神対決 okita x kagura 2015年07月19日 屯所のいろいろな日常 テーブルの上には大きなパフェが3つ鎮座している。それらはすべて一人の少女のために用意されたものであった。 ファミレスの四人席。向かい合わせに座っているのは、お団子頭の少女、ぐるぐるビン底眼鏡の男。それは実に珍しい組み合わせだった。「それで、私に頼みって何アルか?……つーか誰だっけお前」「そんな!さっき名乗ったばっかじゃないスか……!さすが万事屋さん、一筋縄でいかない人ばかりッス!」 ラジャッの身振りで返事をしたのは神山。 すでにありったけのメニューを平らげていた神楽は、特大パフェを全種類注文しもぐもぐと消費している。そんな神楽は実に面倒そうに、目の前の人物を眺めていた。「暑苦しーやつアルな」「自分存在感の厚さだけが取り柄ッスから!」「いいアルかそれ?警察として大丈夫アルか?」「まあまあ神楽さん、この私、神山の話を少し聞いてほしいッス!」 こっちの話も少しは聞けヨ!という神楽の反論もどこ吹く風。構わず自分の話を続けようとする神山に神楽は呆れるしかなかった。 神山、という人物の概要を、神楽は一応把握していた。なんでも真選組の一番隊の隊士らしい。同隊の隊長とはまた違う方向性でアホそうなやつである……と銀時からの情報。隊長のことを尊敬してるんだかバカにしてるんだかよくわからない人である……と新八からの情報。神楽の頭のメモリにはその程度しかない。 神楽自身がこうやって、神山と面と向かって話すことは初めてであった。「いったい何アルか?私の体と時間のレンタル料はファミレスごときじゃ足りねーぞコノヤロー!」「体!?人聞きの悪いこと言わないでください!自分は数年前から隊長一筋ッス!」「いやどうゆう意味アルかそれ!?」 誰もそんなこと聞いてねーヨ、と。神楽は小指で耳垢をほじくり出しながらぼやいた。 神山は眼鏡のせいでよく見えないその表情に、ほんの少しだけ苦々しそうな顔を浮かべた。「……一筋なんですが。これも隊長のため……折り入ってあなたに頼みがあるのです。 神楽さん、あなた……隊長の彼女になってくれないッスか??」 ブーーーッ!!とパフェのクリームを盛大に吹き出した神楽。すべて神山の顔面に命中した。 神山は微動だにせず、とりあえず片手で紙ナフキンを手にとり淡々と拭いていた。「お前いきなり何アル!?会って早々失礼にも程があるだろオイ!!」「顔面に食べかけのパフェで攻撃してくる神楽さんには負けるッス!さすがッス!」 神楽は鳥肌が立ったといわんばかりに両腕の肌を擦った。「誰の彼女だって!?お前、『言葉の暴力』って知ってるアルか?侮辱罪で告訴すんぞコラ!」「……自分としては隊長に彼女ができるのは心苦しいんス……。けど、隊長を幸せにできる女性がいるのなら。自分は喜んでケツ洗えるッス!」「人の話聞けヨ!!つーかケツ洗うって何アル??足洗う的な感じ?首洗う的な感じ?」「沖田隊長の彼女にはぜひあなたがいい!あなたがふさわしいと思うッス!」「だから人の話聞けって!!だいたい、あいつの相手が欲しいならそこらにいるドM女でもテキトーに見繕えばいい話ネ。なんで私アルか!?彼女候補からもっとも遠い人物だと思っといてほしいアル!」 神楽が一通り捲し立てると、一通り顔を拭き終えた神山は理由の説明に入った。「実は……隊長が最近悩み事抱えてるんスよ。それで、首尾よくパートナーができれば隊長の気も晴れるのではないかと考えまして……」「晴れるもクソも。あいつの脳内は年中真っ黒の曇天アル。 …それに、仮にも警察だろ?一つや二つくらい仕事の悩みでも抱えててくれないと、町民は安心して暮らせないネ。いちいち部下のお前がしゃしゃり出てくる問題じゃないアル」 神楽は勢いよくパフェを頬張りながら答えた。 あのクソサドバカのことを、相変わらずたまに公園や河原で見かけるし。よく些細なことで喧嘩もしている。けれどここ最近、特段そんな様子はなかったけどな……と。回想して少しだけ気に引っ掛かっていたことは、神山には内緒であった。「違うッス!仕事の悩みではありません!……それに、隊長は何があろうとも仕事はきちんとこなす方ッス!隊長、こないだもすごかったんスから!ちょっと聞いてくださいよ!あのですね……」「おーい誰も興味ないアルヨその話ー…」 先程から微妙に会話が噛み合わない神山とのやりとりに神楽は多少うんざりしていた。 興味なさげに頬杖をついているのにも構わず、神山は先日の屯所での出来事を語り始めたのだった。……*****「いいかてめーら。俺らはいつ何時、攘夷浪士との殺り合いに至るかわからない。そこでだ、……」 屯所の中にある道場。その内側は静まり返っていた。 ただ、沖田の厳粛な声と足音だけが壁に反響している。普段のダルそうに話す沖田の声とは一際異なり、足音も一歩一歩が洗練されていた。 道場内には、十名弱の隊士が、袴姿で一列に並んでいた。竹刀を各々手に所持し、行儀よく起立し並んでいる。彼らの前、一人一人の表情を確認しながら見回すように、沖田だけが歩いていた。「これより一番隊の士気向上のためてめーらにいいもん見せてやる。……神山、ここへ出て直れ」「は、はい!只今!!」 名前を呼ばれ興奮気味の神山は、沖田の正面まで歩み出るとまっすぐに起立し敬礼する。そしてその場に座り込んだ。 すると沖田は、その神山の額すれすれに、竹刀の先端を降り下ろした。神山は驚きよろけ、後ろへ手をつく態勢となった。「気ぃ抜いてんじゃねーよ」 沖田はそう言うと、自らも神山から距離をとった位置で腰を落とし中腰の姿勢をとった。その際、袴の袖からある物を取り出し、それを自身の顔へ装着した。 それは、一番隊隊士なら…いや、屯所にいる者なら誰しも見たことがある。沖田愛用のアイマスクだった。目元のフザケたデザインに反して、鋭い口調で、沖田は神山に命じた。「いいか。俺はこの状況で竹刀振ってやるから、てめーは5分以内に俺から一本とれ」「え!しかし隊長!目隠しでなんてそんな、さすがの隊長でもそこまでのハンデは……」「グダグダ言わずにやれっつってんだ。もし俺から一本とったらケツでもアナルでも好きにさせてやらァ」「なっ!なんですと!?」 ぜひ御教授願います!!と、神山は両手で竹刀を握り鼻息荒げに構えた。 うわ……という引き気味の他隊士をよそに、沖田の開始の合図で二人は真っ直ぐ起立し、立ち合いが始まった。 じりじりと張り詰めた空気の中、神山がまず打ち合いを仕掛けた。「せいやっ!!」 ふざけた動機とはいえ、沖田もそこそこに認めている神山の実力をもってしても、沖田に数ミリたりとも打撃を与えることができない。その後も同じ状態が継続していた。 沖田は視界を覆われているにも関わらず、次々と仕掛けられる攻撃をかわしていく。その動きには無駄が一切なく、隊士たちから感嘆の声が漏れた。秒数を重ねるごとに神山との間合いを徐々に把握するのか、次第に沖田から神山への攻撃回数も増えていく。そして、数分経過のカウントを切る直前、「ぐはっ!!」 沖田の連続打突が決まった。小手、面、……極めつけは、後尻への突きだった。 神山は沖田へ尻を突き出す態勢のままその場に倒れた。「た、たいちょ……最後の攻撃は反則ッス、いろんな意味で」 痛がる神山に容赦なく、アイマスクをつけたままの沖田は足で思い切りそのケツを蹴飛ばした。神山はひっくり返りその場に倒れこんだ。 と、ここでようやく沖田はアイマスクを取り外した。目の前の光景にうんざりした顔を投げかけた。「汚ねーもん晒してんじゃねーぞ神山」「隊長……なんで見えないのに動けるんスか??」 呼吸ひとつ乱していない沖田に神山はゼェゼェしながら訴えかけた。 はぁ……とため息をひとつつくと。沖田は神山の疑問に答えてやる。「相手が動くときの空気の流れを読むんだよバカ。視覚以外の神経を標的に集中。そんくらいできねーと実戦じゃ目ン玉殺られた瞬間お陀仏だ」 沖田はなんとか四つん這いに態勢を整えた神山に片足を勢いよく蹴り乗せた。グヘッ!という神山の声にも構わず。その姿勢のまま、竹刀を片肩にかけ、改めて隊士全員を見渡した。「てめーらは普段から視覚に頼りすぎだ。これからは五感を使うことを意識しろ。 目を殺られることはすなわち死を意味する。頭、臓、……ただでさえ人間の体にはどーしようもねー弱点がある。弱点は極力減らす方がいいに決まってらァ。 ……今後お前らが何をすべきか、各自考えろ。いいな?」 ニヤリと笑ったその表情は獲物を狩る獅子のごとく。隊士たちは皆等しく、息をのみ固まってしまったのだった。*****「あのときの沖田隊長のかっこよさ!!自分もうケツの穴から痺れ切ってその後しばらく動けなかったッス!!」 あー神楽さんにも見せてあげたかった!!と一人悶えている神山を目の前に、神楽は死んだ目で呆れていた。「何アルそれ。男同士のアーッ!だこーだなんて、イタイケな女の子とパフェの前でする話じゃないアル」「それにしても沖田隊長はほんとに一番隊の!真選組の!男の!鏡ッス!!自分ますます惚れたッス!!」「だから人の話聞けヨお前!!……それにさ、」 神楽は食べ終わったパフェの器を、長いスプーンでぐるぐるとかき混ぜている。そして、つまらなさそうな顔をして言った。「そんなの嘘に決まってるネ」 神楽の味気なく放ったその言葉に。バンッ!と両手をテーブルに突いて神山は反論した。「嘘なんかじゃありません!自分この目で正面からちゃんと見たッス!目を覆ったまま闘う隊長の姿を!」「じゃぁお前はアイマスクに穴が空いてないか、ちゃんと確認したアルか?」「……穴、ですと?」「ケツの穴に気ぃとられてるから気づけないアルヨ。あいつがそんな大層な奥義持ってるわけないし。わざわざ隊の連中に見せつけたりすると思うアルか? ……どーせあれだろ?アイマスクに小さい穴でも空けて見てただけアル」 神楽の言葉に、な!なんですとォォオ!!と全身で驚く神山。 神楽はつくづく面倒くさかった。沖田とはまた別のベクトルでうざいやつだと感じていた。「いいアルか?そうゆう離れ業がホントにできんのは盲目設定のキャラだけネ。幽白しかりブリーチしかり。どこの世界にもいるだろそーゆうキャラ?」「けどしかし!沖田隊長ならできたって不思議ではありません!」「まぁ、あいつがガチで目ン玉潰されればそれくらいやってのけるかもしれないケド。そんないつ何時ホイホイできるもんじゃないアルヨ」「そんな……しかし……」「あいつは両の目がしっかりしてる以上、お前らと一緒で視覚に頼りっきりの戦闘スタイルアル」 しかし神山の疑問はまだ拭えなかった。「……じゃ、じゃぁなぜ?なぜ隊長はそんな小芝居うってまで自分たちにそんなもの見せたんスか??」「お前はあいつがドSなことも知らないアルか?」「勿論知っていますとも!……もしや。単に自分たちをイビるためにあのようなことを!?」 納得がいかないという神山。 神楽は沖田に代弁するぐらいのつもりで言ってやった。「それだけじゃないアル。『何をすべきか各自考えろ』っつったんだろあいつ? ……たぶんだけどな。あいつがお前らに伝えたかったのって、失明してでも戦えってことじゃなくて……。視覚奪われたらお前ら絶対死ぬから。目は死守しろってことじゃないアルか? あいつそーゆう回りくどい説教好きそーネ。クソドSアルからなぁ……」 神楽の言葉に、神山はハッとした。 同じ隊の人間として、寝食もひとつ屋根の下、共にする自分たち隊士ですら気づかなかったことに。この娘は気づいているというのだ。たった今、神山から話を聞いただけでそこまで言ってしまう。 あのアホほんと面倒くせーやつアルなぁ……と。スプーンを咥えながら呆れている目の前の少女。オカンのような、熟年の夫婦のような、物分かりの良さが感じとられる。 神山はテーブルの上の拳を強く握り、武者震いした。「……神楽さん。やっぱり沖田隊長にはあなたがピッタリと自分思うッス!」 はぁ?と再び死んだような目で神山を眺める神楽。 神山は苦虫を噛み潰したような顔をしつつも、その決意は揺るがなかった。「先程申しましたように、沖田隊長は悩んでおられます」「……いや、今の話全然悩んでる素振りなかったアルヨ?」「いえ、隊長はオンオフの切り替えがきちんとしてるッス!そこもまた尊敬しているところなのです!……オフのときの隊長をご存知ですか?」「てゆーかほぼオフだろあいつ。オフのあいつしか知らんアルヨ私」「いえいえ。あなたはきっと知らないでしょう。……隊長が最近ハマってるテレビ番組を」「知らねーヨ知りたくもねーヨ」「ずばり!結野アナの恋愛星座占いッス!」「おーい言っちゃっていいアルかそんなプライベート?あいつ泣くぞ?Sは打たれ弱いらしいぞ?」 神楽のつっこみもよそに再び神山は回想に入った。……*****『今週のラッキーさんは~?じゃじゃーん!さそり座のあなたで~す♪』 画面の向こうで笑顔を振り撒く結野アナとは対照的に、沖田はテレビの前で横になり表情を曇らせていた。 はぁ…とため息をつく頃。結野アナはアナウンスを続けていた。『残念~!今週恋愛ワースト1位はかに座のあなたで~す!両手にハサミ持ってる生き物同士、こんなにも運勢違うなんて!なんだか同情しちゃいますね~!』「今週っつーかここんとこずっとワーストなんだけど。マジ頑張れよかに座。たまには前に向かって歩けよかに座め」 テレビに向かい一人つっこみを入れている沖田の姿に、近藤は少し心配になり声をかけた。「お前どうした最近?恋愛について心配なら結野アナじゃなくて俺が相談に乗るぞ」「例え悩んでても近藤さんに相談するくらいなら魚市場のカニに相談します」「オイ……そんな姿のお前見かけたら俺はますます心配なんだが」 近藤が話していると、再びテレビから軽快なメロディーが流れたきた。『では残りもじゃんじゃん発表しましょう!おうし座のあなた、今週は第三位!素敵な出会いが訪れます!……おとめ座のあなた!かに座に続くワースト!十一位で~す!』「ダァァア!もうッ!おとめ座頑張れよおとめ座!!」「……ちっ。また土方より下か」 畳に正座し項垂れる近藤の隣で、沖田は悪態をついていたのだった。*****「……それって単にマヨネーズを目の敵にしてるだけじゃないアルか?」 恋愛どうのこうのというか。単に土方に負けるのが気にくわないだけなのでは? そう思い、なんだヨそんなしょーもないことと。神楽が軽く流そうとすれば。再び神山がつっかかった。「いえいえ!異変はそれだけじゃないッス!隊長は最近酢昆布に夢中なんスよ!」「はぁ?それのどこが異変アル?」「それはですね……」*****「酢昆布かそれ?またお前そんなもん食ってんのかよ」 最近多いな…と。縁側に座っている沖田に話しかけたのは土方だった。沖田は食べかけだった酢昆布を手に持ち、土方へ差し出した。「食いますか?」「絶対いらねー」 なんでてめーの食べ指しをもらわきゃなんねーんだよ!と怒鳴りつつ、土方は適度に距離をとって沖田の横に座り込んだ。「今週の土方さん、恋愛運が三位とそこそこいいみたいですよ?ちなみにてんびん座と相性がバッチリらしいです」「興味ねーよ占いなんざ。近藤さんじゃあるめーし」 土方が一服していると。沖田は土方の動作を真似る。酢昆布をタバコに見立てて指の間に挟みスパスパとしていた。「だいたい俺は占い気にかけてチェックするほど、惚れ込んでる相手なんざいねーよ」「……ま、故人でしょうからね」 沖田の言葉には触れずに土方は話をすり替えた。「お前は俺と違ぇんだろ、総悟」「土方さんと違ぇ方が俺はいいんですが。不本意ながらそこはあんたと一緒ですよ。惚れ込んでる相手なんざいません」「別に責めはしねーから素直になっとけよ。……それに、」 土方は沖田の横にあった小さな紙の箱に手を伸ばし、中から一切れの酢昆布を取り出し手に取った。「こいつがその証拠だ」 土方はタバコを灰皿に潰し、代わりに酢昆布を咥えた。 酸っぱ!!なんじゃこりゃ普通のと違ぇぞこれ!!と沖田に訴える土方をよそに。沖田は同じ酢昆布を平然と咥えながら、別に……と。縁側で寝転がりつつ答えた。「ガキ共がしゃぶってるこいつって、どんな味がすんのかって興味持っただけでさァ」「そのガキは特定のガキなんじゃねーのか?」「邪推しないでくだせェ。そよ姫様の影響で今流行ってるでしょう?酢昆布好きなガキなんざどこにでもいまさァ」 縁側で寝転がった姿勢のまま。ごろごろごろ…と畳の間へ転がって行く。土方から逃げるように沖田はその場をあとにした。 いやそれどんな立ち去り方!?と土方は呆れつつも。ぽつりと呟いた。「……前までガムばっか食ってたのにな、あいつ」*****「坂田さんからお聞きしたッス。なんでもあなたは無類の酢昆布好きであると。そしてその味を隊長も共有したがっていた。……それはつまり」「ちょっと待つアル!」 神楽は神山の話に心当たりを思い出し。ガッとテーブル越しに神山の胸ぐらを掴み、揺すり始めた。「その酢昆布もしかして駄菓子屋のあそこでしか売ってない超酸っぱい限定版のやつじゃないアルか!?クソ!!あいつかヨ!!私大好きなのにいっつも売り切れでここんとこ口にできてないアル!!あいつが買い占めてるせいネ!!絶対許さねーあのアホんだらクソサド野郎!!」 神楽は目を血走らせ、ブンブンと神山の体を揺すっていた。お、落ち着いてください!!と神山が必死に訴えかけると。神楽はふと手を止めた。その隙に神山は問うた。「今大好きな酢昆布って言いましたよね!?」「好きヨそりゃ!あんな酸っぱい酢昆布好むのは酢昆布の女王の私だけネ!誰にも邪魔はさせないアル!!」「沖田隊長……やっぱりあなたのことを知りたがってるッス!」 神山がそう言うと。それ以上はもう何も言うな聞きたくないと言わんばかりに、神楽は小さく首を振った。「神楽さん。隊長はあなたのこと」「てゆうかお前さ!さっきから何アル!?最初の話以外お前登場してねーじゃんかヨ?何当たり前のように第三者目線から語っちゃってるネ。お前もゴリラに違わずストーカーアルか? ……やめとけヨそーゆうの。プライバシーってもんが世の中にはあるアルヨ」 神山が言おうとすることを言わせまいと。神楽は言葉を並べ立てて壁を作る。 ストーカーの事実を否定できない神山は。ただ……と何か言いたそうにしている。「ただ、何アル?」「自分でもちゃんと確かめたことがあるッス。決してストーカーしてただけじゃないんスよ……」 神楽が腕を離すと。神山は最後にひとつだけ、と。ストーカーではなく。本当に偶然聞いてしまった会話を話し始めた。*****「……じゃああんた、年下の好きな子でもできたかい?」 屯所の食堂で働く女性の声が偶然耳に入った神山。見廻りの長引きで今から遅い昼食をとろうと食堂を訪れた際、沖田とその女性が二人だけで食堂を利用していたのを見て。神山は遠慮し、ただ柱の陰に隠れて聞き耳を立てていたのだった。 詳しいやり取りまではわからない。ただ、節々に聞き取れる沖田が発する単語に。これまで神山がなんとなく抱いていた疑念が、確信に変わっていったのだった。 それは、沖田の食事の量が減った。その理由が知りたいという女性。そして、まるでぬいぐるみのようだと言う沖田の比喩話。 神山は、驚いてしまった。 それほどに、あの酢昆布の子に。たまに話題にあがるチャイナ娘と呼ばれる子に。本当に惚れているのか、と。「……手放したくないと思うようになりやして」 いつになく心許ない声に、神山も少し動揺していた。辛そうに言葉を紡ぐ沖田の声が新鮮で。また知らない面を見てしまった。そんな気がした。「……夜な夜な思うんです。あいつ抱いたらめっちゃ気持ちぃんだろうなっつって……」 神山は黙ってその場をあとにした。 自身の心の内だけに止めておこうかと。 しかし、その後。同日夜分のことだ。神山の部屋にわざわざ沖田が足を運びに来たため、神山はアワアワと動揺していた。「な!なんですか隊長!」 神山が興奮を収めつつもきちんと正座して向き合い尋ねると、ただ一言、てめー聞いてただろ昼間、と。沖田は部屋の壁際に足を組んでもたれ掛かったまま。凄んだ声で言った。何のことを言ってるのか、神山にも勿論わかった。「神山…いいか。今日聞いた事はすべて忘れるんだ」 もし破ったらどうなるか、などというのは口にせずとも通じる。同じ隊に所属する者同士その程度の意思疏通はわけなく行える二人であった。 しかし、神山は納得できなかった。「……またですか、隊長。失礼を承知で申し上げますが……隊長は隠す癖にすぎるところがあります」 この男がまさか言い返して来ようとは。 そんな驚いた目で神山を見下げていた沖田は、珍しいもの見たさに一応最後まで聞いてやろうと黙っていた。「自分が隊長のために何ができるだなんて、自惚れたりはしません。……ただ、些細なことでもいい、仕事のこともそうでないことも。我々隊士と共有化を図ってくださってもいいのではありませんか?」 神山の言葉に、バーカ、と一言だけ残し。沖田は踵を返して部屋を出て行こうとする。 待ってくださいまだ何もしてない……と神山は引き止めようとしたが。沖田は頑として譲らなかった。「なんでいちいち隊で共有しなきゃならねーんだよ」 まぁでも、と。沖田は立ち去る寸前、神山に少しだけ顔を向けて言った。「心配してくれてどうも」「隊長……」「だが余計なこと考えてねーで仕事しろ。アホが」 乱暴に部屋の襖は閉められたのだった。*****「……てゆうか、しゃべっちゃってるじゃんかヨお前。今ここで」 神楽が眉をひそめて咎めると、内部の者には誰一人にも口外してませんと神山は言い訳した。「結局お前がやってることはストーカーと大差ないアル」 パフェもすべて食べ終わり、長々と連なる伝票の端を指でくるくると弄りながら、神楽は向かいの神山を一蹴りする。「誰にだって知られたくないことのひとつやふたつ、抱えてるもんアル。それを聞き出そうとするなんざ野暮なことヨ」「しかし……神楽さん。あなたは隊長と適度な距離感を保っておられるから、それでいいのかもしれません。けど自分たちは違うんスよ。自分たちは隊長を慕って集った隊。一心一体、隊長と運命を共にする覚悟でいるッス…。たしかに普段は散々サボり魔でバカでドSな隊長のことけなしたりもします。けれど、もしものときには隊長のためなら命を投げても構わない。それくらいの覚悟は持ち合わせてるッス。 ……恋愛のひとつやふたつ、命なんて減らないでしょう?だったら、困ってるんなら、相談してくれてもいいと思うッス!」 神山は、こんなことを目の前のチャイナ風の娘に言ったところで仕方のないこともまたわかっていた。 けれど、どこかでまだ認めたくはなかった。真選組の隊士でもない。ましてや性別も違う。年齢だって沖田よりも下で。やたらと大食い。そんな人物に、自分たち以上に隊長を理解しているなどということを、信じたくはなかったのだった。 一方で神楽は、目の敵たる沖田の下にいる隊士が、これほど沖田に信頼を寄せていることに正直驚いていた。 物好きなやつらだと思う反面、不安定な沖田にこいつらバカ共の安定感は、不可欠な存在なのかもしれない。そうとも思えていた。「……お前が女だったら、あいつのいい彼女になってたかもしれないアルな。ま、変態には変わりないだろうけどな」 神楽は呆れ笑いするしかなかった。 類は友を呼ぶと言うべきか。あんなアホバカドSの周りには、こんなアホバカドMが集ってくるのだろうか。 つくづく幸せなやつ。けどその幸せにすら気づけないバカなやつ。 ぬいぐるみに例えられる私なんかより、よっぽどいいぬいぐるみがそばにいるじゃんかヨ……「……そのぬいぐるみってのが誰のことだか知らないアルけどな。 私は、やっぱり。そーゆう話はペラペラと人にしゃべるもんじゃないと思うアル。そこだけはあいつに同意するネ」「……しかし」「どんなに親しい間柄にだって。秘密にしときたいことっていろいろあるもんヨ。開示するかどーかのさじ加減でうまく人間関係のバランス保ってるアル。 ……その話は本人から聞く機会あるまで聞かなかったことにするネ。そうすれば人間関係は進みもしないし後退もしない。私はそれでいいアル。結局、サザエさん方式が一番いいアル、あいつにとってもネ」 神山はその場でうつむいた。それ以上神楽に言い返せなかった。 結局自分は、沖田のことを想うからこうしているのだと、言い訳を繕って。単なる自己満足をしていただけなのかもしれないと思えたから。 もっと開示して欲しいという神山サイドの気持ちを、沖田へ無理やり押し付けてしまっただけだったと思えたから。 沖田にとってどうすべきか。何がありがたいことなのか。それを考えて行動できる目の前の少女は。やはり、沖田の理解者の一人であり。沖田にとって特別に想える人なのだろう、と思っていた。 自分が少し情けなくも思えていた。「……自分は、どうすべきだったんスかね」「私に聞くことアルか?それ」 ただ……と。神楽は思いを廻らせた。「……もし私がお前ならこうするネ。 二人が会話してる姿だけ見て。とりあえず見るだけにして。内容は聞かない。……何話してるんだろって、気になるけど聞かないネ。その代わり、それをダシに脅してやればいいアル!お前何食堂のおばちゃんとランデブーしちゃってるネ?つって。 ……そうやってからかってやるくらいが。あいつを適度に懲らしめるいい方法アル」「うーん奥が深いッス……しかし神楽さん、自分は別に隊長を懲らしめたいわけでは」 じゃぁこれはどうか?と、神楽はもうひとつ提案する。「もしくは会話中の隙をついて一発ドカンとぶちこんでやるネ!そして会話は強制終了させるアル」「そんな乱暴なこ」 神山の言葉は、そこで途絶えた。 突如、ファミレスのガラス窓がドカーン!!という音と共に粉砕され、煙が舞っていたからだ。 手際よくテーブルの下に隠れて無傷の神楽。咄嗟に反応できず座席の上でひっくり返った神山。 そして、そのテーブルの上には、肩にでかいバズーカを背負った沖田が。土足のまま仁王立ちしていた。「神山、てめー公務の最中にガキとランデブーするなんざいい根性してんな?え?このロリコンが」「ち、違うんス隊長!!今休憩時間中でしてその!」「言い訳無用でィ。てめーエンコーけしかけた疑いで切腹。もしくはしばらくの間は奴隷のごとく俺の言う通り働け。いいな?」「イ、イエッサーー!!隊長の奴隷なら本望でぐぼがは!!」 沖田の足元に飛び付こうとした神山はあっけなく踏みつけられテーブルにめり込み意識を失った。 そんな無惨な光景には目もくれずに、神楽は沖田に向かって伝票をピラピラと振った。「おい、ここにいる可愛い少女はおっさんに急に呼び出されたから金持ってないアル」「はぁ?しゃーねーなクソが」 つーか可愛くねーし、とぼやきながら。沖田は気絶している神山の懐をまさぐり、同人の財布を取り出した。そして特に断りもなくその中身から支払おうとポケットを覗きこんだのであったが……「げ。足んねーじゃんマジかよ」 神楽の胃袋を、神山は想定していなかったのだ。仕方なく沖田は自らの懐からポケットマネーを取り出し。足りない会計と窓ガラスの修理費を支払いその場をあとにしたのだった。 沖田は、神楽と神山が何を話していたのかは聞いていなかった。 ただ、偶然通りを歩いていて見つけた、珍しい組み合わせの二人。この二人の間に何か共通の話題になるようなことでもあったっけ…?と思考を廻らせれば。自分以外ねーわ!とすぐに気付いた。そしてすかさずバズーカを構えたのだった。 結局食事代も一部払わされ。神山はこれからしばらくと言わず一生コキ使ってやろうと改めて心に決めていた沖田であった。「……でさ、なんでついてくんだよてめー」「なんとなく」 沖田が気絶した神山をズルズル引きずりながら、後ろからついてくる神楽に目を合わさないまま尋ねる。 神楽は少し面白そうに、沖田の顔を上目遣いで覗きこんでいた。「なんか付いてるか?顔に」「ううん。でも、仮面がついてる気がするネ」「はぁ?なんじゃそりゃ」 沖田は真選組のパトカーの後部座席に乱暴に神山を放り投げると、バタンと後ろドアを閉めた。「あのさ…」「何アル?」 先程からじっと沖田の顔を見てくる神楽に、沖田はいい加減耐えられずに尋ねた。「……どこまで聞いた?」「ん?」 沖田は耳の辺りの頭をガシガシと掻いていた。運転座席側の扉に手をかけたまま、開けようとしない。目線も神楽からそらし、うつむいていた。「……どこまでっつーか、何を聞いた?このバ神山から」 沖田が少し困っている様子を見て。少しいい気分だったのは神楽であった。「……何も。ただ、何故だかわからんケド。今後もお前と仲良くしてやってくれ的なこと、宜しくされただけネ」「……そうか」 少し安堵したような顔をした沖田。ころりころりと表情が変わるのを神楽は少し楽しんでいた。「言っとっけど、宜しくされないアルからな!」「いらねーよ。こっちから願い下げでィ」「あ、そういや私そろそろ仕事で万事屋に戻らなきゃならんネ。アッシー宜しくするネ」「てめー早速宜しくしてんじゃねーか、くたばれクソガキ」「宜しくされはしないけど、こちらから宜しくはバンバンするアル!」 そう言って沖田に断りもなく、ルンルンとパトカーの助手席に乗り込んだ神楽。 扉の内側ポケットに、いいものを発見。神楽は遠慮なくその小さな箱に手を伸ばし、酸味のキツいその酢昆布を、やっぱこれが一番うまいアルー!と頬張っていた。「てめー調子乗ってんじゃねーや」 図々しいやつだと思いながらも。部下が連れ出した人物である以上送り届けないと万事屋の社長に兎や角言われそうなため仕方がない。 それに……沖田にとって。決して嫌なことでもなかった。 むしろ……。「そういやお前って、曲がりなりにも隊長だったアルな」 シートベルトをしめていると突然そんなことを言い出す神楽に。はぁ?と疑問符で返す。 神楽は笑い混じりに言った。「ゴリラたちと一緒にいるときとは違うアルな。……お前も一応、人の先頭に立っていろいろ苦労してんだなーと思っただけアル」「なんだよ急に」 いつになく楽しそうな神楽を見て。嫌な予感しかしない。けれど沖田の方から聞き出すというのも地雷にしかならない。 沖田は黙って万事屋目指し運転するしかなかった。……クソ、それもこれもすべて神山のせいだ!「今日のところは同情してやるヨ。こんな部下もいて、大変そうアルな」「全くだ。名前に神がつくやつにロクなやついねーわ」 そう言って、沖田はアクセルを踏み込みパトカーを発進させた。 気絶していた神山は少し回復し。朦朧とする意識の中で密かに感じていた。 助手席の神楽と、後部座席の自分。 この勝負……自分の完敗だ、と。 [8回]PR