陽だまり2 okita x kagura 2017年11月04日 夜中のお散歩。チワワおすわりアル。 沖田は、溜め息まじりに言葉を溢した。「キスして、いい……?」 隣からふわりと聞こえたその声は、懇願にも近く、甘えるようで。そんな雰囲気になっていたとは言え、私は不意討ちに戸惑ってしまい、答えてあげることができなかった。 草むらの上に横並びに座っている。私の右手の甲に、その左手のひらを覆い被せて、それはかすかに震えていたのがわかった。 緊張、してる……。 私は返事もせずに黙りこくっている。耳元で囁かれただけで、ほら、こんなにも躊躇してしまうのに。キスなんてレベルを求められてもハイどうぞと言えるほど、恥ずかしいけど慣れてない。 付き合っているということなんだし。キスのひとつやふたつしたって何もおかしくないはずなんだけれど。なんだか狼狽えてしまって、ウンとは答えられない。そんな、いつも通りの調子だった。「やっぱ、まだ無理か」 手を重ねたまま、困惑混じり。 普段のそいつと全く様子の違う、視線をまっすぐ合わせることすら難しかった。それは付き合う前でも後でも変わらない。結局私たちは、対して関係性がまだ進展してない。ただ、お前キモいとか、どっか行けとか、そんな罵倒を沖田に対してしなくなったし、そもそもそういう感情すら沸かなくなってしまった。 そういう点では、やっぱり進歩はあるのかも。「嫌とかそんなんじゃ、ないんだけど………」 しどろもどろに言葉を紡ぐと、耳元から気配が離れる。そして、またフーーッと長いため息を吐かれた。安心しているのか、それとも、緊張をごまかしたのか。 どちらにせよ、そのため息は少し独特だった。それはきっと沖田が自分でも気がつかない癖のようなものなんだろうと思う。 私が知った、沖田の何気ない仕草のひとつだった。「………わかった」 短くそう言って、私の手から手を離して、少しだけ間合いをとって座り直していた。 人一人分もないその空間は、いざできると少しだけ寂しい。 たまらず尋ねてしまう。「……怒ったアルか」 三角座りに座り変えながら、覗きこむように沖田の表情を窺う。斜め下から顔を見ようとするけれど、いつの間にか少しだけ伸びた彼の横髪にふわりと隠されてあまり見えなかった。「そんな短気じゃねぇよ」「どうだかナ」 どっちかっていうと短気な性格じゃないかとも思うのだけれど。でも、少なくとも今の声色を聞いて、本当に怒ってる様子じゃないことはわかったから、ちょっと安心した。「……なんか、すまんアル」 軽い調子で謝ってみる。 すると、いいよ、と。らしくもない優しげな声を出して、私の肩に手を延ばす。体の横から私を引き寄せて、そのまま、トンと軽く抱きしめた。 相変わらず腫れ物にでも触るかのような力加減で。おそるおそる、私のことを抱きしめる。 私は目を閉じた。……その温もりは人一倍臆病で、けれど、きちんと意思が伝わる。 何も言葉にはしない。それでも、ああ私のこと好いてくれてるのかなとわかるから。戸惑いながらも、私も力を抜いて体を預けられている。 たぶん、このご時世の一般に想像するところのカップルとはちょっとかけ離れてるんじゃないだろうか。 別に、あえてイチャイチャしたいわけでもないけど。 こうやってこそこそと密会しては、探るようにちょっとだけスキンシップをして、また離れて過ごす。そんなことの繰返し………。 進展は一体、どこまでどれだけのペースでしていくものなのだろう。 ………そんな、ついこないだのデートの日から、また1週間が経過していた。 今日の私は、お昼時から夕方いっぱいまで、よっちゃんたちと公園で遊んで帰ってきた。なんだか疲れてしまって、ふわぁっと歩きながら大きなあくびをひとつ。「ただいまヨー!」 万事屋の玄関をくぐると、私は疲れを吹き飛ばすがごとく駆け出し、「定春ぅぅーッ!!」といの一番に抱き着いた。 アンッ!と嬉しそうに返事をする定春を、いつまでもこうして抱きすくめていたい! この圧倒的もふもふ感!! 定春の抱き心地には何者も勝らないな。たとえアイツであっても敵わない。これは常日頃から思ってる。所詮もふもふ度で言えばチワワなんて定春の足元にも及ばないものだ。 ついでに真っ白な毛並みと真っ黒な隊服、これも正反対。どうも吸い込まれてしまいそうな黒よりも、白い定春の方がわしゃわしゃと思いっきりじゃれ合うことができた。「テメーら玄関でイチャつくな、邪魔じゃま!」 片方だけ裸足でペタン、ペタンと玄関先にやってきた銀ちゃんは、そう言いながら私や定春には目もくれずにキョロキョロしてる。おっかしーなたしかにここで脱いだんだけどなーと呟く。どうせまた靴下の片方だけなくしたんだろう。「銀ちゃんやめてヨ、汚いアル」「アンアンッ!!」「あ? 年中鼻ほじってるテメーと年中糞撒き散らしてる定春に言われたかねぇよ」「ひどいアル定春はいい子ネ!」 あーあめんどくせ、と。自分だって鼻をほじりながらのくせに。怠け者の社長はそのまま再び応接間の方へと消えた。 定春の背中にふわんと抱き着いていると、なんだか眠くなってきた。疲れがピークのようだ。私は大きなあくびをひとつかます。「ったく。誰がこんなぐうたらな子を嫁にもらってくれるんだかねぇ……」「わ、私をもらうなんざそこらの男じゃ役不足アル!」 一瞬どもったのは、「嫁にもらう」というワードが出たから。それもあるけど、同時に、定春の毛並みの奥から、片方だけの靴下を発見したのもあった。 臭いは怖くて嗅いでいない。とりあえず玄関に投げ捨てておいた。「じゃぁもういっそ定春と結婚すれば?」「本望アルヨ、それ!」 店の奥から聞こえる声と会話しながら、まぶたを閉じた。 いっそ定春と結婚してしまえるなら、こんな悩みか抱えなくて済むのにナ。 ……別に、アイツと結婚を意識してお付き合いしてるとか、そういうわけでもないのだけど。 男女の仲の話題をかけられると、どうしても浮かぶのはあのチンピラチワワのことだった。 付き合うということになって、まだほんの数ヶ月。でも、このままだとひょっとして、あいつと結婚することになるのかもしれない。 そんな想像をするのは、とても難しかった。 そもそも結婚ってどうやってするアル。ゴリの時みたいな式とかやらなくちゃいけないアルか。パピーはなんて言うアル、今度は街を破壊するアルか。 そもそも、銀ちゃんや新八には、なんて報告したらいいんだろう………。 何も知らない銀ちゃんは、呑気に私をからかうだけ。 まさか、付き合ってる子がいます、それも銀ちゃんのよく知る人です、なんて喋ろうものなら、またパピーも来てなんやかんやで大変なことになりそうで。うんざりした。 ……だから、別に隠したいやましいことは無いけれど、こっちからあえて話す必要もないかと思う。 だけどこの先、どっかで周囲に告げなくちゃいけないのだろう。その辺のイロハもよくわからない。 付き合うなんてのは本当に難しいものだ。世の中不倫ばっかりしてる人はどんだけタフアルか。ついてけないヨ………。「ただいまー、あ、神楽ちゃん帰ってたんだね」「そっとしとけよ。また起きたらやかましいからな」 いつの間にか目をつむっていて、遠くから新八の声も聞こえたけれど、そのまま私は力なく眠りについてしまった……… ………それが、運のツキだった。「おい、神楽、神楽……!」 銀ちゃんの声に、まぶたをこすって持ち上げる。 いつものごとく、いつの間にか寝た後に、いつの間にか押入れの中に運ばれていた私は、銀ちゃんが何か恐れている様子が不思議だった。「何アルそんなに慌てて」「いや、ついに槍が降ってくるんじゃないかと」「はぁ?私の睡眠邪魔しといて何わけわかんないこと言ってるアル。槍でぶっ刺すぞコラ」「いや、お前に珍しすぎるお客さんが」「お客?………こんな夜中にアルか」 ふと時計を見る。夜の11時というところだろうか。 ………そこで、気づいた。気づいてしまった。 ぬあっ!!しまった!!「なっ!まさかアイツ……!!」 私は押し入れから飛び出して土間へ向かった。えっ、神楽ちゃんマジなの、マジであいつと待ち合わせ的なことしてたの??と背後からたじろぐ銀ちゃん声が聞こえたけど知らない。そんなことより、あいつ、うちまで押し掛けてくるなんて!!許すまじ!!「ふぁちょー!!」 玄関土間を突き破った。 ものすごい振動と音で、下の店が開く。うるさいよ!!と婆さんの怒号が聞こえたけど今はそれどころではない。 扉の下で下敷きになって………いるはずもない。俊敏な沖田は、私の奇襲にも動じずに、玄関横の壁に腕を組んでもたれ掛かっていた。「何してんでィこんな時間に」「それはこっちの台詞アル!」 何こいつワケわからん行動してんの?みたいな目で見るなヨ腹立つネ! ていうかワケわかんないのはお前だろ!まだ銀ちゃんに私たちのこと話してないって、散々言ったのに!「おい、神楽、これは一体……」 もっさりとした天パ頭にパジャマ姿で玄関先に出てきた銀ちゃん。背中に冷や汗が伝う。 あーあまたこんな壊して……と破壊された扉を見て呆れてる銀ちゃんを、私は制止した。何?あれ?沖田君は?と尋ねてくる。私は、チャイナ服姿にボサボサの髪のまま、押し倒された扉の上に立っていて、チワワはそこでうつ伏せで死んでいた(フリをしてもらっていた)。「ちょっとちょっと神楽ちゃんやめてくれるかなー。銀さんもうここで営業できなくなっちゃうよ。これ犯罪になるもの。公務執行妨害なんちゃらだもの」「ち、ちがうヨ銀ちゃん。こいつ元からここに倒れてたアル。倒れてたから私駆けつけてとりあえず今助けてやったアル」「これ助かってるの?これ死んでるよね?びくともしないよね??」「今から助けてあげるアル。今からこいつんちに連れて帰ってやるネ。ほらほらしっかりしろーくそさどー!」 沖田の腕を肩に回して、私はそそくさとその場を退散した。 銀ちゃんが「つーか結局なんで沖田君は神楽を呼びに来たの………」とぼやいてるのが聞こえたけど、でも一応、手を振って私を送り出してくれた。 なんか助かった。うまくごまかせた。「いやぁマジで槍が降ってくるかもな………」 私が沖田をヘルプしてあげるという珍事象に、銀ちゃんが2階の手すりのところでポツリとそう口にしていた。1階を横切りながら私はそれを小耳に挟んだけれど、聞こえないふりして、その場をあとにした。「いや、あれは完全にバレてるな」 私の肩に腕を預けて引きずられていた沖田が、むくりと起き上がった。かと思えばそう口にする。屯所へ向かう方向に歩く道中だった。「バ、バレたって……私たちのこと」「さぁ、そこまでは。バレててもおかしくねぇとは思うけど。まぁ少なくともさっきの俺がわざとらしく死んだふりしてたのはバレてるぜ、たぶんな」 平然と落ち着き払って口にするので、なんかイラッとして、とりあえず足蹴りしておいた。 すると無言で足蹴りされ返される。蹴られたのはお尻だった。痛くも痒くもない。でも、私は怒り返す。「逆ギレアル。お前の演技が下手だからのくせに!」「無茶言うなよ。旦那を騙せるくらいなら世界中の人間の前で死んだふりしても百発百中バレねぇよ」「……どんな状況アルかそれ」 沖田はそうやってややおどけて話すけれど。私にとってはあまり笑ってられる話でもなかった。 ひとつ屋根の下で一緒に暮らしている銀ちゃんに隠し通すことが、難しいことくらいわかってる。ただでさえ、これまでこそこそ出掛けていた。沖田とのことが知れるのも、時間の問題。 もしバレたらきっと改めて「なんで今まで黙ってたの」とかマジギレされるんだろう。銀ちゃんのマジギレは、物静かに穏やかに問い詰めてくるから、ほんとに怖い。勘弁してほしい。「だから言ったろ、最初から話しとけっつって……」「そんなん、言うタイミング無かったヨ……」 今日は、本当は、沖田とデートの約束をしていた日だった。 こんな遅い時間に、なんて思われるかもしれないけれど。私の体質的にも、こいつの事情的にも、日の当たらない夜が一番時間を作りやすい。 あれからもう1、2ヶ月くらい、こうして逢瀬を重ねてはいるのだけれど。たまに眠気に負けてすっぽかしてしまうのは、私のあまりよろしくないところだった。自覚はしてる……。 しょぼんとしながら歩いていると、私は、道がけに自販機を発見した。 暗い外灯しかない細い道の途中、そこの前だけがぼうっとした白い光に明るく照らされていて浮いている。「……なんか飲むか」 沖田がふいに立ち止まって、自分の財布を取り出して小銭をまさぐっていた。今日をすっぽかそうとしたことを怒ってるのかと思えば、そこまででもなかったみたいで。内心ちょっとホッとした。 私もポケットをまさぐろうとしたら「いいから。」と返された。沖田がジュース代を出してくれる。こういう時に素直に喜んで大丈夫なのかわからないのも、いつものことだった。「……じゃぁ、おしるこがいいアル」「え、マジか」「何アルか?」「なんかこう、普通にジュースとかじゃねぇのかよ」「晩ご飯すっぽかしたから今カロリーがほしいアル」「……へいへい」 グダグダ言いながらも、指を延ばしてボタンを押してくれた。 ガコンッと音を立てておしるこの缶は下の受け口に降臨した。 その時、タイミングよくぎゅるるるるとお腹が変な音を立てた。無意味だけどとっさにお腹を隠した。そしたら、フフッと声が聞こえる。横を見ると、こっそり笑われていた。普通に恥ずかしい。「ほら、」「あ、ありがとアル……」 素直に受けとったおしるこは、とっても温かかった。 ………最初の頃は、それこそまだ告白されて間もない頃は、沖田にジュースやら何やらを奢られることに、ものすごい抵抗感があった。そういう間柄が、こっ恥ずかしかったから。 けれど、今はそれもだいぶ薄れてしまった。 あんまり奢られてばかりというのは、チワワ相手とは言え、忍びない気持ちになるから正直得意じゃない。 ただ、そのもてなしに応じることで、チワワが少し嬉しそうにするから。それなら、仕方がないかなぁなんて。………とかなんとか理屈っぽく言ってみるけど、実のところは純粋におしるこが飲みたいだけだったりする。 私が缶を開けようとしたとき、ピロンピロンと音が鳴った。私と沖田は、自販機のお腹をまじまじと見つめた。すると、そこにあるルーレットはぐるぐると光って回っていて、そして、ピコンピコンと「あたり」の文字が光ると共に軽快な音を立てていた。「お、マジか、当たりじゃねーか」「良かったアルな!お前も飲めるネ。私の奢りアル感謝するヨロシ」「いやもともと俺の金だよ」 チワワが押したボタンは、光でよく見えなかった。 ガコンッ!と次に落ちてきたのは、普通に缶コーヒーだった。ホットブラックコーヒー。「お前面白くないアルな。そこのみそ汁ジュースとかにしろヨ」「そんな冒険する気ねぇし」 沖田は器用にカシャッと缶を開けると、小さな缶コーヒーをひと口、ふた口と飲んだ。「……そこ、座っていいアルか」 珍しく私からリードするように促すと、沖田は無言で私についてきて、隣に座った。自販機横のベンチ。チワワおすわりアル。「………なんで、来る前に電話とか寄越さなかったアル」「あほか。旦那や眼鏡になんて説明しろと」「新八は夜は帰ってるネ」「だいたいテメーが携帯持ってねぇせいだ」「それは私じゃなくて銀ちゃんに言ってヨ」「だからその「銀ちゃん」に俺からどう説明しろと」 喧嘩というよりも議論だ。これは、今まで何度も議題にあがるも、なかなか解決しないことだった。 もちろん、私だって多少なりとも努力した。携帯ほしい。友達と連絡とりたいって交渉を試みる。元々ダメもとだったけど。やっぱりダメだった。そんなわけで、うちには固定電話しかない。銀ちゃんはデフォルトでケチなのだ。「もっと言うとそもそもテメーが今日の「約束」忘れたからだろ」「………それは、ごめんなさいアル」 何も言えなくなって謝ると、なぜだか、ブッと笑われた。 何が可笑しいアル。そんな気持ちで睨み付けてみせると、沖田は笑みを隠すように顔を少し背けた。「いや、テメーがそんな素直に謝るのが、なんだかな……」 最近多くないか?と言われてみて、少しハッとした。 そう言えばこないだから謝りっぱなしな気がする。思わず自分の口元を手で軽く塞いだ。 沖田は、ちらっと私を見て、また顔をそらす。「……………かわいい」 そう言って、頭の上から撫でられた。 いつものようにセットもままなっていない深夜の私の髪は、わしゃわしゃされることで完全にとっ散らかる。 ただその行為を拒む気にはなれなかった。その行為が、こいつの不器用な愛情表現なんだとわかっているし。正直なところ、頭を撫でられて悪い気はしなかったから。 嬉しそうに笑うとき、こいつは顔を背ける。背けたまま、頭を撫でてきたりする。………言ったことないけどよく思う。まるでクレヨンしんちゃんみたい。 私は恥ずかしくなる気持ちをごまかすように、言葉を続けた。「今度からちゃんと気をつけるアル」「何回も聞いたけど?その台詞」「……呆れちゃったアルか」「ハナから呆れてるから大丈夫」「……ごめんなさい」「あ、ほらまた謝った」 そう言いながら、沖田は缶コーヒーを口にする。 先程からずっと、ふわりとしたコーヒーの匂いがしている。私の手元のおしるこの香りも、なんだか掻き消されてしまう。 コーヒーを飲むのは苦手だけど、その香りはなんとなく好きだった。 隣で沖田がよく飲んでいて、嗅ぎ慣れてきたから……かな。「……まぁ、俺も悪かったよ。いきなり押し掛けて」 沖田がちらりと私を見やる。「飲みたい?」そうやって缶コーヒーを見せるけど、私は遠慮した。ブラックコーヒーはほんとにまだ飲めないから。 ちょっと残念そうな顔をされつつ、沖田の言葉は続いた。「普段ならわざわざ行かねぇけど………今日からしばらく、会えねぇから」 ゆっくりとこちらを向く。瞬きをひとつ。暗くてわかりづらい顔は、自販機の逆光で、どことなく影のある表情だったと思う。 沖田は幕府からの命で、いわゆる出張というやつで、しばらくの間江戸から離れるらしい。 詳しくはあまり教えてもらってない。でも、きっと聞いたところで私がどうこうできるわけでもないし、あまり深くも追求しなかった。 ただ、たぶん1ヶ月くらい、と。その期間を以前教えてもらえただけでもありがたい方だと思う。「寂しくなるナ………」 思ったままを口にした。 その言葉に、また沖田は、フーーッと変なため息をつく。おもむろに自らの頭の後ろをぽりぽりと掻いて、私に言った。「そっか……寂しいって思ってくれんのな……」 心からの吐露に、胸の奥が少しばかり痛む思いがした。 きっとまだ、自信が持てないのかもしれない。私の彼氏であることに。私は私で、こいつの彼女であることに。 不確かで、見ることも嗅ぐことも触れることもできない、やっとできたばかりの細く千切れそうな繋がりを、一生懸命に確かめてる。 そんな作業の繰り返しなんだと思う。「………今日はキスしようとか、お前言わないアルな」 私は一度も応じたことがないのだけれど。私から、こんなこと言うのは初めてだった。私からの、合図だ。 なのにさ………。人のことは言えないけれど、経験値の浅いこいつはとても鈍感で。案の定、私の気持ちに気づきもしないで、バーカと一言罵るだけだった。「こんな遠出前にそんなことしちゃァ、仕事に身が入らねぇわ」「……じゃぁこうするネ。お前が無事帰ってきたら初チューするアル」「おいやめろ、それ完全にあれじゃねぇか、死亡フラグじゃねぇか」「フンッ!ざまあみろヨ!」 鼻をあかしてやったような気分で、へへんとベンチから立ち上がった。おしるこはごちそうさま。すとんと投げた空き缶が無事吸い込まれると、私は歩き出した。「嫌なら、きちんと生きて帰ってこいヨ」 私はちゃんとかぶき町で待ってるから。 こんなふうに、大手を振ってこいつの横にいられる。こいつの帰りを待つと言える。 それは、私がちゃんと彼女であることの証のようで。何となく嬉しいことだった。「言われなくとも」 沖田が缶コーヒーをごみ箱に捨てると、私たちは歩き出した。 お昼は定春のお散歩で、夜はたまにチワワのお散歩。私は忙しいな。………それに、嬉しい。「手、繋いでいいアルか………」「急だな、いっつも」「繋ぎたいアル」 頭をよぎった考えを口にするや否や、その手を勢いよく引かれた。引いてくれた。ちゃんと応じてくれる。 私より少し大きめの手。良いともすんとも言わないけれど、無言でそのまま引いてくれるその手が、私は好きだった。 そのまま、なんとなく夜道を散歩する。「何か食うか」「……いいアルか?」「時間も時間だから、コンビニでよければ」「わっほい!」 沖田のその手を見てみる。 ふと、手の甲にある小さな切り傷が目に留まった。きっとこの体に抱えている数々の傷痕に比べれば大したことない傷なんだろうけれど………脇に刺された刀がカチャリと揺れる音も相まって、なんだろう。とりあえず、親指の腹ですりすりとその傷痕を撫でてみた。「チャイナ?」 声を掛けられて、今度はギュッと力強く手を握り返してみた。「………手、あったかいアルナ」 私がそう口にすると、沖田はしばらく、黙った。 何か変なこと言ってしまったかな。少し気に掛かったところで、沖田はそっぽを向く。そして、笑い混じりの声で答えてくれた。「おしることコーヒーのせいだろ」 そして私の手をぎゅっと握り返してくれた。 ……最初の頃は、ほんとにどうしようかと思ったけれど。 こうして会う度に少しずつ、沖田が笑ってくれることが増えて。嬉しかった。 [5回]PR