酔っぱらい sakamoto x mutsu 2017年11月04日 陸奥のお誕生日の話。 「陸奥様、本日はお疲れ様でした」 少々呑んだくれてしまいフラフラしていた陸奥を部屋まで送り届けたのはオババ。点滴の支柱を杖代わりにして、わざわざ艦船の最奥まで来させてしまったことに、足取りの覚束ない陸奥は、酔いながらも申し訳ない気持ちでいた。「すまんな、オババ」「いえいえ。今日は特別な日ですからね。宴で多少呑みすぎたところでバチなんぞ当たりませんよ」 しわしわの手を振って陸奥の部屋から去っていく。帰り際にもう一度、「お誕生日おめでとうございます」と言われ、陸奥は礼を言う。部屋の扉がぱたりと閉まった途端、先程までのどんちゃん騒ぎがまるで嘘のように、しんと静まり返った部屋。 急に心許なくなった。 風呂にも入らぬまま、ドサーッと白いシーツの上にダイブする。そしてボーッと呆けていた。陸奥のふわふわした脳裏に浮かんだのは、なぜかモジャモジャした頭だった。「……なんじゃ、普段はこんな気持ち、抱かんのに」 自分の体を自分の両腕できゅっと抱き締めてみる。 坂本は今日、商談のため単身でやや遠くの星に出掛けている。艦内で盛大に行われた陸奥の誕生日会に、艦長は不在だった。 会場ではあんなに多くの皆に祝われ、酒もご馳走も頂き、プレゼントももらったというのに。何をまだ望むのだろう? 陸奥は自問自答する。酒のせいで欲深くなってるのだろうか…………何となく淋しい想いがする……………柄にもなくそんなことを考えて、もやもやとしていると……「陸奥ゥー!!陸奥起きとるがかァ!!?」 その声に、陸奥は驚いてバッ!!!と上体を飛び起こした。右を見て左を見て、慌てて声の主を探す。だがどこにも見当たらない。「ここじゃ陸奥ぅ!!おーい陸奥ぅ!!」 酔いの回った頭にガンガン響くその声はどこからともなく聞こえ続ける。陸奥むつ五月蝿いその声に「じゃかましいいい!!」と叫んで布団を蹴飛ばすと、あ痛ぇー!という声と共にガタンバタンと何かが転がり落ちた音が。 床の上に、タブレットがひっくり返って放り出されていた。「痛ーいなー、なんつってー!アハハハハ!!」「……阿呆が」 タブレットを手に取り画面のボタンをOFFにしようすると「ストーップ!!ストップじゃー!!」とけたたましく鳴き続けるので仕方なくスイッチをONにする。するとガラス越しの画面で案の定、ゲラゲラ笑ってる坂本の姿。 先程までの淋しさなどどこかへ吹き飛び、陸奥は画面ごと叩き割ってやりたい衝動に駈られた。が、さすがに高価なIT製品を壊す気にはなれず。ひとまず、部屋の隅っこの棚にタブレットをちょこんと置き、自身は部屋の対角線上の隅に避難することで解決する。「オイ陸奥ぅ。どうしてそんな離れゆうがか?」「どうもこうもなか。いきなりテレビ電話してくんな。いつも言うちょるが」「アッハッハッハ!!いやぁ。ごめんゴメン。ちっくとびっくりさせたい思たき」 アッハッハッハッッ!!!と、陸奥の部屋の隅っこから笑い声は溢れ続けている。 陸奥は盛大にため息をひとつ。……と、坂本には知られない程度に、安堵もして、顔が思わずほころんでしまう。 ごまかすようにそっぽを向いて、陸奥は遠くの画面に向かって素っ気なく話しかけた。「で、商談は?」「バーッチリじゃ!恩に着るぜよ!!おまんが滞りなく準備してくれとったお陰ぜよ!!」「わしのお陰と思うならとっとと土産ば持って帰ってこんか」「いやぁそれが。こっちの星で急に天候ばひっくり返ってな。こんな嵐の中やき、明日まで出航できんぜよ」「………そうか」 陸奥が肩を落とした様子を、坂本は見逃さなかった。なぁ陸奥、と呼び掛け、「ゴメンな」 自分ががっかりとした表情をしていたことに気づいていなかった陸奥は、はたと顔を上げて坂本に問う。「何がじゃ」「いや何って。おまんの誕生日に……」「そんなこと端から期待しちょらん」「陸奥ぅ………」 坂本が情けない声を出すから、陸奥はそれが可笑しくて。また口角が緩んでしまう。………実はまだ酒の抜けてない陸奥。ふわふわとした気持ちに任せて、ふとしたイタズラを思い付き。 無言のままおもむろに、陸奥はその場で服を脱ぎ始めてみることにした。「うわっ!ちょ!何しちょるが!!??」 タブレットから最大音量で聞こえる動揺の声。陸奥はたまらなく愉快な気分になった。「安心せィ。おまんの好きなストリップはせん。上着が暑いから脱ぐだけぜよ」「だ、誰が好きじゃ!!わしはおりょうちゃんならともかく、おまんのようなカミソリ女のストリップなんざ」「なら、その指の隙間はなんじゃ。えぇ?」「いやそのぉ!とゆうか陸奥、おまん酒呑んだがか!?」「わしの誕生日会やき当然じゃ」 タンクトップ1枚のラフな恰好になった陸奥は、ニッと不敵に笑う。画面越しとはいえ、髪を掻き上げるしぐさひとつをとっても、坂本は多少どきまぎとする。どぎまぎする自分自身に、いかんいかん!と葛藤して指を閉じたり開いたりする坂本が画面に映っていた。 けれど、どきまぎしているのは本当は、陸奥も同じだった。乾燥した唇を無意識に舐める。今夜は近くにその男がいない。近くにいないからこそ、少し大胆になれるのかもしれない。まるで何かを試すように坂本の様子を伺う陸奥は少しご機嫌だった。やはりまだ引きずるアルコールも相まっている。もし後で兎や角言われたときには酒に酔っていたせいにすればいい。 そんな陸奥は、普段口にしない愚痴のひとつでも、こぼしてみたい気分だった。「……これも報いぜよ」「む、報い??なんじゃ、わしゃおまんに破廉恥なことは求めんき、そんな報い受ける覚えは」「違う。わしらがこんな日に画面越しで喋りゆうことぜよ」 こんな、七夕の日に。 姫と彦とは普段会えず唯一廻り会えるこの日に。 わしは、おまんと、唯一会えん日になりゆうが。「陸奥……おまん珍しく淋しがって」「誰がじゃ!ド阿呆」 陸奥がムキになってタブレットに歩み寄る。部屋の隅から部屋の隅へ。画面に近づいてきた白タンクトップのその姿を見て。坂本は呟く。「なんか、デカくなったのう……いろいろ」「なっ!!」 坂本はまたまた見逃さなかった。画面に近づいてきたからこそ、よりよくわかった。陸奥が頬を赤らめていることに。目許が高揚して赤らんでることに。「………陸奥、ひとつ聞いてもええが」「なんじゃ」「おまんは今夜、わしに会いとうがか」「は?………別に」「どうもな、誘われちょる気がするぜよ」「そいつはおまんの気のせいじゃ」「わしは、おまんに今夜会いたいぜよ」「えっ……」 何を急に、と軽くあしらおうとした声は、喉元でスッと止まってしまった。坂本の目が真剣だった。サングラス越しでもわかる。画面越しでもまだわかる。今のような低く落ち着いた声を出すときの坂本はいつだって本気だった。そんなこと陸奥は当たり前のように知っている。 そんな声で「会いたい」と言われた。陸奥は息を飲む。酔いはほどよく冷めてきていた。なのに、高揚する。別の何かの気持ちが胸の奥から込み上げてくる。「………そげなこと言うたところで、天候ばかりは人の力でどうこうできん」「おまんは会いとうなか?」「それは………」 陸奥は耳元まで真っ赤になるような感覚に思わず片手を耳に添えた。ついでに手のひらを頬へ。そこにいるわけでもないのに。画面越しの視線もまともに見ることができず。やや下を向きながら、紡いだ言葉。「……会いたいぜよ」 そんな様子を、満足げに見詰め確認できた坂本は。口角を上げずにはいられない。ひねくれた女。そう思いながらも、そんな女が会いたいと言ったその一言は、坂本にとっての最高のプレゼントだったわけで。「……可笑しい話ぜよ、陸奥。おまんの誕生日にわしがプレゼントもろうた気分ぜよ」「………阿呆」 陸奥のしぐさがたまらないのでタブレットの映像を録画したい衝動に駈られたが。坂本は諦めた。このときほど、未だにタブレットを使いこなせない自分を恨めしく思った日はないと思う。「よぉし、わかった。今から帰るき、待っちょれ!アハハハハ!!」「はぁ?けんどさっき出航できんと」「何言うちょる。おまんを祝うためなら嵐でも天の川でも越えて行く。おまんはわしにとってのそういう存在じゃ。覚えとれ陸奥!」「………坂本、」 それは一体、どういう想いの意味で…………と問いたかった陸奥。しかし、 ドンッ!!! 背後で大きな音がして陸奥は思わず振り返った。反射的に腰に据えた銃に手をかけようとしたが、その手を止めた。嫌な予感しかしなかった……。「あーちなみに、もう越えたぜよ天の川。アッハッハ!!」 その笑いの声と共に、ドンッ!!!!!ともう一発扉を叩く音が鳴り、勢いよく開放された。 陸奥はすぐに悟った。背筋がピンと凍る。やらかした、完全に1本とられた、と。おそるおそる、顔を上げる。すると、そこにはやはり、さっきまで画面の中にいた(正確には今もまだ画面に映ってる)坂本がいた。バカ笑いをしながらそこにいた。「飛んで会いに来ちゃったぜよー!!」「坂本………貴様ッ!!」 わなわなと怒りで震える陸奥に、坂本はあれ?思ってた愛情いっぱいのリアクションと違う?あれ?と戸惑う。「ままま待て待て陸奥!!いつものおまんならすぐ気づくと思っとったき、そしたらいつまでたっても気づかんから、景気付けにちっくと黙って隠れてただけで」「なっ!!最初ッからそこにいたんか貴様は!」「なんならオババとすれ違い様にハイタッチしたぜよ」「………くっ……こんなことが」 陸奥は怒りを通り越して意気消沈。その場でうなだれて、再びシーツの上に力なく突っ伏した。 恥ずかしい、すべてが焼けるように恥ずかしかった。いっそ焼けた方がまだマシなんじゃないか。こんなに焦がされるような想いをして、合わせる顔もない。 ……坂本は気づく。部屋に二人きりで、陸奥は今わりと薄着のまま、ベッドの上に横たわっている。 ベッドの端が軋む音がする。陸奥は、体の向きを変えて上体を起こした。「なぁ……陸奥……」 ベッドの上、陸奥は下半身はうつ伏せのまま、腰をひねって声のするの方を見上げた。一方坂本は、陸奥の下半身に覆い被さるように、立て膝と片腕をついて、陸奥を上から覗きこむ。二人の視点が、画面越しではなく、すぐそばの距離で一致していた。 陸奥は瞬時に把握する。逃げ場がどこにもないことを。「待っ、て………」 いや、待たなくていい、そのまま…………頭の中でこだまする声と、からがらに発した声。どちらが陸奥の本心か。 これ以上ない程の戸惑いの目をしている陸奥の瞳を、じっと見据えながら、坂本は言う。「やっぱりおまん、誘うとるが」 めんこいのう……と、ポンッと頭に据えられた大きな手。それを振り払うことも思い付かないまま、陸奥の思考回路は停止していた。カミソリは一時的に錆び付いてしまったらしい。ぼんやりとしている陸奥に、坂本は……………どこからともなく大きなプレゼント箱を取り出した。「仕方ない。そんなに欲しがられたら渡さんと、男が廃るぜよ!」「………は?」「おまんへの誕生日プレゼント、そんな色目使わんでもちゃーんと準備しとるき!安心せぃ陸奥!!」 坂本は陸奥に渡す前に自らビリビリとプレゼント箱を開封する。すると、中からは大きな大きなクッションが飛び出てきた。「テッテレー!!おまんが欲しがってた抱き枕ぜよ!!なんと、わしの顔写真プリント入りじゃ!これでおまんも淋しくなかっ………てちょ!陸奥?……何を無言に………わ、ちょい待ち!!陸奥おまん……なんでそんな怒ってがぐべごはっ!!!」 抱き枕共々、思いきり殴られ、坂本は部屋の端から端へ、さらには扉を突き抜け廊下の先の先まで、轟音を立てながら吹っ飛ばされていった。 陸奥がベッドの上でポキッ、ポキッと手の骨を鳴らしていると、坂本が突き抜けていった扉にできた人型の穴の向こうから、オババがひょっこりと顔を覗かせた。「陸奥様、酔いはもう冷めましたかね」「ああ、ちょうどサンドバックが2つ手に入ってな。いい品もんぜよ」「それはそれは、ようございました」 陸奥の阿呆ー!暴力ハンターイ!!と遠くから叫び声が聞こえるも。二人は気に留めることもなく。ただ、オババの言葉に、陸奥はハッとする。「しかし陸奥様、やはりまだ顔が赤らんでいますよ。お休みになられては?」 まだ酔いが冷めていないのかと心配された陸奥は、「……あんなサンドバックが部屋にあったら、冷める酔いも冷めんぜよ」 そう言って、どこか嬉しそうにプッと、吹き出して笑う。今宵の酒はなかなか引いてくれそうにない。棚の上でONになったままのタブレット。そこに映った自分の顔を見て、陸奥は観念した。 [0回]PR