お姫様抱っこ okita x kagura 2018年08月10日 ふわふわと、暗闇のなか夢心地。 夜道は物静かで、一人分の乾いた足音だけが響いていた。 瞼をゆっくりと開ける。視線をやや右にそらす。 月だ。満月が夜空にくっきりと見えた。 普通の満月よりも明度が低い。たぶん、夜の薄雲に覆われてるんだろう。今にも消え入りそうな心許なさは、今の俺の心情に近しい。 体に力が入らない。 脇腹のえぐられた傷が痛む。 体ごと宙に浮いている。 歩いていないのに、ゆっくりと進んでいく感覚。 ここに至るまでの記憶もあるし、五感でもわかる。今の現状はよく理解している。が、動く気にはなれなかった。なんたって楽チンなんだから。「オイ、起きてんダロ」 自分で歩けとでも言わんばかりの低めの声に、思わずクスッと笑えた。 チッと可愛い気のある舌打ちが聴こえてきた。 視線は合わさないまま、おちょくってみたくなる。「何、このまま屯所まで送ってくれんの」「送るっていうか運んでやってるアル」「なんなら宅急便でも使ってくれたって構わねーぜ?」「ホントアル。その減らず口をガムテープで縛ってやりたいネ」 減らず口はどちら様だか。 なんだかんだ、その場で地面に突き落とされることもなく運送してくれてんのは、こいつなりの不器用な優しさだと感じた。 時折見せるこいつのこういうところに、ひどく暗い心持ちになる。 女に助けられる自分が情けない……とかそういう感情ではない。そもそもこの馬鹿力を女にカウントしてはいけない。 ただ、胸が締め付けられるような感覚がする。それこそガムテープなのかもしれない。がんじからめの感情に、縛られている。 こいつの顔をあまりまともに見れない。薄暗い夜道で助かった。 背中や膝の裏に通された腕から、血や泥でただれる左脇腹に擦れる腹部から、いやがおうでも包んでくるこいつの体温を、感じる。それはひどく、優しい。 きっと今俺は、とてつもなく安堵した顔をしてるだろうから。それをこいつに見られたくなかった。 自由に動かせる右腕を上げ、手の甲で顔を覆った。 それじゃ目元しか隠せなくて。上がりっぱなしの口角だけは不気味な月明かりに照らされたままだった。「お前なに笑ってるアル気色悪い」 当然のごとく浴びせられる暴言に、俺は、目尻に浮かぶものだけは見られまいと手で覆ったまま、ぽつりと呟く。 それは、素直に言えない複雑な気持ちを胸に抱えたままの、消え入りそうな声。らしくないっちゃらしくない。「ありがと」 そう口にして意識を手放す直前。抱き上げられた俺を見下ろすその表情。「可笑しな奴アルナ」 ちらつく横髪の隙間から俺と同じように安堵したような、こいつの顔が見えた気がした。 あーあ。このまま死んでもいいのかもしれねぇな。 そんなことを思い浮かべたのは、生まれて初めてだった。 [4回]PR