きみフェチ okita x kagura 2015年09月30日 衣替えの季節の沖田と神楽。 ガラガラ!と万事屋の玄関ドアが開いた。 新八は洗濯物を畳みながら音のする方へ首を向けた。 誰が帰ってきたのかはわかっている。が、どうしたのだろう。 ただいまヨー!といういつもの声が聞こえてこない。「神楽ちゃん?」 新八は立ち上がって廊下に向かうが、玄関先からタタタタッ!と駆け足が聞こえ、姿を現さないまま隣の部屋へと姿を消したのだ。「どうしたの神楽ちゃん?」 新八は心配になり部屋をノックする。 すると、そー……と入り口から顔を覗かせた神楽。「な、何アル?」 少しいつもより声が上擦っている気もするが。新八の顔をじーっと見つめる顔に、特に変な点は無かった。 新八は安堵の息をつく。「良かった……声がしないから誰かと思ったよ」「ご、ごめん。ただいまヨー」「おかえり……。ところで神楽ちゃんさ、」 足をそっと後ずさりして部屋へ戻ろうとしていた神楽は、ギクッと体を震わせた。「そろそろ寒くなってきたから、衣替えしなきゃだめだよ?」 神楽は多少動揺しつつも、わかってるアル!と答えた。 9月ももう終わり、秋の気配にすっかり包まれてきているというのに、神楽はまだ半袖のチャイナ服を着ていた。 新八は呆れつつも、まぁ子供は風の子と言うし……と、それ以上神楽を咎めることなく。再び万事屋の家事仕事に戻っていった。「……ふぅ、危なかった」 神楽は、押し入れを開ける。そこはいつもの神楽の寝床だった。銀時も含め、神楽以外の人間は立ち入ることのない唯一のスペース。 そこに帰って早々ぐしゃりと押し込んだものを、改めてきちんと目にした神楽。「……見つかったら面倒アル」 そこには、真選組の黒い隊服が押し込められていた。***** へっくちゅっ!! 木枯らしと言うにはまだ早いが、ついこの間までの気候とは打って変わり、ひんやりとした風が町中を吹き抜けるようになった。 沖田が呆れている目の前で、神楽は再びくちゅん!と小さなくしゃみをした。「この気候に半袖でうろつくバカがどこにいるんでィ」 その声に反応した神楽。鼻水をちゅんとすすりつつ、沖田にムッと言い返す。「なんだヨー!ここにいるとでも言いたいアルか?」「せめてなんか羽織りゃいいものを」「うっさいネ。今日こんな気温下がるとは思わなかったアル」「結野アナなら今朝ちゃんと忠告してたぜィ」「銀ちゃんが画面の前占領してて聞き取れなかったアルヨ……」 体を抱き締めるように、小さくうずくまる神楽を見て、 沖田はおもむろに上着を脱いだ。 黒くしっかりとした布でできた隊服が、ふわりと神楽の頭から被さる。 はっ??と神楽は一瞬何が起こったのか把握できず、驚いて沖田を見上げた。「それ貸してやらァ」 そう言っていたときの沖田の表情を神楽は見ていなかった。隊服に視界を塞がれもごもごしていた。 ぱっ!と視界がひらけたとき、沖田は既にこちらに背を向けて歩き出していた。「お、おい!!お前なんで!?」 神楽の声に歩みを止めることもなく、沖田は片手を振りながらそのまま立ち去ってしまったのだった。「……どうしよこれ」 背中に羽織ったその隊服を、神楽はどう扱えばいいのかわからず呆然と立ち尽くしていた。 この場に捨てて帰るわけにもいかないし。かといって今から沖田を追いかけるのも面倒。そして何より……「あったかい……」 秋風にさらされていた腕の肌が丈夫な布でくるりと覆われて、胸の内からほかほかと温まってきていた。 そのため、このまま借りておきたかったのだ。「……今度返せばいっか」 どうせまた公園なり川原なりでふと出会すだろうし、と。 神楽はそのまま振り返り、肩から隊服を羽織ったまま、万事屋への帰路についた。 隊服の裾や袖口が秋風に軽くなびく。神楽はなんだかスキップしたい気持ちだった。***** 日がとっぷりと暮れて、就寝時間を迎えた。 深夜番組を見るからと、酒瓶片手に応接間へ残った銀時へおやすみーと挨拶をして、神楽は寝ぼけ眼を擦りながら寝室へ向かう。「定春もおやすみぃー」 いつもの挨拶を済ませ、押し入れにヨッと上がり込む。 押し入れの中に置いてある小さなライトをパチンと付けていつも通り軽く寝床を整えようとしたとき……「あ……」 夕方持って帰ってきた黒い隊服が、ライトに照らされていた。神楽の視界に黒い布が、ぼやりと浮かんだ。 神楽は押し入れに上がりきり、襖を閉めた。 いつもならすぐにライトを切って布団を被り夢の世界へ飛んでいくのだが。 ……今日は明かりをつけたまま、その場でちょこんと正座し、両の手で隊服をつまみ持ち上げ、まじまじと眺めていた。 襟とか服の裏とか、こんな構造になってるのか……と妙に納得しつつ、ひらひらと裏表へと服を返しながら、 ふっと、浮かんだ顔。 ……そうだ、いつもあいつが着てる服なんだ……。 神楽はそっと、物音をあまり立てないように気をつけつつ、隊服に顔をゆっくりうずめた。 ふわりと、鼻を掠める。「やっぱ、あいつの匂いする……」 今日の帰り道に思ったことと、同じことを考えていた。 しばらくそのまま、押し入れで正座し、隊服を抱き締めたままじーっとしていた。 なぜこんなことをしてしまうのか、神楽自身もあまりよくわからずにいる。 ただ、妙に落ち着くのだ。 寝床のすぐそばで、沖田の匂いを感じとっている。 不思議な感情にぼんやり浸かっていた。「……なにやってんだろ私」 目をぱちぱちとさせ、ふと我に返る神楽。 隊服から顔をあげ、首を小さく振り払うように振った。そして、勢いよくガバッと布団に潜り込み寝転がった。 と、すぐそこのライトがつけっぱなしだったので、腕をひゅんと伸ばしてカチリとスイッチを切った。 押し入れの中は真っ暗な静寂に包まれた。「おやすみなさい……」 誰にともなくつぶやくと、神楽はそっと目を閉じた。 しばらくそのままじっとする。 時折寝返りを打ちつつ、夢の世界へ入っていこうと意識する。けれど、意識すればするほど、現実世界に感覚が置かれたままだった。 目を閉じているため視界は真っ暗。だが、遠くからかすかにごにょごにょとテレビの音が聞こえてくる。まだ銀時が番組を見ているのだろうと思う。テレビの音以外にも、窓の外からか、鈴虫の鳴き声が鼓膜を心地よく揺らしていた。たまに野良猫の鳴き声も聞こえてくる。静かな静かな夜。 横向けに寝転がっていた神楽は、きゅっと、手元を握りしめた。丈夫な衣の感覚。 すぐ横に置いたままだった、沖田の隊服。 このままだとくっしゃくしゃにシワができて怒られるかもしれないなと思ったりもしたが、そんなことは知らないと思った。 神楽の嗅覚はまだ、そこにあった。 ほんとに、いい匂いがするのだ。 いい匂いと言っても、花やフルーツの匂いとは全然違う。銀時の大人の臭いでもないし、新八の洗濯剤の爽やかな匂いでもない。 もっと、どろどろとしている。 いろんなものが混じっている。 畳のい草の匂い、身近な喫煙者の臭い、公園の土の匂い、血の臭い、安そうな洗剤の匂い、ゴリラの臭い、駄菓子の匂い………そして、 沖田の体の匂いがする きゅぅ…… 神楽は思わずその黒布を胸元に抱き締めていた。 真っ暗だし布団にくるまっているから、外から見えることはない。自分の視界にも入らない。 見えない匂いが神楽を包み込もうとする。布団も相まって、とても温かかった。 まるで、抱き締められてるみたいだ。 ……変な気持ちになってきた。 ごそごそと、神楽は小さくうずくまった。 徐々に浮かび上がる光景。 匂いの主が、ぼんやり浮かぶ。目の前で神楽に意地悪そうに笑いかけていた。「これ、返すアル」 神楽が腕に持っていた隊服をつんと突きつけると、おやおや?と沖田は面白そうな笑みを浮かべていた。「いいのか?あんなに肌身離さずくるまってたくせに」「いい!なんかこれ持ってたら変な気持ちになるアル」 惑わされそうだから!と、神楽が唇を尖らせ文句を言おうとすると、 突然目の前の沖田が神楽の体をきゅぅっと抱き締めてきた。「お、おい……!」「これがチャイナのお望みだろ?」 正面から抱き締められ顔がよく見えない。正直抱かれてる感覚も全くしない。 ただ、すぐそばから香る匂いだけは、確実に感じとることができた。 ふわりと色素の薄い髪。低く甘い声。 それだけで、心臓が焼かれそうなほど、熱くなった。「布団の中で抱かれてるみてェだったろ?……な?」「そんな……こと……」 心を掠めた甘声に、下の腹からとろんと痺れるようだった…………「……何これ」 ピヨッピヨッと、朝の鳥が窓の外で爽やかに鳴いている。 それほど早起きではない銀時が既に起きて、朝支度を済ませても。いつも通り新八が出勤してきても。いっこうに起きてこなかった神楽。多少イライラしつつ起こしに来た銀時。 まだ寝癖の残る頭を掻きつつ押し入れをガバッと開けると、銀時の目が点になった。 そこには、わりとよく見慣れた黒い服装を胸の前でさも大事そうに抱き締めて、気持ち良さそうにすやすや眠っている神楽がいた。 何これ?どっから持ってきたこれ? しかもいったい何の夢を見ているのだろうか。何かあったのかと後から部屋にドタドタ入ってきた新八の物音にすら気づかずに。神楽は少し嬉しそうに顔を赤らめて寝続けているのだ。「銀さん、なんか起こすの気が引けます僕」「……うん。てゆーか俺ちょっとドン引きかも」 押し入れの中で眠る神楽にどう対処していいのかわからず、二人は朝イチ早々、途方に暮れていた。*****「へー、旦那が珍しいですねィ、団子奢ってくれるなんざ」 ほっぺには団子を頬張りもぐもぐと、手には団子の竹串を持ったまま、沖田は隣に座る銀時にごちでーすと軽く頭を下げた。 銀時は、持ってきていた紙袋をごそごそと持ち上げ、沖田の目の前にトンと差し置いた。「これ返却」「わざわざどーも」 沖田は団子をすべて頬張り終え、ひょうひょうとしている。 これに対して銀時は、視線を下に落としたままやるせないような表情を浮かべていた。 そんな銀時に、わざとらしく沖田は明るく尋ねた。「あーれ?わざわざクリーニング出しちゃったんですかィ?」 沖田は紙袋から中身を取り出しつまみ持ち上げていた。 それは、先日沖田が神楽に貸した隊服だった。綺麗に畳まれ、クリーニング済みのビニールにきっちりと覆われていた。 沖田は替えの隊服を今日も羽織っている。堂々と制服姿で甘味処に腰掛けていたのだった。「あんま変なこと企むんじゃねーぞクソガキが」「変なことってなんです?」 無邪気にとぼけている沖田に、あの朝以上にイライラしつつ、銀時は軽く木刀の持ち手を握っていた。 その様子とほのかな殺気に、沖田はよっと腰掛けから立ち上がった。「なるほどねィ。匂いは持ち帰らせないってわけですかィ」 目にも止まらぬ速さ。沖田は紙袋の広い面で銀時の振りかざした木刀を器用に受け止めていた。 バシンッ!!と、紙袋の激しく擦れた音に、周りの視線が一瞬にして二人へと注がれていた。 銀時は口角を上げにやりとするが、その胸奥には怒りが満ちていた。 沖田は相変わらずけろっとしている。「てめーの望み通りか知らんが神楽があまりにもぎゅうぎゅう抱き締めて眠ってたんでな。なんつーか銀さんすげーイライラしてんの!わかる??親の気持ち的な!?わからないよねぇ沖田くんには??」「へへっ、俺の魂胆バレちまいやしたか」「今日の団子代は手切れ金っつーことだ。二度と変な真似すんじゃねーぞ!?」「いいですよもう、匂いなんて、」 沖田はサッと後ろに飛び退き銀時との間合いをとった。 銀時は木刀をまだ握っているが、それ以上はもう問い詰めようとしない………つもりだった。 しかし、「今の旦那の言葉だけで十分抜け……」 沖田が言い終わらぬうち、ふっざけんな!!と銀時は木刀で襲いかかってきた。 これをかわしつつ、やれやれ今日はチャイナじゃなくて旦那と決闘か、と。沖田はうんざりしつつも少し楽しそうだった。 [12回]PR