問いと答え okita x kagura 2017年11月04日 続きが書きたいです。 答えなんてとっくにあるのに。それを出さないままでいることの弱さ。 沖田はそれとなく自覚はしていた。 *****「お前私のこと好きアルか」「何、急に」 眉をひそめ、沖田は隣を見やった。 顔を合わせれば勝敗の付けがたい喧嘩ばかりの沖田と神楽。でもこの時ばかりは、いい加減決着をつけなければならない、そう神楽は思っていた。 橋の上で横並びにもたれ掛かっている。雨が降っていて周囲は昼間なのに薄暗い。そんな天気だから、今日は神楽だけでなく沖田も番傘をさしてそこに佇んでいた。互いにまだ一度も顔を見ていない。「お前が隠してても、お見通しアル」「は、何だよそれ。自惚れも大概にしとけ」「……私の質問に答えろヨ」 神楽の声は普段よりもややトーンが低く物静か。聞きようによっては怒っているようにもとれる。……それは、大事な話をしたいと思っている声色だった。なんとなく沖田も雰囲気を感じ取っている。 めんどくせぇな、と。沖田はため息をついて橋の手すりに深くもたれ掛かった。雨音が橋上に叩きつけられて高低差のないメロディーのように鳴り響く。二人の会話は都度掻き消されて、通り行く人々の耳には入りようがなかった。「会うたびに私にちょっかいかけてくるのも、私が好きだからじゃないアルか?」「単なる暇潰しだよ、そんなもん」「じゃぁ、なんで…………好きじゃないなら、なんでこないだ私のこと………ハグしたアルか」 核心を衝くその言葉に、沖田は暫し黙った。 神楽は息を呑んで、沖田が口から紡ぐ言葉を待つ。雨音が急にボリュームを上げたような感覚がした。「……テメーを脅かしてやろうとしただけ」 しばらく待って、やっと出てきたその言葉に神楽は項垂れる。やはり、沖田は素直には話してくれないようだ。「あんな、わざわざ路地裏にまで誘い込んどいて、脅かすだけなんてことないはずアル……」 服めくり上げてパンツ触ってきたくせにな、と早口でこぼす神楽。今度はすかさず沖田が言葉を挟んだ。「ンなことしてねぇよ馬鹿」「チッばれたか」「聞こえてんぞ」 神楽も事実と異なるなんてことくらいわかっている。でも、あれ?そんなことまでしてしまったっけ?なんて沖田に思わせるための脅しのような策略でもあった。だがやはり、この男はそう単純に騙されてはくれない。神楽は観念して訂正する。「……でも、キスしようとしたでしょ」 番傘の下、じっとりと沖田の顔を睨む神楽。 沖田はそこから視線を逸らそうと俯くばかり。しばしの無言が、音もなく肯定を意味する。神楽はぎゅっと目をつむると、もう一度目を開けて、沖田に文句を飛ばした。「マジでびっくりしたんだからな、お前のせいで、あの時びっくりしすぎて、何も言えなかったけど………。でも、ほんとに私、どうしたらいいかわかんなかったアル………」 訴えかける、力強いようで幼い声。 俯く沖田は黙って地面に視線を落としている。雨脚が地面を打つ様子を、ぼんやりと見つめているだけだった。 神楽は微動だにしない沖田を見て内心呆れてしまう。勇気を振り絞って過去を掘り返したというのに。ここまでしても、まだ出てこないか。その言葉は。「……私は、認めないアル。中ぶらりんじゃわからないヨ。態度で示したら伝わるだろみたいな、そんな、わかりづらいのは嫌アル」 神楽の声に呼応するように、沖田は今度は雨空を仰ぐ。傘越しの中、首を上に向け、何かを悟るか、考えるかのように。傘の陰に表情を隠していた。「………もしお前が、私が折れるのを待ってるってんなら、私は折れないアル。今日は、それを言いに来ただけヨ」 もう諦めた、と言わんばかり。神楽は沖田に背を向けた。雨もだんだん激しくなってきた頃、神楽は1歩、また1歩とその場を離れようとした、その時だ。「オイ待て」 雨の音の隙間からぴりりと冷たく聞こえた声に、神楽は足を止めた。でも振り返らない。自分から話を振っておいてあれだけれど、神楽は緊張と不安で爪の先まで冷えて震えるような思いがしていた。振り向けなかった。「テメーのその理屈はおかしいぜ」「……何がアル」「テメーが本当に折れないってんなら、あの時の俺からの行為を何故拒まなかった」「それは……その…………」「どうしたらいいかわからない?……笑わせんな。いつもの調子で俺を殴るなり突き飛ばすなりすりゃ良かった。そんだけだろィ」 ピクリと神楽の肩が震えた。 あの時、そう、あの時空気の異変に気づいた後、沖田が顔を寄せてきた時にすぐ突っぱねていれば、目の奥をじっと見つめられながら数秒間。まばたきもしないままに手を握りしめられ続けていたのを振り払っていれば……………それを神楽はできなかったのだから。もしあのまま、沖田が自ら我に返って止まらなければ、そのまま唇だって奪われていた……。 そんな、今更拒んどけば良かっただろなんて言われるなんて思いもしない。だいたい、お前なんかにそんな指摘される筋合いはないのに。……考えるほど、神楽はじりじりと胸の温度が熱くなる。「あれが、あの行為が、何を意味するのか。今の話からするとテメーは大方理解してたんじゃねーか。まぁそこまでガキでもカマトトでもないわな」「………なんで、そんなこと言われなくちゃいけないアルか」「テメーはとっくに折れてんだ。いい加減認めろよ」「……嫌アル。違うアル」 精一杯強がって見せたが、内心神楽は言い返す言葉が見つからなかった。 嫌になるほどあの時の記憶が甦る。ちょうどこんな、鬱陶しい天気だった。「こんなところまで連れてきてどうしたアルか」 薄暗い、塀で囲まれた路地裏は人の気配すらない。雨の天気だからか、野良猫1匹見かけない。こんな場所のどこに「イイモノ」があると言うのか。半信半疑の神楽の瞳に、それは映った。「………何アルか?」 きょとん、と。神楽は見上げていた。傘もささずに棒立ちの沖田の姿。 目を細め、いぶかしげに見つめた。さては騙したな?、イイモノすなわち美味しいお菓子があると聞いたから、わざわざついてきたっていうのに。目の前にいる沖田は微笑むでも嫌らしく笑うでもなく、無表情のまま突っ立っているだけだった。「……ッ!?」 と、神楽は反応する。沖田が急に力を失ってこちらに倒れこむように、ぐんと顔が近づいてきたからだ。えっ?何?と体調を気遣う間もないまま、ストン、と。そこに収まるのがまるで当たり前とでもいうかのように、神楽の肩口に沖田は顔を埋めてきた。 何してるアル……、なんて、声も出せないほど神楽は驚き固まっている。すると後ろからぐいっと引き寄せられてしまう。いつの間にか背中にまわされていた片腕が、沖田と神楽の体を密着させようと力を込める。神楽の全身が若干仰け反るような体勢になるので、バランスが崩れてしまわないよう足を踏ん張るのでやっとだった。ほんの一時、声をあげることすらできなかった。 心を奪われていた、なんて、大げさかもしれないけれど。雨の染み込んだ色素の薄い髪と、そこからしたたる雫と、そして、鼻先を掠める体の匂いと温度。全身の力が、一気に抜けて溶け込むような体になってしまっていた。 神楽が手に持っていた番傘の柄も地面に落下していて、代わりに握られていたのは、熱く湿った沖田の手のひら。指を1本ごとに絡めるように、震えるように握ってくる。 ……そんな沖田は、しばらくそうした後、神楽の肩から顔を離した。 おさまったか……なんて、お菓子のように甘くはなかった。じっと数秒間見つめられて、その大きく見開かれた瞳に視線を奪われていたため神楽は気づけなかった。沖田は無意識のうちに口元が半開きで、その隙間からちろりと舌を覗かせ、ゆっくりと神楽にその顔を近づける。息遣いが聞こえてくるなんて甘ったるい距離感ではない。切羽詰まったように呼吸音がガンガンと耳に届くような。責っ付いた様子。 そんな………そんな極限の状態で沖田は自ら思い止まった。ふと我に返っていた。それは、神楽の瞳が天気と同様今にも泣き出しそうになっていたのを見留めたから。触れ合う前に、止めたのだ。 結局沖田は、ばつの悪そうな顔をして、神楽をその場に残したまま、逃げるように去っていった。それ以上に何も言わず、何もしないまま。ただ、神楽の胸の奥に、蝕むような熱い感触を残したまま、消えてしまった。「何なら、あの時ほんとにパンツでもめくってやりゃぁよかったか」「………やれるもんならやってみろヨ。またじっとしててやるネ」 挑発し合う沖田と神楽の言葉に深い意味はなかった。お互い意地を張っていないとどうにかなってしまいそうだった。恥ずかしさも、居たたまれなさも。強気な言葉で飛ばしていないとやっていられない。「ほんとに、最低アル、お前」 神楽の言葉に、何も返さない。そんな沖田でも、決して何も感じないわけじゃない。傘の下でじっと地面を見ていた。 ちくりチクリと奥が疼くのは、未だに欲している内心と拒もうとする内心との葛藤がとっ散らかっているからだった。最低だ。そう言われて、苦しくもどこかホッとしてしまうのは、嫌われることに慣れまくった嫌な性分が身に染み付いているからかもしれない。 沖田が自嘲したくなってきていたそんな折、ふいに、握られた右手の小指。 右を見た。 傘の柄を持たない沖田の右手は体の横で無意識にぶら下がっていたが。そこにある小指は、どこか遠慮がちに包まれていた。人差し指と親指で、おそるおそる摘まんでいるのは、沖田よりひとまわり小さい神楽の手だった。「………お前こそいい加減、折れろヨ、アホ」 言ってほしいのに。そんな直接的な催促の言葉すら出せないのは。どこかで神楽も自信がないからだ。本当に、ただの自惚れかもしれない。抱き締められても、キスされかけても、まだ確信が持てない臆病な手が、小さく小さく沖田へと訴えかけているのに。 沖田はこれに答えようとはしない。「……他力本願はどっちでィ」「お互い様アル」 摘ままれた小指を振り払うこともせず。沖田もまた、あの時の神楽の柔らかい体の感触を思い返すばかりだった。 服越しとは言え、抱き締めたくて仕方がなかった。口の中まで撫でるようにキスしたかった。そんなあの時の衝動が、今になってまた襲ってこないようにと、震える思いで願っていたのだ。「……言わねぇよ、俺は」 言うものか。絶対。 言ってしまったら最後だと、思っていた。 言わないことで、ギリギリ保っているこの距離を、壊したくなかった。今こうして隣に並んで話している空気感は、いつ壊れてもおかしくない話題ばかりを続けているのに。途切れることのない。その安心感が、不安要素だった。 沖田にとって、神楽はいつか壊さなければいけない存在だった。壊さなければ、今まで抱いたことのないようなこの気持ちを、ぶつけてしまいたくなる。何ならもう、ぶつけてしまったも同然のはずなのに。抱き締めて、体温や柔らかさを感じ取って。でもまだ。少々強引な手段に出てもまだ壊れやしない。夜兎ってやつはそういう面でも頑丈なのかそれとも鈍感なのか。少なくとも、やはり、言葉にさえしなければ壊れない。言葉にしてはいけない………。 それなのに神楽は言葉を求めようとする。気にくわなかった。もどかしい感情だけがまた沖田の脳裏に浮かんで残ってしまう。 ……何ならいっそ、奪えばよかったのか、襲えばよかったのか。 物理的に可能かどうかはともかくとして、もうこれ以上ない程の屈辱を与えれば納得してくれるのだろうか。一体どうすれば………沖田の思考は錯綜していた。「……お前は、何と戦ってるアルか、何を守ってるアルか」 神楽の声に、振り切れそうだった沖田の思考回路は、ひたりと止まった。 そこで初めて、沖田は小さく横を向いて神楽の顔を見た。神楽は目の前にいた。視線を逸らしてばかりだった沖田の真横に立って、沖田のことを視線で舐めあげている。「言わないことが、そんなに大事アルか」「……テメーにはわかんねぇのかよ」 啖呵を切るようにそう言って、ふと沖田は小さく笑った。何がおかしいアルか、と神楽が尋ねれば、沖田は泣きたくなるような気持ちで言う。「どっちかが壊すまで、壊したくねぇもん守るために、結局壊れるまで引っ張ってるなんざ、馬鹿げた話だな。我ながら」 身動きがとれないとはこのことだ。小さな指先を引き寄せてしまいたくなる。呼吸もままならない程に欲しくてたまらなくなる。 そんな想いは、もう十分伝わってるくせに…………。 沖田は、またそうした。 また、神楽の体を引き寄せて、気づけば抱き締めてしまっていた。人の通らない橋の上、こんな雨の中じゃ、目をつけられることもないはず。そこだけを思えば、それ以上に思考を巡らせる余裕はなかった。正面から、胸やお腹の辺りを密着させるように、引き寄せて離さない。 こうしていれば、顔を見られなくて済む。そして、欲を満たせた脳は多少なりとも落ち着く。沖田の思考回路は廻ることを放棄してもはや停止していた。「……お前、なんでヨ」 一方、神楽は、2度目となると少しばかり頭は冷静だった。 ほら、まただ。 またこいつは、何も言わないまま、私のことを抱き締めるだけだ。 神楽はむずっと体を動かせてその拘束を緩ませようとする。抱き締め返してなんてやるもんか。そう思って神楽は、沖田の体をじわじわ、やんわりと引き離した。沖田も無理強いはしない。ただ、音にもならない唸りが聞こえる。苦しそうに表情を歪めていた。 神楽が沖田の顔を見上げようとすると、逸らされた。今は顔を見られたくないと言わんばかりに、今度は沖田の方が神楽から離れようとする。でも神楽は片腕をがっしり掴んでそのまま離さなかった。「………言ってヨ」 神楽はもう一度問う。「結局、お前は私のこと、好きアルか」 か弱い声で、問われた。 沖田は心の中で小さく舌打ちした。ああまた、やってしまった。自分に対するそんな後悔の想いも混じりつつ、相変わらず言葉を求めてくる神楽に多少の苛立ちを覚える。どうして伝わらないんだろう。愛しさも悔しさも入り交じるような口振りで、「言えない。」とだけこぼした。 とりこぼしたその言葉を、神楽の唇に落としこむように、そっと近づいた。「やめて」 不意に冷たい言葉が耳に届いて、沖田は静止する。ほんの少し、あと少しで届く唇の距離に、また抵抗感が生まれた。 ………嫌われたかな。 冷静に分析するや否や、沖田は神楽から離れ、1歩、また1歩と後退りする。「大嫌いアル、お前なんか。大っ嫌い」 神楽のそんな言葉から、逃避するように沖田は駆け出した。神楽は背中を追いかけることもせず見送る。「………なんで、わかってくれないアル」 ……好きなのに。ただ一言、好きって言ってほしいだけヨ。 雨が止むのはいつになるのかそれとも止まないままなのか。 いずれにしても、お互いに「なんとも思ってない」なんて、上っ面の言葉だけを宙に浮かせることはもう難しくなってしまっている。 沖田がまた何も言わずに立ち去った後、神楽は自らの唇に軽く触れた。 そこに残りもしなかった、味とも呼べない想像だけの感触がちょっぴり切ない。 答えにこだわる自分にも、かたくなに答えようとしないあいつにも。腹が立つ。もう今までやりとりで答えは出ているようなものだと、そう捉えていいのかどうかは、わからないまま。 [4回]PR