Moratorium shu x haruka 2012年12月18日 ハルカは思いの丈をぶつけた。 ハルカの人生にとって大きな出来事が起ころうとしている。そんな予感は、まさにその通りだった。ハルカはポケモンセンターに荷物を置いて、そっと海辺に向かった。待ち合わせ場所を指定したのはハルカの方。町の中心地から少し離れているため、少し歩かないといけない。いつもよりも身軽な格好、モンスターボール以外は特に何も身に付けず、手ぶらの状態で。足取りはゆっくりゆっくりと、けれど確実に前へと進む。海からの風を遮るための林の柵を抜ける。そこは空が拓け、眼下には砂浜が広がっていた。白い砂浜の向こうには一面の海。茜色の空に包まれて、普段は蒼く染まる海もこのときばかりはキラキラと、紫色から赤やオレンジ、複数の色が混ざりあって輝いていた。ハルカはしばらくその景色に見とれていた。けれど、ふとここに来た目的を思い出し、慌てて周りをキョロキョロと見回した。夕暮れの、海開きのシーズンは少し過ぎた秋の景色。夏は賑わうこの広い浜辺も、今は誰一人見あたらない、静かな場所だった。だからこそ、ハルカはこの場所に決めた。旅の中で何度も海は目にしてきた。けれどこんなに街に近いのに、こんなに静かな海を見るのは初めてだった。ホウエンのカイナやミナモにも、きれいな砂浜と海はあった。けれどそれらとはまた違った雄大な景色だった。大きく包み込んでくれるような空と海、ここなら、なんとなく安心できるような気がした。「……あ、いた」ハルカは砂浜の上に人影を見つけた。その視線の先には、広い景色の中でただ一人、オレンジ色の海を眺めている姿があった。その隣に小さな人影……ではなく、ポケモンの影がいる。大きさとその姿形から、それはロズレイドであることにハルカはすぐ気がついた。そっと一歩を踏み出した。 砂浜はハルカの足を一歩一歩踏み出す度に吸収する。柔らかくて、さらさらの砂は少し歩きにくい。ハルカの思いに合わせるかのように、前へ進むことを遮ろうとする。腕を大袈裟に前後に大きく振る。それに合わせて一歩一歩、足もいつの間にかやや大股に、前へと繰り出す。あと少しで、前の人物の元にたどり着く……ぼさっ鈍く柔らかい音に、シュウとロズレイドは反応して振り返った。そこには、片足をすくわれて、顔面から砂浜に突っ込んでうつ伏せに倒れている一人の少女がいた。「……ハルカ?」シュウは少女に呼び掛けた。途端、バサッと顔をあげて、驚いた顔を向けられシュウは驚いた。「ご…ごめん……ケホッ」砂が口に…そう言いながら体をおこし、その場に両足を斜めに畳んでハルカは座り込んだ。そして軽くむせていた。ハルカは顔や腕の砂を払い落とす。見かねたロズレイドは、ちょこちょことハルカに近寄って服や足元の砂を払ってあげた。「あ、ありがとう、ロズレイド」ロズレイドに遅れて、シュウはハルカの方に近寄って、少しかがむ。ハルカをまっすぐ見つめ、黙って片方の手を前に差し出した。「ごめん…」ハルカは遠慮がちに手を伸ばし、シュウの手に重ねた。シュウはその手を握り、ゆっくりとハルカを引っ張り起こした。「ケガは?」「だ、大丈夫かも。砂浜だし」あ、あれ?今日は美しくないねーとか、言わないのね。恥ずかしさを誤魔化しつつ、少しおどけて言うハルカに、まぁねとシュウはいつも通りの口調で、けれど表情を変えずに返した。いつもの二人よりも、少しぎこちないやり取り。ロズレイドは立ち上がった二人を見上げた。これから何が起ころうとしているのか、シュウから聞いたわけではないけれど、わかっていた。シュウとは長い期間一緒にいる。だからわかる。けれど、こんなに長く一緒にいるのに、今日のシュウは、ロズレイドにとっても初めて見るシュウだった。「じゃぁロズレイド、戻ってくれ」シュウはモンスターボールをロズレイドに向ける。ロズレイドは、わかっていたよというように、大人しくボールの中へと戻っていった。砂浜には二人の人影しかいなくなった。 「話って?」シュウは短く尋ねた。うん、とハルカは、シュウの顔をまっすぐ見た。ハルカがここに来るまでの間、明るく照らされていた夕焼けの景色はいつの間にかトーンを落として、薄暗い夜が景色を飲み込もうとしていた。一番星がようやく見え始めたような頃だった。けれど、ハルカもシュウも一番星に気づかない。お互いの顔を見ていた。時間にしてそんなに長いはずではないのに。二人とも、時がスロー再生されているかのようにこの瞬間を感じていた。ハルカが頷いてから、ようやく、口が開かれた。「あなたに伝えたいことがあるの」いつも元気でハキハキと話すハルカとは全然違っていた。静かに、穏やかな声色でけれど、まっすぐとその言葉はシュウに届いていた。シュウは黙ってハルカを見ていた。伝えたいことって?なんて、聞き返さない。もうだいたい、予想はついていたから。ハルカに、この浜辺に来てほしい、と頼まれた。この街で開かれたコンテストが、ちょうど終わったあとだ。結果は、ハルカが優勝。シュウは準優勝。インタビューが一通り済み、二人きりになった控え室で言われた。その時から、何故だかなんとなくもう感づいていた。それは客観的に見れば、自惚れだと思われるものかもしれない。けれど、ほぼ、確信だった。根拠のない、けれど確信できる予想。シュウにとっては、初めての感覚だった。自分の心臓の音が、聞こえる。ハルカも同じだった。とくとくとくっと、波をたてる音がする。それは感じたことのないほどの速い間隔で。このままだと体がどうにかなってしまいそう。まるで急かされているようだった。そしてハルカは、シュウの目を見た。「……シュウ、私、 あなたのことが、好きです」 そう言ってすぐにハルカは視線を下に逸らした。薄暗い砂浜が視界に映る。いけない、逸らしちゃ…またシュウのことを見た。薄暗いけれど、ちゃんと表情は見えた。シュウは、ハルカから少しだけ視線を下に外している。小さく笑っていた。照れたように、フフッと小さく声を漏らす。それは、いつものハルカに対する、嫌みの込もったような笑い方とは違う。思わず唇からこぼれてしまったというような、照れたような、そんな声だった。こんなシュウを、ハルカは初めて見た。これ以上ない程の恥ずかしさをごまかすように、ハルカもシュウにつられて小さく笑う。そして、「…私と付き合ってください」言葉の最後の方は、ほとんどギリギリで声になっているぐらいの小さな声だった。ずっと心にあった重みからの解放感、とめどない恥ずかしさ、初めて見るシュウの表情への愛しさ、それらすべてがぐちゃぐちゃに混ざり合って、涙が出そうになっていた。ここ、泣くとこじゃない。ハルカは心でそう自分に言って、涙は流れずにすんだ。シュウは、気恥ずかしさでこのときばかりはいっぱいであった。ここに来るまで予想していたことが、起こった。覚悟していたつもりだった。だけど、シュウは心臓の音を止められなかった。こうして、こんなにまっすぐに思いをぶつけられたことなんて、今まで無かったから。嬉しいような気持ちとくらくら目が回ってしまいそうな気持ちとどちらも素直な感情。正直ここに立っているのがやっとというくらい、頭の中は真っ白になった。今すぐ何か口を開けば、冷静な言葉が出ないと思った。少しだけ、間を持った。沈黙の中、小さく息を吸う。長い長い、実際にはほんの少しの、空白の時間ができた。シュウの心臓は少しだけおさまった。シュウはハルカを見た。そして、斜め下に視線を落とすハルカにかける言葉が、冷静になった今もまだ見つからなかった。夢でもみてるみたいだ。そんなふうにも思えたけれど、砂浜に吹き続ける風を肌に感じて、ああ夢じゃないんだと思い直す。シュウは一歩だけ進んでハルカとの間合いを詰めた。そしてその重い唇を、ゆっくり開く…次の言葉を、ハルカは待った。 [2回]PR