消しゴム戦争 okita x kagura 2015年06月08日 ものは大切に。 コロンコロン… 教室の床に一個の小さな消しゴムが転がっていく。(しまった!) それは神楽が落としてしまった消しゴムだった。神楽は動揺する。神楽が唯一持っていた消しゴムだったからだ。 落ちた先は……隣の沖田の足元。よりによって最悪!!と心の中で神楽叫んだ。今は期末テストの真っ最中。椅子から動いて取りに行くことができないのだ。(やばいアル…今からは書き間違えないように……って……あ゛!!) 慌てた神楽は余計にシャープペンシルを滑らせてしまった。答案用紙の枠、「高杉晋作」の「作」を思いっきり「助」と書いてしまった。やってしまった。(どうしよう、消せない…。「助」けてー!) 神楽は冷や汗を垂らしながら前を見た。 日本史の試験。国語の銀八ならジャンプでも読んでるだろうが。さすがに服部はそんなことはないだろう……と、前を見ると。……寝ていた。こっくりこっくりと首を前後に揺らし、鼻ちょうちんまで完成している。おい仕事しろ!! あまりにも完成していたため、呼び起こすのは気がひけた。……というか、むしろチャンスだと神楽は思った。自力で取りに行くなら今のうち……そう思った。ただ………(……いや、そもそも。こいつの足元に取りに行くなんて……) 忍者のごとき先生が、寝ているふりしていざ目を覚ますとも限らない。そして何より、沖田にあらぬ告げ口をされるやもしれない。カンニングの疑いをかけられてはかなわない。 神楽は机上に視線を落としたまま、横の沖田へと神経を研ぎ澄ませ、意識を送った。 沖田は動かない。シャープペンシルをくりくりと書き綴っているだけ。どうやら足元の消しゴムに気づいていないらしい。……神楽は沖田にとってもらうのを諦めた。(……そうだ、指で消せるかな) 神楽は答案用紙にぐりぐりと指のはらを押し付けた。しかし「助」の字は鮮明に刻まれたまま消えてくれない。ムキになってさらにぐりぐりと擦る。指をどけると黒くにじんで汚くなっただけだった。 もうオワタ……と神楽がさじを投げそうになっていたときだ。ふと隣の沖田のシャープペンシルが止まった。そして、なんとなく、意識がこちらに向けられたように感じた。(おおお!気づけ!サド!) そこの足元にあるやつを蹴ってこっちへよこせ!と言わんばかりに、神楽は片足で小さく足踏みをした。 沖田は足元にある小さな物体に初めて気づいた。それは消しゴムなのだと目の端で確認した。(……あいつ一個しか持ってねぇのか?) わりと真剣に足踏みで訴えかけてくる神楽に、切実な思いを感じ取った。 そして……、沖田はニヤリと笑ったかと思うと、上靴の底で、思いっきり、それを上から踏みつけた!(な!何してくれとんじゃおんどりゃぁぁあ!!) 目の端でとらえた沖田の行動に、神楽は声に出して叫びそうになった。 しかし今は試験時間中。怒りを言葉と共に飲み込んだ。 コロコロと足元に転がり戻ってきた消しゴム。神楽は身を屈めてそれを拾った。 本来は白く、まだおろして間もないきれいな消しゴムだった。イライラするからと紙のカバーを外していたことがさらに災いした。そこには茶色の汚ない靴底型がくっきりと刻まれていた。(へっ、ざまァみやがれ) 楽しそうに口元をニヤリとつり上げた沖田。直接見ていないものの、悔しそうに消しゴムへ視線を落とす神楽の顔が目に浮かぶ。 上機嫌のまま、さてさて、次の問題にでも取りかかろうか…と沖田がペンを手にした、そのときだ。 急に頬の真ん中に衝撃が走った。(痛で!!) 一点集中型の攻撃に思わず手のひらを押さえた。頬から転げ落ちてきたのは、消しゴムだった。 言葉は発さず、手足も伸ばさずに。これが今の神楽にできる最大限の仕返しであった。(汚ねぇ足で私のエンジェル汚した罰アル!) 神楽はまず、物差しで消しゴム(エンジェル)を二つに切った。きれいな半分だけを手元に残し、もう半分を攻撃用とした。 攻撃用を沖田の頬目掛け、指で弾いて飛ばしたのだった。頬に手をやる沖田の動きを感じ、見事に命中したのだとわかった。神楽はニヤニヤした。(こいつ…人の親切を無駄にしやがって!) 足型入りエンジェルを沖田は手にした。そして、ありったけの勢いをこめ、机上で横向けに指パッチンした。 エンジェルは勢いをつけ、弧ではなく直線を描き、神楽の横顔目指し飛んでいった。 と、ほぼ同時。神楽は顔をわずかに後ろへそらす。沖田の飛ばした消しゴムは勢いそのままに神楽の眼鏡の前すれすれを通過。そしてなぜか、数席離れた新八の眼鏡に命中した。「痛っ!!何!?何なの!?」 眼鏡の柄がやや歪むほどの威力。新八の机の上に汚れた消しゴムが転がっていた。 イラッとした新八は、消しゴムが飛んできた方へ思いっきり顔を向けた。「はーい志村新八、カンニングまがいの行動でイエローカード。次やったら即退場だからな」 教室前方から服部の冷淡な声が聞こえてきた。服部は教壇を前に姿勢よく座りいつの間にか起きていた。……かと思いきや、再び教壇に突っ伏して寝息をたて始めた。 ち、違う…と言い訳したかった新八だが。それよりも残り時間はそう長くない。試験問題を解ききる方が先決だ、と。消しゴムの犯人探しは諦めたのだった。 ……あいつ、起きてたんなら手ぇあげて呼べばよかったアル、と思った神楽は小さく舌打ちした。 一方沖田も、心の中でちっと舌打ちをした。 こういう場面における神楽の反射神経は沖田も認めていた。だが、このままでは終われなかった。 書きかけの解答もそのままに、沖田は次の手に出ようと筆箱をまさぐった。(へへん、私を攻撃しようなんざ百年早いアル。さて…訂正を) 神楽は今度こそ「助」を消そうと、きれいな方のエンジェルを手にした。 するとその瞬間、エンジェルは神楽の手から弾け飛んだ。沖田の席と反対側へと落下し転がっていってしまった。横から飛んできた何かの物体に弾かれてしまったのだ。(こ、これは……何?) 神楽の手元に登場したのは、別の消しゴムだった。少し緑がかった色み。神楽のエンジェルよりややサイズが大きいものだ。 これは…沖田の消しゴムか?貸してくれるとでもいうのか…? 一瞬その親切に疑問を持った神楽だったが。すぐに間違いに気づいた。その緑色の消しゴムは、強烈なフルーツ臭気を放っていた。匂い…いや、臭いつきの消しゴムである。 無機物にすぎない消しゴムから甘ったるいフルーツの臭いがする。それは人の神経を逆撫でし、不快な気持ちにさせるのに十分だった。(せいぜいそれでも嗅いで女子力高めとけ) 実に楽しそうにほくそ笑む沖田。本来は土方への嫌がらせ用にと、ラップに包んで筆箱に忍ばせていた。臭いもなかなかきついものだ。一帯にぷわんとフルーツ臭さが広がった。 神楽の周囲の席の生徒も、ペンを動かしつつ軽く咳払いをしている。沖田は片手で自身の鼻をつまんでいた。(クソサドが!!ただじゃ済まさないアル!!) 神楽は軽くむせつつ応急措置をする。筆箱に入っていたガム用の銀紙に消しゴムを包んだ。何重にも包むことでようやく嗅覚へのテロは収まった。 次に、筆箱から数本の輪ゴムを取り出した。何かに使えないかと何気なくとっておいたものだ。 神楽は輪ゴムを器用に操り、机の上すれすれからやや斜め上に角度をつける。そして、銀紙に包まれた消しゴムを勢いよく弾いた!(…っ!?) 沖田は目の端で次の弾を察知、顔をそらせた。直撃は避けられた。しかし、やや沖田の頬をかすって地に落下した。かすった位置にはうっすらと切り傷ができて赤くにじんでいた。(どんだけ勢い凄まじいんだよクソがッ!) もし沖田が完全に避けていれば、向こうの窓ガラスを砕いたやもしれない。沖田はイラッとした。してやったり顔の神楽の顔が浮かんだからだ。 再び沖田は筆箱に手を伸ばす。そして、輪ゴムを取り出した。神楽同様、何かに(主に土方襲撃の際に)使えないかと筆箱に入れていたものだ。 ただし、それは通常のサイズではなく、業務用か何かの幅ぶっとく大きい輪ゴムだった。 沖田は机の下、腹の前辺りで輪ゴムを絡めた手を構えた。真横を向くことはできないが、普段の位置関係を頭に浮かべて器用に狙いを定め、それを解き放った。(……っ!?) もはや消しゴムではなく、輪ゴムそのものが、神楽目掛けて飛んできた。 神楽は驚き、そして固まってしまった。胸元に当たって落下した輪ゴムは、ちくりとはしたものの大して痛くなかった。しかし、言い知れぬ羞恥心がポッと沸く。輪ゴムは神楽の胸の頂きを撫でるように当たって刺激し、地へ落下したのだった。 確信犯だと神楽は悟った。痛みとは異なる別の感情を引き起こす攻撃。思わず手を胸元に添えた。神楽の頬は少しだけ赤くにじんだ。キッと視線だけで横を睨んだ。(へっ。まな板かと思いきや意外にあったんでさァ。たまたま当たっただけでィ) 心の中で毒づく沖田。予想通りの神楽の反応を横に感じてご機嫌だった。(これで少しは黙るかねィ。まぁ、また反撃してきても今度こそ避けてやらァ。差し詰め、股間でも狙ってくるってとこか) 飛ばした大きな輪ゴムが再び返ってくることを想定し、沖田は椅子をひき、机と体の距離を縮めた。これで沖田の急所は机と両足に守られた状態となった。(これで大丈……) そのとき、机の上にコロンと何かが転がってきた。横から飛んできた物体。 しかしそれは、沖田の体には一ミリも当たらなかった。(なんだ、失敗か?) 一瞬それがなんの物体か沖田にはわからなかった。……だが、気づいた。気づいた瞬間、沖田の胸が騒ぎ始め、動揺した。 銀色の紙に包まれているがそれは消しゴムではない。輪ゴムを使って飛ばしたんだろうが輪ゴムそのものでもない。ゴムはゴムでも、……近藤さん、いや、コンド一さんだった。 は!?と、沖田は思わず神楽の方へ顔を向けようとしかけた、が、思い止まった。イエローカードがこわいのではない。今の沖田の顔は、大便を我慢しているとき…といえば大袈裟だか、気持ちそれぐらいに酷い顔をしていると自覚していた。それを神楽に見せられなかったからだ。(ど、どうゆうことでィ……なんでこいつ、こんなん持ってやがんだ。持ち歩いてんのかこれ。なんだこれ。……いや、いやいやいや。こんなクソガキが。そそそ備えてるだと?……なんでだ?何に備えてんだ?誰と………誰とやるってんだ??) 頭の中を駆け巡る光景に、沖田は動揺した。それと共に、顔の見えない相手への密かな嫉妬がふっと湧く。誰だ、いったい誰なんだ?次第に苛立つ気持ちが大きくなってくる。気に食わない…。誰だか知らねぇけど、いや、知りたくねぇけど……誰だっ!! ドカッ!! 沖田は足の側面で自身の鞄を横へと蹴り飛ばした。まるでサッカーボールを蹴るような勢いだった。大きな音を立て、鞄は神楽の机の脚にぶつかり、激しく揺らした。(ちょ!何すんだヨ!!) 軽くからかうつもりで飛ばしたコンド一さんは、以前に女子生徒だけ集めて行われた保健の授業で配布された物だった。「筆箱に入れておくことでついでに幸運もやって来なんす」と月詠先生の言葉。神楽は半信半疑だったが、その言葉通りにしていただけだった。 あとで返してもらうためにも手緩く飛ばしたのに。まさか大きな鞄で攻撃してくるとは思わなかったのだ。 神楽はまた腹が立った。片方の上靴を軽く脱ぐ。そして、真横に向け、器用にぶっ飛ばした。神楽の席の足元から沖田の席の足元へ勢いよく靴は飛んだ。しかし、ドカンと音を立てただけ。机の脚に邪魔され、沖田に直接ぶつけることはできなかった。 そこで、もう片方の靴を……と、神楽が準備しかけたときだった。「はーい、二人ともそこまでだ。周囲の害なのでレッドカード」 沖田と神楽は同時に首根っこを摘ままれ半立ちさせられた。 いつの間にか二人の背後に回っていた服部。カンニングさえしていないならとそこまでの一切は見逃していたものの。激戦化した二人のやりとりをさすがに放置できなかった。服部は二人をズルズル引きずり教室の出口へと向かった。「先生!だってこいつが鞄を!!」「先生、こいつが逆セクハラしてきたからです」「お前が先だろクソサド野郎!!」 二人の反論には耳も傾けず、よっこらせと二人を廊下に投げ飛ばすと、服部は言った。「誤字脱字のごとく消えてもらうよ。教室から」 ガシャンと引き戸が閉められた。*****「はーい、あと5分で追試始めまーす…」 生気のない声。片手にはこれから読もうとしているジャンプ。Z組担任である銀八は余計に増やされた仕事にうんざりしながら教壇に立っていた。 教壇のすぐ前の二席に、沖田と神楽は並んで座らされていた。他の生徒はすでに楽しい夏休みに突入しているというのに。青く晴れ、シャンシャンと蝉の鳴く夏の日に、二人は退場を食らった日本史の追試験を受けなければならなかった。「先生ー、消しゴム家に忘れてきたんで持ってませーん」「先生ー、消しゴム臭いやつしか持ってなくて使えませーん」 沖田と神楽がそう言うと銀八はわざとらしく溜め息をついた。「消しゴムぐらいちゃんと持ってこいっつってんだろ」 そう言いながら二人の机の上にそれぞれポンと消しゴムを置いた。 ごくごく普通の小さな消しゴム。色違いのお揃いであるそれを、二人は同時に手に取った。「今はそれ貸してやるから。あとで二人仲良く購買行って買ってくるよーに」「「誰がこんなやつと!!」」 二人は再びガンをとばしあった。 銀八は頭を掻いて二度目の溜め息をついた。(あーあ、消しゴムでこいつらの因縁も消えてくれねぇかな……) 再び戦争を始めた二人を前に、銀八はさじを投げるしかなかった。 [5回]PR