褒めことば okita x kagura 2017年05月27日 一瞬の勘違い 人混みを掻き分けようやく辿り着いた公衆トイレは、それはそれは汚かった。 ただでさえ慣れていない浴衣と草履、決して涼しくはない気候に汗をにじませ、神楽はようやくことを済ませて出てきた。 小さな水道でパパッと手を洗ったところで、はたと気づく。 ここ……どこアルか? 花火大会の会場のど真ん中。 すっかり迷子だった。 さっきまでは、姉御や九ちゃんたちもいた。 さっちゃんやツッキーも一緒。 いわゆる女子会に、神楽は張り切っておしゃれを極め込み参加したのだ。 万事屋にある使い古された浴衣を、自分なりに繕って修復し、おもちゃだけど髪飾りもお気に入りのものを身に付けてきた。 揺れる髪飾りと共に、心を踊らせて会場に来た。 女子会っつーかゴリラ会の間違いじゃね?と、 鼻をほじりながら口走った銀時は、きっと今頃大きなタンコブ5つを付けたまま、露店で商売に勤しんでいることだろう。 口は災いの元……… 神楽はわかっていた、 だから、言わなかった。 なんか、今日の浴衣、みんな可愛い。 私だけ、なんかぼろぼろアル……。 トイレに行こうと思い立ったとき、神楽はお妙たちに何も告げなかった。 告げないまま、人混みを離れた。 ちょっと一人になってみたかったから。 女子会と称して女子が集まれば、どうしても見比べてしまう。 大人の女性らしい体つきも、綺麗な布や帯、手提げかばんも、 自分の物がすべてみすぼらしく思えてしまった。 誰も褒めてくれやしない。褒められたとしてもそれはお世辞にすぎない。 ああもうすぐ花火が始まるのに。 早くみんなの元に戻らなきゃ。 そう思う程、足取りは重い……。 とぼとぼと、小道を歩いて、いつの間にか花火の打ち上げ場所近くまで来ていた。「もういいや。誰かが見つけてくれるの待ってるネ」 そう言いながら、河原に腰を掛けた神楽。 人混みから離れた空き地に、三角座りをする。 夕方から夜へと針が振り切れる直前、まだほんの少しだけ空が明るい頃。 川面に反射した露店の灯りがゆらゆら揺らめいているのを、座ったままぼんやりと見つめていた。 せっかく楽しい場所に来たのに 何してんだろ…… ため息は、川の真ん中で打ち上げの準備をする職人たちの掛け声に掻き消された。 神楽は顔を膝に埋め、その場でじっとしていた……。「オイ、そこの女」 低い声が、耳から通って胸奥に響いた。 誰アル?ナンパアルか? こんなみすぼらしい格好の自分にも、ナンパしてくるモノ好きもいるアルな。 神楽が思考を巡らせていると、座った体制のままうわっと前につんのめった。 背中の後ろから渾身の膝蹴りを入れられたのだ。「な、何するネ!?」「てめーこそ何やってんでィ、ここは立ち入り禁止区い……」 言葉に詰まり、驚いたように目を見開く。 沖田は今し方蹴りを入れた相手が、自分の見知った人物であることに気づいたのだ。 沈黙の風が流れる。 神楽はこの時、少しだけ泣きそうな顔をして、沖田の方を振り返っていた。「何泣いてんでィ」「な、泣いてないアル!」 へぇー……、と。 少しだけ面白そうな笑みを浮かべた沖田は、神楽の後ろからぐるりと前に回り込み、しゃがんだ。 神楽は警戒して、座ったまま少し後ずさりをする。 隊服姿の沖田が、神楽の視界いっぱいを塞いでいた。 なんでよりによってこいつがここに!? 神楽はお妙たちのもとにすぐ戻らなかったことを後悔していた。「……カレシにでも捨てられたか?」 情けねーツラ、と。ぼそっと呟いた沖田の言葉は、神楽にとって少し意外で、 返事にワンテンポ遅れてしまった。 ただ、ニタニタと神楽にとって憎らしいその表情はいつも通り。 神楽は怯まなかった。「す、捨てられてなんかないヨ……。ちょっと寂しいだけアル」 そもそも彼氏なんていないなどという説明はすっ飛ばしても、こいつなら理解しているだろう。 誰が、こんな継ぎはぎで色もチグハグな浴衣を身に付けて彼氏と歩くというのか。 誰が、こんな子供っぽい自分を連れて歩くというのか。 こんな私に声を掛けてくるやつなんて、暇をもて余したポリ公くらいだろう。 神楽は浴衣の裾をぎゅっと握りしめ、その場を立ち上がった。「か、カレシのとこ、戻るネ……」 そう言い残して1歩踏み出した神楽の腕を、ちょい待ちと掴むポリ公。「何アル!」「浴衣」「へ?」「はだけてる」 そう言って腕をつかんでいない方の手が、神楽の胸元に延びてきた。 わ!ちょっ!、と。手が鎖骨に触れる寸前、神楽は慌てて両手をぎゅっと胸の前で交差し阻止した。「ちょ!何するアルか!」「彼氏でもねぇ男にそんな姿見せるたァ、ビッチな女」「はぁ??」「あっち向いてっから直せ」 投げやった口調でそう言いながら、沖田は神楽に背を向けた。 は?何がびっちアル?と、疑問と怒りを抱えつつ神楽は自分の腕を開き、浴衣の合わせ目を確認した。 すると、沖田の言うように、右前にも左前にもなっていない、ストンと布が下方向にずれていて肌が広く見えていた。「うわっ」 さっきトイレに行ったとき、ずれてしまったのだろうか。 いそいそと合わせ目を直しながら、神楽は顔を赤らめていた。 帯の隙間に布を押し込みながら、首から上だけ少し後ろを振り返る。 沖田は自身が言ったとおり、神楽に背を向けていた。 手持ち無沙汰なのか、腰に据えた刀をなんとなく抜き差ししては、頭をポリポリと掻いたりと、少し落ち着きがない。 ……なんか、変アルな。 頭の片隅でそう思いながら、浴衣を直し終わったところで、神楽は沖田の背中に渾身のパンチをお見舞いした。 沖田はよろけ、前につんのめる。 そして、振り返った。「痛っで」「へっへーん!」「人が親切で教えてやってんのに何でィ」「余計なお世話アル、あと口が悪いアル」「てめーに言われたかねーわ」 沖田は鼻の下を少し擦ると、神楽から視線をそらす。 地面へと視線を落とし、無言になってしまった。 神楽は別に、その場を立ち去ってもいい状況ではあったが、 なんとなく沖田の様子が気になった。 なんとなく、いつもと少し違う気がした。「……お前、こんなお祭りの日にも相変わらず仕事アルか」「そーだけど……」 沖田がいっこうに視線を上げないので、 神楽は沖田に少し詰め寄り、ん?と覗き込むようにして沖田を見上げた。「……ここ、入っちゃダメだったアルか」「あ?……あぁ、まぁ」 歯切れの悪い返事にイラつく神楽。「なんでダメアル!ここからだと花火がごっさ綺麗に見えるネ!ここから見たい!」「いや、だめなもんはだめっつってんだろ。見てのとおり他の客も入ってねーだろィ。ここは上の奴らの席で」「そんなの不公平アルッ!私だってここから見たい!」「わがまま言ってんじゃねーや」 別に、神楽としては花火を特等席から見たくて、この場所にいたわけじゃない。 周りに人混みがいなくて、草原と川が広がるだけの空間が心地よかったのだ。 だけど、沖田に退けと言われて退くことほどの屈辱はないと、神楽は常日頃から思っている。 こうなったら意地でもこの場所を確保して花火を見てやる、と。 そう思いながら、神楽は勢いに任せて沖田の胸ぐらを掴んでいた。「わがままなのはお前らネ!なんで善良な市民の私が退かなくちゃいけないアル」「『善良な』って言葉に疑義がありますけど……」「ムカッ!……知り合いのよしみネ!私のわがままくらい聞けヨ!!」 神楽が散々と怒鳴ると、沖田は神楽の手を掴んで自らの体を解放した。「わがまま……そいつァてめーのわがままじゃなくて、てめーのカレシのわがままなんじゃねーの?」 一瞬、カレシという言葉の意味を理解できなくて神楽はハ?となった。 だが、彼氏がどうこうと先程話していたことを思い出し、神楽は意味を理解した。「……カレシって。私の彼氏アルか?」「他にどこの彼氏がいんだよ」「……お前、まさか、」 まさか本当に私に彼氏がいるって信じてるんじゃないアルな? そう言って、笑い飛ばしてやろうとした矢先のこと、「彼氏と、見るのか、花火……」 重たげな眼差しを向けられた。 神楽は、笑い飛ばせなくなってしまった。「っ!?」 それは本当に突然のこと、 2、3歩間合いを詰めてきたかと思えば、 正面から神楽は抱き締められた。 沖田は両腕を神楽の背中に回し、ぴったりと体を密着させている。 包み込むというよりも、すがるように、 合わせ目を直したばかりの神楽の首もとへ、自身の頭を擦り付けていた。「おい、何して」「どこの誰でィ言ってみろ」 耳元からの声に、体の内側からぞくぞくとした。 沖田はそれ以上何も言わぬまま、じっと数秒間、神楽を抱き締めていた。 突き放せば済むことすら、頭の片隅に追いやられるほど、神楽は混乱する。 急に上がってきた熱が、思考回路を飲み込んでいく。 軽くかかる吐息や、心臓の音に、耳を傾けることしかできなかった。「……ねぇ、私……彼氏…いない、ヨ……」 嘘、だから、こんなことしないで…… そんな神楽の思いが伝わったのか、 ようやく絞り出された声に反応するように、沖田は、ゆっくり体と体を離した。 沖田の少しだけ汗ばんだ手が、背中から首の後ろへ滑り、そして、神楽の両肩の上でピタリと止まる。 程ほどに近い距離から、じっとりと神楽の目を見つめる沖田の目は、 暗さのせいかいつもと違って見えていた。 伏し目がちの長い睫毛の目は、呼吸を整えながら神楽を今にも捕らえようと待っている獣か何かのよう。 さすがに妙な危機を感じた神楽は、動かなかった両腕に力を込め、沖田の胸板を押し返すことに成功した。「いきなり……何するネ」 動揺を隠しきれない神楽の反応を見て、沖田は、ニシシとごまかすように笑った。 今日最初に会ったときのように、人をばかにするような笑い方。 でも少し違うのは、片手のひらで目元を覆い、横を向いて笑っていること。 何かを隠すように。正面から見ようとしない。「彼氏……ほんとにいんのかと思っちまった」 おどけた声とは裏腹に、少しだけチクリと刺の混じるような声に、神楽は面食らう。 何を言ってるんだろうこいつは。 神楽が目を白黒とさせていると、沖田は顔を上げ、神楽を見た。「浴衣着て、そんな髪してっから……………いんのかと思った」 神楽は瞬時にその言葉の意味を飲み込めないでいる、 と、そのとき、 ヒューーー・・・っと打ち上がった。「似合ってる……可愛い………」 低く呻くような、静かな声。 ドカンッ!!!と間近の花火の音と共に、空間を揺らし、散りばめられた音。 ……そのときの声が、神楽のもとに届いたのかどうか。 沖田にはわからない。 ただ、もう2発目の花火が打ち上がる頃には、神楽に背を向け歩き出していた。 まだ早い鼓動が止められず、祭りの見張りどころではないと思った。 胸をそっと抑えながら、しゃーねぇからたこ焼きでも買いに行くかと、人混みの中へと消えていったのだった。 花火の音よりも小さいのに、 花火の音よりも大きくて、 耳から離れない声。 神楽がお妙たちの元に戻ったとき、どうしたの?迷子になって泣いちゃったの?と心配される程、 神楽の顔の赤らみはなかなか引いてくれなかった。 [7回]PR