兄妹2 okita x kagura 2015年06月03日 兄妹のつづき 神楽が気がつくと、空はまだ明るいが、太陽は西へと傾き始めた頃となっていた。そろそろ橙色に染まり始めてもおかしくはない。 虚ろな目をぼんやりと開けている。視界の位置がやけに低く草や土が目の前に見える。 また、頭の後ろには固い感触を感じていた。随分寝心地の悪い枕だな………と、神楽が首を少し捻ると、泥や草の欠片でまみれた黒の布地。あれ?何だヨこれ。ばっちィアルな。そう思いつつも、やけに温かくて落ち着いていた。しばらくぼーっとするうち………あ、膝かと気づく。人間の膝、黒い制服……誰だ。「……あれ?」「おぅ、目ェ覚めたんならさっさ起きろ」 神楽は声が降ってきた方へ首を向けた。目をぱっちり見開く。そこには、平然とした顔で自分をまっすぐ見下ろす沖田の顔があった。空は見えない。沖田の背後は傘の裏側が覆い日光を遮っている。 神楽は状況を理解した。自分は、傘をさした沖田に、膝枕されてるのだ……! そして跳ね起きた。「うぎゃっ!!」「痛っでッ!!」 ゴチンと、鈍い音が河原に響いた。勢いよく起き上がった神楽の石頭がもろに沖田の顔面を直撃したのだ。 沖田は座ったまま両手で顔を覆いもがいていた。傘は沖田の後ろ側へひっくり返るように転がった。泥まみれの真選組の服装には、鼻から垂れた赤い血がポタポタと流れた。 そんな沖田には目もくれず、神楽は立った姿勢でお尻や足の土をペシペシと払った。ついでに、目に見えない菌が付いたッ!と。後頭部も念入りに払った。「なんで?なんでお前の膝に私が寝てたアルか!?」「痛ってて……てめーが空腹で気絶したから介抱してやったんだろィ。なのに何この仕打ち」「介抱って!膝枕する必要がどこにあんだヨ!余計なことすんじゃねーヨ!!」「あぁ?お前が酢昆布酢昆布うっせーから食わしてやったんだろィ!感謝しやがれ!」 鼻血を片手で止めつつ、もう片方の手で神楽にペラペラと見せた物。それは神楽の大好きな酢昆布。沖田の手にあるもの以外にも数個の酢昆布のパッケージがすぐ近くに散乱していた。 神楽はちょっとだけ納得する。寝ている神楽の口から、酢昆布を注入してくれたのか。たしかに、神楽の口の中は酢昆布の風味が残ってる。なるほどだからか。倒れる前と違って、今は力がみなぎってくる。 ……いや、待てヨ。 寝てるやつに口から食べ物つっこむか普通!?「つーか傘返すネ!」 神楽は沖田の背後にまわると、落ちていた傘を拾い、そこについた草や泥をパシパシと払った。 ただ、沖田が日光を遮ってくれていたことはとてもありがたかった。あとは、たぶんきっと。頭に土の泥がつかないように膝枕してくれていたのかもしれない。なかなかとれない傘の泥と格闘しながら神楽はそう考えていた。「……報酬は先に出してやったんだ。大人しく俺の言うことを聞け」「嫌アル!寝たまま食べたってせっかくの美味しさが感じられないままネ。こんなんじゃ報酬とは言えないアル!」 そう言って傘をさし、仁王立ちしていた神楽。はぁ……とため息をつく沖田は神楽のすぐ横であぐらをかいて座っていた。そんな沖田のことを神楽は見下ろした。 先程目を開けたときの光景。黒く丈夫そうな布でできた真選組の制服が、なぜか泥だらけであったことを思い出す。今見下ろしている沖田の制服はやはり泥だらけ。なぜこんなに汚れているのか。 ……そういえば、探し物をしているとこいつは言っていた。こんなに汚れるまでいったい何を探し回っていたのだろうか。どうも沖田のキャラとして不可解な行動だ、と神楽は考えていた。「……そんなに大切なもんアルか?その探し物って」 神楽の問いかけに、沖田は黙って立ち上がる。そのまま時間が惜しいとばかりに再び草むらへ入っていこうとするため、後ろに神楽は続いた。「昔姉上からもらったもんでさァ…」 神楽に背を向けたまま沖田は言った。そしてその場にしゃがみこみ、再び探し物を始めていた。「お前姉ちゃんがいたんだっけか」 そういや銀ちゃんからそんな話をちらっと聞いたことがあった気もする、と神楽は回想する。……いや、違うか。あれは銀ちゃんが読みかけで放置してたジャンプでパラパラと見たのかもしれない。 いずれにしても、こいつが三途のウォッシュレットを渡ってまで会いに行きたがるような人物であることは確かだ。神楽はそこまで思い至ると、このまま無下に手伝いを断るわけにもいかないか……と考えを廻らせた。「おい、ボーッとしてねェでてめーも探せ」 草陰から姿の見えない声がした。「たく……」「小せェ御守りなんだ。鈴とか付いてねェから血眼で探せよ。あと踏むんじゃねーぞ」「人にお願いする態度アルかそれ」 神楽は酢昆布を頂いた手前、何もせず帰ることも、なんとなくできなかった。そして、柄にもなく腰を屈め、泥にまみれながら御守りを探している沖田のことを、放っておくこともできなかった。「仕方がないアル。ここは物語のヒロインとして協力してやるネ」「よ。さすがヒロイン。太っ腹」 棒読みの相槌に、太ってねぇヨバカ!と叫びつつも、神楽は沖田のあとに続いて草を掻き分け始めた。 小一時間は経過したであろうか。あまりにも探し物が見つからず。途中でしびれを切らした神楽が「銃口で川原を焼け野原にすれば早いんじゃネ?」と提案し、沖田から「そんなことしたら探し物ごと焼失するわ」と普通にたしなめられる、というちょっとしたアクシデントを除き、二人はひたすら地道な作業を繰り返していた。 沖田いわく、この場所でなくしたことはほぼ間違いないらしい。「てゆうか、なんでこんなめんどくさいとこでなくしたアルか?そんな大事なもん」「おー。そいつァこれが理由だ」 やけに堂々とそう答えた沖田は、ポケットから酢昆布を取り出す。先程神楽が寝ている間に食したものと同じものである。「こいつァお礼でもらったもんだ」「誰からアル?」「知らねェガキだがな。そいつが散歩させてた犬がこの川で溺れちまったんだ。で、俺がわざわざ助けてやった」「マジでか!…お前もたまには仕事するんだな」「たりめーだろィ。これでも江戸のために働くお巡りさんなんだからな」「ふーん……てか、お前はなんで川原にいたネ?」「昼寝に決まってんだろィ」「働いてねーじゃんかヨ!」 まぁとにかく、どうもそのときに御守りを落としたようで。普段は上着のポケットに入れているらしいが、川に入るとき、上の隊服は一度この辺りで脱いで放置した。川から犬を抱いて戻ってくるとその子供から、せめてお礼にと駄菓子の酢昆布をもらった。子供を見送ったあと、気づけばポケットから御守りは消えていたらしい。「……ひょっとして、スられたんじゃないアルか?その子供に」 神楽は引っ掛かった。「……やっぱそう思うか?」 あんまその可能性は考えたくねェんだけど…、と沖田は言葉をもらす。 自分が情けないということもあるが。それ以上に、小さな子供がそう簡単に盗みを働くところをあまり想像したくない。 それに沖田にはまだ引っ掛かることもある。 犬を救いだす間、子供が何をしていたのかについてはたしかに沖田は見ていなかった。だが、金目のものはひとつも盗まれていないし、なんなら制服ごと盗むことだってできたはずだった。それを、あんなクタクタの御守り一個だけをかっさらっていく意味がわからない。「お前らチンピラからスリやるなんざ。大したチビッ子アルな」「参ったな……どこのガキだかわかんねーし」「いい気味アル。お前らがシコタマぶん取ってる税金に比べれば、御守り一個なんて安いも…」 安いもん大したことない、と。神楽は言いかけたが、やめた。 前髪を片手で掻き上げたままじっと考え込んでいる沖田。本当に困ったという顔をしている。そんな彼に、御守りをディスるような発言は、少しかわいそうに思えた。 そう、御守りと御守りの渡し主に罪はないのだから。神楽は言葉を変えた。「……そのチビッ子、どんなやつだったアルか?」「お前に説明したところでなんになんだよ」「私の顔の広さナメんなヨ!ラジオ体操なり虫相撲大会なり、いろいろ参加してるネ!」 その言葉を聞き、呆れたようにヘッと笑いつつ、沖田は神楽に子供の特徴を説明した。 それはごくごく普通の女の子で、寺子屋に通う年齢よりもまだ幼いくらい。髪型も容姿も至って普通。ただ、連れていた犬が………「………なぜか不っ細工なパグだった」 それを聞いて、あ!とひらめく神楽。「それは三丁目の花江ちゃんアル」 近所でも有名な、不細工なパグを飼っている家と言えばそこしかない。「三丁目って、すぐ近くのか」「そうアル。そこ行ってみるネ」 けれど神楽は疑問だった。 花江は大人しくいつもモジモジしているような女の子で。とても沖田のような危険人物から盗みを働くような子には思えないからだ。「そうだな……見かけなかったかっつって聞けるだけでもいい。悪いが案内してくれるか」 いつになく素直にお願いする沖田。いいよと一返事で済むはずがなく。神楽はここぞとばかりに乗っかろうとした。「酢昆布じゃなくて、今晩の飯奢るヨロシ!」「………へっ、敵わねェや」 念押しのために、神楽は沖田の目の前へ小指をつんと差し出した。ぱちぱちと瞬きをした後、観念して沖田も小指を差し出した。 二つの指をぎゅっと絡めると、神楽は全身全霊込めてブンブンブンと上下に振った。「痛でっ!激しすぎ!マジ指切れる!!」 沖田の反応もよそに。ゆーび切った!と神楽の声がリズムよく宙を舞った。「約束だからな!」「へーへーわーったよ」 そして二人は並んで歩き出した。夕日の空の下、川原をあとにした。 [2回]PR