月4 okita x kagura 2015年07月05日 月3のつづきです。辿り着くまでが長く感じるものだ。 槻の木の下で待ってるときは、別になんとも思わなかったのに。今日のような待ち合わせに、私は慣れていない。落ち着かないからその場で足踏みしていた。 いっそ、槍が降るなり台風が来るなりしてくれればよかった。そしたら、今日という日がなくなったのに。こんな緊張しなくて済んだのに。 ものの見事に今日は快晴だった。 ……ついに、デートという名の憂鬱な日がやって来てしまった。 あいつはまだ来ていない。そりゃそうだ。まだ待ち合わせの時刻より2時間も早いのだから。 昨日は悶々としてあまり眠れなかった。 銀ちゃんに愚痴っても、新八に八つ当たりしても。私のモヤモヤは途絶えなかった。 どうせ万事屋にいても地団駄踏むだけ。二人に冷やかされるのも嫌だし。今日一日あいつより優位な地位に立てるし。先に待ち合わせ場所に居よう! そう決めて、予定より2時間以上も前の今。私はここにいる。 時刻は午前8時過ぎとなった。 通勤ラッシュで、列車の駅の人通りは混雑しすごいことになっている。こんな中、あいつを見つけられるのだろうか……。でもまぁ、さすがにこの時間には来ないだろう。 今日のあいつは、どんな格好をしてくるのかな。 あいつは第一声、何を言うだろうか。 髪飾りに気づいてくれるだろうか。 ……気づけばあいつのことばかり考えていた。今朝、目が覚めたときから。いや、昨日からずっと。いや、……もう今週に入ったときくらいからずっとずっと。 この日のことをひたすらに考えていた。 たった1枚のペラペラのチケットごときに。私はここまで踊らされてしまうのだ。先が思いやられていた。「……これじゃまるで私の方が恋してるみたいヨ」 いや!断じて違う!と言い張りたい。私は今日、あいつに付き合ってやるだけ。私は遊園地という場所に行ってみたいだけ。 たまたま利益が一致しているだけなんだ! その建前を心に深く刻み込もうと、その場で大きく深呼吸をした。朝の空気は少しだけまだひんやりとしていた。 時刻は午前9時となった。 まだあいつは来ない。 待ち合わせは午前10時に駅前で。あいつは北口と南口。どっちから来るのだろう?ちなみに私のいるここは中央改札口前だった。 1時間前よりも人通りはまばらになってきた。一人一人の格好をきちんと確認できるくらいに。 ここで私は、人間観察という名の暇潰しをしていた。耳に何個も穴開けてキャピキャピ露出の多いクソ女。鼻に穴開けてじゃらじゃらやかましいもん身につけたクソ男。たまにそういうやからを目にしては、ペッと唾を吐いた。中には周りもはばからずにベッタベタしてやがるクソカップルもいる。ペーッ!と唾を遠くに吐いて命中させたりもした。 ……そんな私はというと、いつもと変わらない服装だった。凝ったおしゃれなんてして来るもんか。普段通りの身なり。傘はいつもの変哲のないやつ。チャイナドレスもこの前の反省を生かし、ちゃんと袖付きのものを着てきた。スリットも控えめのもっさいやつだ。 ただ、姉御が新八を介してわざわざ貸してくれた、可愛い髪飾り。せっかくなので。これだけは、いつもと違うものを身に付けていた。 お花のモチーフがついていて。キラキラ反射して光ったりもする。歩くとモチーフがふわりと揺れて、とっても可愛い飾りだった。髪飾りに合わせて、両サイドのお団子は形を少しだけ崩して結っていた。例えるなら、月に代わってお仕置きする女子高生の髪型をもう少し短くまとめたような感じだった。これは自分一人じゃうまくできんかった。だから朝っぱらから銀ちゃんとぱっつぁん、二人に手伝ってもらって。ようやく綺麗にセットできたのだ。「さすが姉上だなぁ……神楽ちゃんよく似合ってるよそれ」「そ、そうアルか!」「あと神楽、これ持ってけ」 出掛ける直前、銀ちゃんがポーチを手渡してくれた。お金を持ち歩くための小さなポーチ。中には、いつもよりも多めのお小遣いが入っていた。「……これ、いいアルか?」「まぁ、奢ってもらうにしてもな。あいつに金出させすぎんなよ?後々が面倒くさそーだからな」「……ありがとう!銀ちゃん!」 いつもよりもパンパンになったポーチを抱えて、私は万事屋(うち)を出てきたのだった。「……でも。もしこれで、あいつ来なかったらどうしよう」 駅で待ちぼうけしてると、そんな不安がふいっと頭をかすめた。 今日までの間、この日が無くなればいいのにとあれだけ思っていた。なのに、いざここに来たら。ちゃんとあいつは来てくれるのか。来てほしい。そわそわする。 だって。もしあいつが来なくて。私一人がこんな場所で一人待ちぼうけを食らうなんて。バカみたいな話になるネ。もしくは、ドッキリでしたー!、なんて。言われた日にゃどうしよう…。この可愛い髪飾りだって。パンパンのポーチだって。張り切りすぎだなんてバカにされたら、どうしよう……。 そんなことがあろうものならあいつの顔面殴り飛ばすに決まってる。でも、想像すればするほど、胸が痛くなってきた。 ……やっぱり、何から何まで普段通りで来れば良かったかな。 胸の鼓動が速くなってきて苦しい。どうしよう……緊張してきた。 時刻は9時半。 そろそろあいつが来たっておかしくない時間帯。トイレはついさっきもう済ました。身なりのチェックもした。歯に朝ごはんが挟まってないかも確認済みだ。 胸がどくんどくんと五月蝿かった。なんだかもう、その場に立っていられなくなった。 駅の壁にもたれ掛かる体制でしゃがみこみ、私はうつむいていた。 心臓がずっとドキドキしっぱなしだった。このままじゃ体がもたない。 もう今なら、吊り橋効果でどんな男が来たって一発で惚れてしまうんじゃないだろうか。それくらい頭がブリーチしていた。 いっそナンパ男でもいいとさえ思う。誰かここから連れ出してくれ!私を早くここから解放してくれッ!!「……どうしたのお嬢ちゃん?気分でも悪いの?」 その声に驚いて、顔を上にあげた。すると、制服姿の太った駅員さんが、心配そうに私を見おろしていた。 ……別に惚れやしなかった。「だ……大丈夫ですネ。ちょっと緊張してるだけアル」「いや、緊張してるレベルの顔色じゃないよ君。待ち合わせかい?代わりにここに来る人見ててあげるから。駅員室で休んで待つ?」「ほ、ほんとに大丈夫アル!」 体調不良でもないのに、駅の人にそんな厄介になるなんて恥ずかしい!両手をブンブン振って拒否の意を必死に駅員さんに伝えていた。 ……ちょうど、そのときだった。 私たちのすぐ横を、別の駅員さん二人がゆっくりと通り過ぎた。誰かが体の両側を駅員さんに支えられ、駅員室に運ばれていく……。 その男は全体的に黒っぽい服装で。頭の色は亜麻色で。頼りない足どりで歩く………それは、見たことのある後ろ姿だった。「………あ」 私の胸のドキドキは、しゅんと収まった。「……大丈夫かい?二人とも」「もう緊張のしすぎで体壊さんようにね」「熱中症にも気をつけるんだよ」 駅員さんたちは口々にそう言って。私たちを駅員室から送り出した。心配半分、冷やかし半分ってとこだろうか。 私はもう、別の意味で顔が真っ赤だった。「……お前のせいで恥かいたアル」「し、仕方ねーだろィ……ここ着いたらなんか緊張で胸焼けみてーになっちまったんだから」「動悸息切れ気つけに救心アル。今度から持ち歩くヨロシ!」「なんだそりゃ。ラッパのマークのやつか」「ちょっと違ぇヨ」「つーかお前こそぶっ倒れかけてたくせに人のこと言えねーだろ」「私はまだ自分で歩ける程度にはしっかりしてたアル!」 こいつはいつも通りの服装だった。ただ、重苦しい上着は着ていない。制服姿で。腰に刀を携えてはいるが。いつもの白いスカーフは身に付けておらず、首もとの肌が見えている。少しだけ楽そうな格好をしていた。 やっぱり、変に凝った服装してこなくて正解だった。私たちはこれくらいで十分アルな。「で、どの列車に乗るアルか?」 私は改札前の掲示板の前に立って見ていた。この駅からは複数の行き先がある。向かう場所によっては乗り換えだって必要だろう。 路線図をじっと眺めていると。腕をぐんと後ろへ引っ張られたから驚いた。「こっち」「へ?なんでアル?」 こいつはぐいぐい私を引っ張って、改札からだんだん離れていく。人混みも遠ざかっていく。ついに駅の出口から外へ。そしてロータリーの端にまで連れてこられた。 ……私は、目を疑った。 そこには、目付きの鋭い、一台の黒色自動車が駐まっていた。こいつは無言で、その扉を開けた。「え?……こ、これで行くアルか??」「……ほら、早よ乗れ」「ギャッ!!」 私は後ろからお尻を蹴られ、後部座席に詰め込まれた。端から見ればどう考えても誘拐犯の作法だ。 柔らかい座席シートに顔面をぶつけ、痛くはなかった。顔を普通に上げると、窓から見えたこいつは運転席の方へ回りこむ。そして扉が開き、私の前に乗り込んだ。開いていた2枚の扉が、自動でバタンと閉まった。空間が密閉された。 私はまだ信じられないでいる。目をぱちぱちさせた。 とりあえず体制を立て直して、席にきちんと腰掛けた。 こいつは無言のまま、車のキーを挿し込み、シートベルトをグイッ、カチャッと装着し。レバーなりボタンなりを手際よく操作した。無駄な動きは一切なくて手慣れていた。 すると程なくして車は振動し、エンジン音を静かに響かせる。自動車は私たちを乗せ、走り始めたのだ。「く、車で行くアルか!?」「地理的に車の方が早ぇからな」「お前が駅で待ち合わせっつったから、私はてっきり列車かと……」「わざわざ来させてすまんかったな。……けどそいつァこれが理由だ」 そう言って、ハンドルの横にあるどくろマークのボタンを、ポチっとな、と押した。すると、ぶるんと車体が震えたのち、何かが車から勢いよく発射される音。そして、うわぁぁあ!と車の後ろの方から、複数名の悲鳴が聞こえてきた。「何アル!?」 驚いて車の後ろの窓を覗きこむと……「銀ちゃん、新八………ゴリラにマヨネーズまで………」 気絶している見知った人々が道路の真ん中に倒れていた。何かのゲームのゾンビのごとく、うつ伏せに倒れ片手をまっすぐこちらに伸ばして流血しながら。銀ちゃんは倒れていた。その姿が一番目に焼き付いた。 けれどすぐに遠ざかり、4人とも見えなくなってしまった。「ぎ、銀ちゃーーん!ぱっつぁーーん!助けてヘルプミィィーー!」「……やめろ窓開けて叫ぶな。俺がしょっぴかれちまうわ」「お前のやってることは誘拐犯と大差ないアルヨー!」 ……でもまぁ、銀ちゃんと新八はあの程度の狙撃で死ぬことはないだろう。私はさっき開けたばかりの窓を、ウィーンと閉めた。 それはともかくとして、驚いた。普段大して仲良くもないあの4人が、一致団結して私たちをつけていたということに。「万事屋までてめー迎えに行こうかとも思ったが。外野があんなだったからな……」 はぁ…とハンドルを握りながら短いため息をついた。 私と同じように緊張していたはずのこいつは、やつらの存在に気づいていた。それに対して私は、全然気づけなかった。なんだか悔しい。 ゴリラたちはともかく。銀ちゃんと新八はもしや、私と一緒に2時間前からずっとスタンバってたんだろうか。だとしたら死ぬほど恥ずかしい。帰ったらお土産ついでに一発ずつアッパーでもくれてやろう。 そうこう考えながら、私はもう一度前を向いて座った。シートベルトもきちんと締めた。 そのときちょうど青信号の十字路で。ウィンカーを鳴らしつつ、やつはグルッとハンドルを切っていた。ちらりと一瞬、こちらの後窓に視線を向け。また前を向いて。横手の道路へと上手に曲がりきった。そしてまたまっすぐ運転する。すべてが本当に慣れた所作で。さっき駅で死んでたやつと同一人物とは思えないほど、頼もしく思えていた。 ……ああ、まただ。 しばらく収まっていたはずの私の胸が、とくとくと小さく鳴り始めた。こんな密閉空間だから、余計に意識してしまう。 私はおもむろに横の窓に視線をそらした。後へ流れていく景色に気を紛らわせながら。前に座るそいつにたわいない話でも吹っ掛けてみることにした。「……これって、お前の車アルか?」「いいや、真選組(うち)に置いてる覆面パトカーだ。パクってきた」「いいアルかそれ?」「他の野郎共もそうしてるんでねィ。覆面ならいいってのはまぁ暗黙のルールだ」 ふーん…… 私が生返事すると、こいつは片手でガサリと足元に手をやった。そして、ポイッと2つの物を私に投げ渡した。 それは、パトカーによくついてる赤いサイレン。そして、小さく畳まれたちょうちん。広げると「御用」の筆字が刻まれていた。これらを取り外せば普通の自動車になるのか。初めて知った。「大江戸遊園地まで小一時間で着くから。大人しくしてろィ」 車の正面上方についているバックミラー越しに、そう言われた。こいつの目元だけがそのミラーで見える。その目と思わず視線が合った。 またどきどきと鳴り始めた。 ハンドルを握る左腕だけが、座席の隙間からちらついて見えている。腕の袖を巻くっていて、肘から手首にかけての肌が見える。色白だけれど、やっぱり女の人とは違う。武骨で体毛もうっすらと生えているその腕。シャツの袖に隠れた上膊も。きっと触ったら、見た目からは感じさせないほど、筋肉質だと思う。 なぜだか、私の意識は釘に打たれたみたいにそこへ留まっていた。ダメだ、いかんいかん。首をブンブンと横に振った。そいでまた、窓の外へ意識をそらし続けることにした。 しばらくそうしていると、ふと思いついた。ひとつの欲。 何度目かの信号待ちになったとき、思いきって聞いてみた。「ねぇ、前の席乗りたいアル!」 私がそう言うと、ダメ、と即答で返された。「なんでアルか!私仕事で車とかタクシー乗る時、いっつも銀ちゃんか新八がそこに乗るネ。私もいっぺん助手席乗ってみたいアル!」「ガキじゃねーんだから。そこでじっとしてろィ」「嫌アルー!助手席乗ーりーたーい!!」「シートベルトで緊縛すんぞコラ」「……お前ならやりかねないアルな」 なんでダメアルか?と、尋ねても。とにかくダメだとしか言わないこいつ。何アル。今日一日は私に付き合うと言ったくせに。それくらいのわがままも聞き入れてくれないアルか? ケッ!と前の座席背もたれを軽く殴った。痛でっと声がした。「……お前の運転なら別に事故んないだろ?助手席が危ないんだかなんだか知らんケド。そうゆうの別に私は」「事故るよ俺は。お前が隣にいたら、」 ピシャッとそう言われた。「……緊張すっから」 声だけはいつもの淡々とした声なのに。 そんなことを言われてしまうと、私はもう、二の句を告げられなくなってしまった。 ……完敗した。 助手席に座るのは諦めた。 しばらくすると、またひとつの赤信号に捕まり停車した。 町民から税金巻き上げて性能のいい車を使用しているからなのか。停まっている間のエンジン音はいやに静かだった。窓の外の景色ももちろん動かない。 この微妙な時間が一番困る。早く青信号にならないかな。そう思ってジタバタ足を動かしていた。 別に……特別会話することなんて、ないしなぁ……。そう思っていたら、前から不意討ちで声をかけられた。「今日何時からあそこにいたんだ?」 こちらに視線も向けず。バックミラーを覗いても視線を合わせないまま。やつはそう聞いてきた。 うっ……と少し言葉に詰まった。正直に言うのは気恥ずかしいので。嘘をつくことにした。「く……9時20分くらいから」「ハイ嘘だな」 即座に両断された。 なっ!?と変な声で返事してしまった。「てめーが奥でペコペコしてるとき、てめー見つけた駅員に説教されちまったわ。……女の子1時間以上も待たすもんじゃねぇっつってな」 冷や汗がはしるような思いだった。吊り橋効果どころか、炙り出し効果だったアル。 あのデブめ!駅員さんを恨めしく思いつつ。こいつへの言い訳を考えていたのに……「……すまんかったな」 そう言われて。本日2・3度目の調子狂わしを食らった。 お前が10時に待ち合わせっつったんだろ?もっとちょうどいい時間に来いやとか、文句のひとつくらい垂れろヨ。……素直に謝ってんじゃねーぞ!ボケが!ぐるぐると脳内を言葉が駆け巡ったけれど、「……私が勝手に待ってただけアル」 結局そんな言葉しか出てこなかった。「いや、……あともうひとつてめーに謝りたいことがある」 そう言いながら。青信号に変わり、車は前進した。「今日夜勤が入ったから……。だから遅くても夕方6時には向こう出なくちゃならねぇんだ……」「……別に、いいアル」 夕方の6時か……。その頃はきっと、まだ月も顔を出していないような時間帯だろう。 別に良かった。 だって、また月が綺麗だなんて言われちゃ、敵わないから。 明るいうちに帰って。ちゃっちゃか寝るネ。夜更かしは美容の大敵アルからな。「……そっか。だからお前、制服着てるし刀も持ってるアルか」「悪ぃな。物騒な格好で来ちまって」 あと、それから……と。さらに付け足そうとする。まだ何か謝ることでもあるアルか? 顔をしかめて前を見た。 すると、目と目が合った。 ミラー越しじゃなくて。直接。 全然気づかなかった。 いつの間にか、次の赤信号に引っ掛かっていたのだ。「その髪型似合ってる」 まっすぐにそう言われて。 驚きすぎて、ゴックリと息を飲んでしまった。 ちょうどまた青信号に変わる。 こいつはまた前を向いた。亜麻色の後頭部しか見えなくなった。「……お前、仮にも警察だろ?……飲酒運転しちゃダメアル」「酒なんか飲んでねーよ今日は。さすがにそこまでバカじゃねぇし」「だって…!お前、顔、真っ赤アル……」 振り返ってこちらを見ていたさっきの顔。白い肌、血色が明るくて。嫌でも余計なことまで思い出してしまった。 あの深夜のとき、こいつが酒臭かったことも。……色っぽいと思ったことも。 思い出してしまった。「てめーも人のこと言えるツラじゃねーよ」 そう言われて、もう耐えられなくて目をギュッとつぶってうつむいた。 自覚はちゃんとあったから。私も酔っ払い顔になってるってことに。「……こないだ吐いたときゃァ本当にすまなかった。迷惑かけた」「お前、今日謝りすぎ。何度目アルかこれで」 私の問いかけに黙ったまま答えない。自分の心臓の音が、すぐそこまで聞こえている。これ以上大きくなったら、前に座るこいつに聞こえちゃう……。両腕でギュッと自分の体を抱き締めた。そして、ひたすら言葉で捲し立てて、ごまかした。「もういいアル!なんか汚物への免疫力ついたし今後の万事屋の仕事に生かすアル!……だからもう、その日の話は無しにするネ。こちとら思い出したくないこともいろいろあるネ!」「……わかった。ありがとな」「感謝される覚えはないアル」「こっちはいろいろあらァ。今日来てくれたことも。……あン時背中擦って優しくされたことも」 ……だから、もう!! 私はドスッと座席を蹴った。 そしたらやっとこいつは黙った。 私は怒ったふりして無視を決め込むことにした。というわけで、そのまま狸寝入りを始めた。 こいつはそれ以上、私に何も言ってこなかった。 ゆらゆらと車の優しい振動に揺られて。私はいつの間にか。本当に眠り込んでしまったようだった……… ………ピーッ、ピーッ、 車がバックする感覚とその音で、頭が少しスッキリして、目が覚めた。「着きやしたよ、お嬢さん」 冗談っぽく言うその声と共に、車はピタリと停車した。 [4回]PR