雨色フラグ okita x kagura 2015年06月10日 雨音を聞く。素直になれる瞬間。 ……っくしゅんっ…… しとしとと降り続く雨はおさまりそうになかった。ジメジメするし鬱陶しい。今すぐ傘がほしい。 出掛けるとき、置いてきてしまったのは本日最大の失敗だ。 これでも一応、今日は仕事のために外出していた。なのに何この仕打ち………。まあそりゃたしかに。今朝出掛けるとき、結野アナは雨だと言っていた。確かにそれは、ちゃんと聞いちゃいたんだけど……「あー………どうしよ」 雨に打たれながら、道をふらふらと歩いていた。*****「傘、忘れたのか?しょうがないやつアル」 文句を垂れつつも、私は一方的にその人影へ歩み寄る。 傘を持たずに歩いていたようで、そいつは全身ずぶ濡れで目をぼんやりとさせていた。 仕方がないアルな。ひょぃと傘の中に、その体の半分を入れてやった。そこそこ大きな私の番傘は、二人分入るにはちょうど良いと思う。 すると、傘の下、至近距離から驚いたように見下ろされた。「何してんでィ」「可哀想な仔犬を助けてやってるね」「誰が仔犬だ。……要らねぇよ、あっち行け」「人の親切踏みにじってるとロクなことないアルヨ」 髪も体もずぶ濡れのくせに。さっきくしゃみだってしてた。そのままじゃ風邪ひくぞ。 ちっ…と観念したように傘の下にとどまったあいつは、いつもより相当弱って見えた。私は満足げに笑ってみせた。「感謝するヨロシ」「……ありがとな」 素直に感謝された。 自分で要求しときながら、それはそれでむず痒い気持ちになってしまう。 たまらなくなって、無言で足蹴りした。 あいつは目を閉じて、困ったように笑みを浮かべていただけだった。***** それは、夢だった。 今朝私が見た夢の内容。お昼になった今でも、まだ鮮明に思い返されるそれは、もはや軽くトラウマですらある。「なんだテメー、傘はどうしたんだ」 夢の中で弱っていたはずのこいつは、 今しがたたまたま出会ったこいつは、 傘を忘れた私の体を、傘で雨から守ってくれていた。 黒色のなんの変哲もない傘。大きさはそこそこあり、私の体はすっぽりとカバーされた。 私はもう髪も服もびしゃびしゃで。べっくしょい!!と、もう一度くしゃみをしたあと、鼻水をすすりながら言った。「忘れたアル…万事屋に」「忘れた?いつも持ち歩いてんだろィ」「うん、まぁ……」 言葉を濁して視線をそらす。 フラグを、回避したつもりだった。 もしあれが正夢になったら、そんなの困ると思って。 私が親しげに声をかけて、こいつが私に感謝するなんて。どう考えてもおかしいから。そんなことが起きないようにと、傘をわざと置いてきたというのに。 これじゃぁ立場が逆転しただけで結局夢と同じだ。「……要らないアル。どっか消えろヨ」「おいおい、人の親切はありがたく受け取っとかねぇとバチ当たんぞ。感謝しろィ」 あぁ、やっぱり。デジャブだ。「その……えっと…………あ、………あり………むむむ………」「オイ何宇宙と交信してやがる」「し、してねぇヨ!!ボケがッ!!」 私は夢の中のあいつほど、素直に言葉が出てこなくてどもってしまった。何て言えばいいのか。いや、普通に言えばいいんだけど。なんだろう。なんか違う。これじゃ圧倒的に今私が不利だ。まじでやばい。逃げたい。「……お前さ、」 私が感謝の言葉をつむぐ前に口を挟まれた。ああもういいや! ムッと睨むように顔を見た。 すると、こいつはまっすぐに私を見ていた。傘の下。優しい目をして。「……何アル、か」「晴れててもささねぇとダメなんだろ?」「えっ………えっと、傘のことアルか」「日光弱ぇんじゃなかったの」「うん……そりゃ、まぁ」「ンじゃもうちっと気ぃつけるこった」 熱中症にも風邪にもなりたかねぇだろ? そう言われたか言われなかったの一瞬、手に感触が。バッと手渡された傘の持ち手は、私の番傘と違ってくねりと曲がっていて持ちやすい……。てか、なんで? 気づいたときには、あいつが背を向けて駆け出していた。「え?何?何アルか??」 あいつは傘だけを残して、自分は濡れて道の向こうまで走り去っていた。「おい待てヨ何のつもりアル!?クソサド!」 戸惑いつつも、慌てて追い掛けた。 水溜まりを弾き走る。足元は跳ね返った水で濡れまくったけどもはやそんなことはいい。 こんな、もらいっぱなしのわけのわからない親切なんて嫌だ。お前が相手なら尚更! 私の足音にも気づいてるくせに、止まってくれない。 ムキになってその黒い背中を追いかけ続けた。 ………そしてようやく肩を捕まえた。「……待てヨ、お前、」 走ったのでほんの少しだけ呼吸を整えつつ。「あんま私に優しくすんなヨ。らしくないアル」 こいつからこんなふうに優しくされることに、慣れていなくて。不安な気持ちになる。 これじゃ、それこそ、フラグになるヨ。 今まで通り、私に足蹴りするなり張り倒すなりして、水溜まりに突き落とすくらいのこと、今すぐここでやってみろヨ。 なぜそんなことを思うのか。別に私はドMじゃないのに。わからないけれど、とにかく嫌だった。 振り返ったこいつは、髪と服がずぶ濡れだった。夢の中の姿とよく似ていた。「……いいだろ別に。雨の日くらい、」 困ったような目、低く透き通る声…… 何がいいアルか!雨の日関係ねぇヨ! 反論しようとしたのに、 言葉が出せなくなってしまった。 私が差し出した傘の下、あまりにも近い距離で、まっすぐに見つめられたから。「惚れた奴に優しくして何が悪い」 試すように、私の胸に落とされた小さな声は、言葉は。みるみる私の頭のなかをいっぱいにした。「そ、それってどういう……」「まだわかんない?」 いや、もうわかった。わかったって! その先の言葉を聞かないまま、私は逃げるようにその場をあとにした。 踏んでしまったフラグは、水溜まりのように、心を濡らしていく。 晴れたら乾いてくれるかな。蒸発して消えてくれるかな。 今のは全部、聞か無かったことにしたい。 [18回]PR