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めぐりあひて

二次創作ブログです。原作者様等とは一切関係ありません。

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赤色マフラー

赤色に染まる。









 あいつはいつも強がってばっかりだ。


 冬の空気はひんやりとしている。それでも、夜兎のあり余る体力をもってして、体の中身はほくほくとしている。マフラーだの手袋だのは私なりのカムフラージュであり、夏にわざわざ着けてると変な目で見られるから、この季節にしかできない服装を楽しもうというおしゃれにすぎなかった。
 とは言え、地球人にとってはおしゃれ以外の大事な意味もある。白い息を散らしながら寒い寒いと皆が口にする。私だって、寒いよりは暖かい方がいいし、おコタの誘惑には負けちゃうけど。分厚い物で全身モコモコにして街を徘徊するほどに困ることはないのだ。


 ……あいつは一人で寒そうに歩いていた。


 黒いその背中のあとを目で追ったのは、単なる気まぐれだった。あいつが理由もなく真面目にパトロールしてるなんてあり得ないことはわかってるし、一人でフラフラと雪も舞い始めた川原で歩いている姿が不思議で仕方なかった。まるで、子犬が高い塀の上をのっそり歩いてるのを見つけた時のように、それは興味深い光景だった。
 雪の量は少しずつ増えて、地面や草の上に落ちて溶けるよりも早くまた次が積もる。こんな気候の中であいつはどこに向かう気なんだろう。さしていた傘を閉じて、橋の上からぼんやり見ている私に、後ろ姿のあいつは気づきもしなかった。

 と、あいつは立ち止まった。そこは、川の水面のすぐ近くだ。あいつ何する気だ…………思うより先に私は、撃っていた。


「……は? 何」


 傘の先端から硝煙が揺らぐ。その向こうに不機嫌そうな顔で私を見上げる沖田がいる。驚きもしないのは私がいつ何時邪魔に入るということをよく知ってるからだろう。
 あいつが川に向かって一歩踏み出し下ろそうとしていた足元の位置に、私の銃の弾は的中。川面の水を弾いていた。


「お前ついにトチ狂ったアルか!」
「狂ってんのはテメーだろーが。いきなり襲撃しやがって」
「むしろ感謝するヨロシ。真冬に入水自殺なんて見てるこっちが寒くなるネ。周りに気ィ遣えヨ」


 売り買い文句をたらしながら、私は橋の手すりを跨いで川原の柔らかい草の上へ飛び降りた。瞬間、うわっと寒い風が吹き込んできた。そのせいで足元をすくわれて体のバランスを崩しそうによたついたが、何とか踏みとどまった。颯爽と着地できなかった私に対して案の定、バーカと罵ってきた。


「馬鹿はどっちアル。死んでどうするネ!」
「別に死のうとしてねーよ」


 コレ流そうとしただけ、と。手を見せる沖田。どこからもらってきたのかそれとも自分のものなのか。真っ赤に染まったそこは、雪とは不釣り合いな物騒さだった。


「……川で流すアルか?」
「ちょうど近かったんでねィ」


 そう言いながらまた川に近づこうとするので、もう一発同じ場所に撃ってやった。不満そうに、面倒そうに私を見るこいつの顔は、隠してるつもりかもしれないけれどひどく疲れている様子が感じられた。


「……風邪ひくヨ」


 だいたい、洗うなら公園のトイレなりなんなり、他に場所がある。わざわざ冷たくて流れの速い川に手を突っ込んでいく必要なんてない。
 判断能力が鈍ってるこいつ、有無を言わさず私は血に染まったその手首を掴み引っ張った。と、振りほどかれた。


「汚れんだろ」
「言ってる場合か!」


 仕方がないのでもう片方の手首を掴み、降雪を遮ることができる橋の下へとグイグイ引っ張った。今度は抵抗するでもなくついてきた。


「……安心しろィ。風邪ならもうひいてら」


 ほら、やっぱりナ。
 ほんのり頬が紅みを帯びているだとか、言葉の抑揚が薄いとか、そんな些細な変化から生まれた予想はまさに的中していた。
 ……それにしたって、こいつは随分と薄着。動きやすいのか何なのか知らないけど、上下の黒い隊服にフード付きの薄いコートを羽織るだけで。とても風邪をひいてる人物の恰好ではない。 地球人のくせに生意気だ。これもきっと、風邪を敵に見せかけないための「ハッタリ」なんだろうか。なんかもう、やっぱりこいつは馬鹿なんだろうと思った。
 私はあえて何も言わずに、とりあえず橋のたもとに沖田を半ば無理やり座り込ませた。こいつは下を向いてる。私は別に覗きこんだりしない。どーせ今私に見せたくない表情をしてるんだろうとわかったから。


「馬鹿は風邪ひかないってあれは嘘アルな」


 何か温めてやるものはないかと思ったけど、特に大したものを持っていなくて。ただ、おせっかいな新八から半ば無理やり持たされたアレを思い出した。私はコートの前ボタンを開けてガバッと開き、セーターを捲った。さすがに驚いたのか沖田がえっ?と顔を上げる。
 私は、お腹に肌着の上から貼っていたきりばちの貼るカイロを勢いよくビリッと剥がし、それを沖田の手に押し付けるように貼ってやった。ちょっと熱かったし、これでちょうどいい。
 ……すると、呆気にとられたような表情、からの、なぜかクスッと笑われた。


「風邪ひかないって、テメーがいい例だよな」


 普通貼るカイロ剥がして渡すか?と、馬鹿にするように小さく笑い混じりに言うもんだから、ムカついて、みぞおちにひと蹴り入れてやった。痛って!と言うけれど大したことないだろ。手加減してやったんだから。
 ケホッ、ケホッと途端に咳き込み始めた。おいおい演技が過ぎるネ。そこまで強く蹴ってねーヨ。


「いや、悪ィ。なんか気ィ抜けちまった……」


 気を張っていた。だから、風邪ひいてるくせに咳ひとつせずに寒空の下立っていたのか。そんで川の水で手を洗おうとしてたのか。とんだ鈍感野郎だと思った。

 額にそっと、手袋を外して手を当ててみた。熱い気がする。私は看護師さんじゃないから、わからないけど、次第に呼吸を乱す沖田が、その体調の崩しっぷりを物語っていた。
 こんな状況で、私は………胸の奥がどぎまぎとして熱っぽくなる。おでこの温度を手から胸へと、もらったみたいに、熱い。
 こんな気持ちを起こさせるのは、いつもこいつを前にしてだ。
 ほんの少しでも、こいつが弱味を見せてくれたら。私が弱味を見せることができれば。こうして様子を伺うようにこそこそする必要なんてない。私は堂々とこいつの身を案じることができるのに。大丈夫か? 寒くないアルか? 言ってやりたい言葉はたくさんあるのに………。素直に出せないのは、これまでそんなこと言うような間柄じゃないから。
 私は、自分の首に巻いていたマフラーを差し出して、それを沖田の横から首に巻いてみた。心持ち不自然に親切にならないように、少々乱暴にぐるぐると巻く。すると、ここまで無抵抗だったはずの沖田は、血だらけでない方の手で、私の手首を掴み止めてしまった。


「要らない」


 短くそう言って、私が巻いた方向の反対回りにマフラーを外して、私に突き返す。ショックでないと言えば嘘。でも、そんな反応は私の想像の範ちゅうだから、別に驚きはしなかった。私の好意を受け取ろうとしない。そんなの今に始まったことではない。
 でも、拒まれるたびに、深く深く胸の奥が痛む。
 きっと私は、高い塀の上を歩く子犬から目を離せずにいる。助けてあげようと手を伸ばすと、尻尾をピンと張って拒まれて、悲しい気持ちになる。だから私はおとなしく見守ることしかできないんだ。
 本当は、塀から下ろして抱き締めてやりたいのに。


「……じゃぁそのカイロはあげるヨ」


 私は拒まれたマフラーをすごすごと自分の首に巻き直しながら、そう言った。


「………」


 何も言わずに俯いている沖田は、もはや私がこの場にいることにイライラしている。そう感じとって、私はもう諦めて立ち去ろうと決めた。背中に垂れたマフラーの裾を前に回して結んで。顔の半分が見られないように、気持ちが悟られないようにと、ふわふわのマフラーで隠した。


「……それなら、“汚れても”いいからナ」


 使い捨てカイロだからナ!
 そんな捨てゼリフを吐いて私は立ち上がった。
 私の言葉に、沖田のまた力なく笑う声がした。じゃあサイナラ、とその場を離れようとした私は、今度こそ本当にバランスを崩して草の上にこけてしまった。マフラーが沖田の手に握られていたからだ。
 おい離せヨ。首締まる!


「離せ!窒息するっ」


 わけのわからない沖田の行動に怯んで、体を起こしざまに振り返った瞬間、ぎゅぅっと正面から抱きつかれた。両手両腕を私の背中に回して、肩も使ってがっしり体をホールドされて。何が起こったのか一瞬わからなかった。


「ちょっと……何して……」


 私は今度こそ心臓がどくどくと動いてるのがわかった。この音、聞こえちゃう……スリスリと離れようともがくのに、離してくれない。素直じゃないのはむしろ私の方かもしれない。こんな状況、本当は嬉しいはずなのに。反射するように拒んだ。今まで抗ってきた分、この音を聴かれるのが恥ずかしかった。


「……嫌か」


 耳元でスーッと雪と一緒に消えてしまいそうな声が聴こえて、抵抗する体の力が抜けてしまった。


「お前いっつもそうだよな。優しくしたり、突き放したり………どっちなんでィ」


 試すように問う。
 ゆっくり起こされるように、体が離れると、真っ直ぐに私の顔を見つめる沖田がいる。こうして近くで見ると、改めて少しやつれているのがわかった。動揺して目を逸らした私に、もう一度、嫌?と問う。嫌とも嫌じゃないとも答えない私に、やっぱり苛立っている。今度は肩に置かれた両手を移動させて私の頬をぐんと包んで視線を真っ直ぐに合わせてきた。逸らそうにも逸らせない。チャイナ?と心許なげに呼ぶ声に、私は嫌じゃないよと恥ずかしく首を横に小さく振れば、それに安心したように、唇を噛み締め目をつぶった。

 ああ、とうとうこの時が来た。
 子犬が、塀から落ちてきたんだ。


「……ここにいて」


 少し戸惑うように、力なく。落ちてくる。甘えた目をする。お腹の奥が痺れるような感覚がした。
 私は、頼ってくれることを待っていた。弱味を見せてほしかった。だから、勝ったと思った。なんの勝負もしてないけれど。ずるいかもしれないけど、地球人が寒さに弱くて人肌恋しくなるからだの性質を利用してる。
 ずっと見ていても飽きない、沖田の目は、不安と期待の入り交じっている。熱で高揚しているせいか、涙目のようにも見えた。


「汚して、いい?」


 うっとりと瞼を被せ、私を見つめる。


「……もうとっくに汚れてるヨ」


 マフラーにも、左の頬にも、べっとりと赤い血がついてるんだから。今さら汚すも何も、ないのに。何を戸惑う必要がある?
 染色されたマフラーの裾に視線を向けようとした矢先、視界は真っ暗になった。代わりに柔らかい唇。フニッ、と音がするのかというほど、埋もれた。
 暖かい……私やっぱり、寒いよりは暖かいの方が好き……。そんなことを考えていると、歯へ、舌へ、ねっとりと絡めとられるように同じ行き来を繰り返す。息もできない程長く続けばさすがに苦しくて、お前、ふざけんなヨ!風邪移るだろ!!……なんて。まだ雪の残る肩をとんとんと叩けば、長い甘えの末、名残惜しそうに離れた顔。自分でも自分の行動に驚いているのか、手を唇に当てている。その手の甲にはきりばちの貼るカイロがピッタリ付いたままだった。

 ぷはっ!と思わず笑ってしまった。

 強がりからようやく解放された私は、眠るように落ちてきた彼を受け止めて、ぎゅうっと抱き締めることができた。
 熱にうなされてるのは、私も同じ。
 子犬は思う以上に柔らかくて、まだ私は鼓動がおさまらなかった。

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