛の上にサッと腰を落とした。そして、二人の方を振り返ることなく、風のように走り去っていった。「……沖田さん、随分前に言ったはずですが」 新八は振り返り、沖田をまっすぐ睨んだ。沖田は再び口角を上げた。「俺らの前で銀さんのことを口にするのは、やめていただきたい」 その言葉を聞き、ヘッと笑うと。沖田は咥えていた竹串を手に取り、それをユサユサと揺らしながら答えた。「俺ァただ思い出話してただけなんだがな」「相変わらずドSで貫いてるんですね、あなた」「あんたが腐っても眼鏡貫いてんのと一緒だ」 沖田は新八同様、見逃してはいなかった。あの大きく見開かれた目から、溢れそうになっていたものを。「あんたは甘っちょろい。あいつを甘やかしすぎる。あんなクソ生意気な小娘叩き直すには、多少の荒療治が必要なんでさァ」 新八の持っている木刀を目にしながら、沖田は言った。「あんたは優しすぎんだ。……旦那と同じでさァ」 新八はその言葉を耳にしても、表情をひとつも変えずに沖田へ返した。「勘違いしてるようなんで言っておきますが。俺は別に、あいつのために顔を合わせないわけじゃない。俺自身、銀さんの記憶を避けたいだけ。あいつの顔を見たくないだけ。……あなたが思うほど、思いやりのある人間ではない」「よく言うよな。あんたは別に、あの女の面見たくらいで動揺するタマでもねーだろィ」 それに……と。沖田は、新八に背を向けながら言った。「あいつの泣きっ面、俺に見せねェために割って入ってきたくせにな」 新八は眼鏡を指のはらで掛け直しつつ、沖田の方を見据えたまま、言った。「さっき俺はあいつに、姉上の病室で鉢合わせたばかりでして。今から改めて病院へ出直そうとしていたんですが。 ……もう一度言っておきます。もう俺とあいつには、関わらないで下さい。近藤さんの公開処刑、たしか今週でしたよね。これ以上何かあれば計画邪魔立てさせてもらいます」 ハッと、嘲笑する沖田。首を上の方からそらすようにして。新八へ言葉を向けた。「できるもんならやってみな。まぁ安心しろィ。ツンデレお嬢さんにはもう懲りたんでな。これ以上手出ししねーよ」 その言葉を聞くと、新八は沖田に背を向けた。そしてそのまま黙ってその場をあとにした。 足音が遠ざかると、程なくして、廃墟同然の店内から、カチッとライターの音が鳴った。そして、ゆるゆると白く細い煙が宙に伸びていた。「おい総悟」 その声を聞き、ハハハッと沖田は渇いた声で笑った。「趣味悪ィー!見てたんならさっさ出てきて下さいよ。一方的に説教されちまいやした」 暗い店内から姿を現したのは、煙草を口にした土方だった。 そちらへ目を向けることもなく、沖田は俯いていた。「お前がチャイナ娘を気にかける気持ちもわかるが。あいつらの気持ちも考えてやれ」「はぁ…これだからな。過保護なやつばっかで辟易しまさァ」 視線を向けないまま、沖田は手にしていた団子の串を、土方に投げつけた。土方は最小限の動きで器用にかわし、串は背後の店の柱にリズムよく刺さった。「それに、俺ァ別にチャイナのためじゃねぇ。まして眼鏡のためでもねぇ。 ……俺が自分を確かめたかっただけでさァ。俺が旦那にどんだけ近づけたのかってな」 そう言って、その場から歩き出した沖田。「総悟……お前」「旦那の存在はたしかに大きかった。が、もう5年も経っちまったんだ。いい加減、開き直るべきでしょう?俺はそれを諭してやろうとしただけでさァ。 だが、もう諦めやした。俺でもなく、眼鏡でもない。あのバカ女の間抜け面をもっかい引き出せんのは、結局旦那しかいねぇってことでしょうねィ……。 まぁもっとも、眼鏡はあえて距離をとることで最悪を防いでるわけですが」 まっすぐした新八の眼差し。 沖田は認めるしかなかった。 離れていたってまだ護っている。背や乳がでかくなった体の中に、ずっと閉じ籠っているガキのままのあいつのことを、護り続けている。距離をとってやることで、あいつが今以上に沈むことを防いでいる。 そんな不器用で回りくどい護り方ができるのは、万事屋で一緒に過ごしてきたあの眼鏡の男しかいないということを。 認めざるを得なかった。「5年前の旦那の背中はまだ遠い。追いつけねぇどころか。目の前にいる野郎にすら届いちゃいなかった。 ……結局俺ができるこたァ、何もなかったってことです」 沖田の想いを。どうしてやることもできない。 土方は気づいている。 チャイナ娘だけじゃない、ここにいる長髪ドSも、髪と風貌以外対して変わっていないのだ。その体の中に、ずっと閉じ込めている想いがある。素直じゃないところも。変わっちゃいない。 煙草を手に取ると、土方は沖田に命令した。「……総悟、俺らにはまだ護るべきもんがある。処刑時に奪回する計画もじきに実行に移す。気ぃ引き締めろ」「わかってまさァ。そいつァ俺がこの世で一番護りたいもんなんでねィ」 総悟は笑ってその場をあとにした。 人は人の代わりになんてなれやしない。 時空でも越えて、そいつに成り済ますようなことでもできない限り、同じ時を過ごしてきた人間に、代わることなどできないのだと、そう思いながら。 [7回]PR