食欲のない秋3 okita x kagura 2015年10月01日 食欲のない秋2のつづきです その3、沖田と神楽「沖田隊長、ご苦労様です」 真選組の屯所はひんやりと爽やかな朝を迎えた後、日は順調にてっぺんへと登り続けていた。 秋晴れの陽射しの下、庭を歩き回りながら分厚い書物を読んでいた沖田は、ちらりと山崎の顔を見ただけでまた書物へ視線を落とした。「嫌みかザキ?俺ァもうここ2週間なーんも仕事してねぇけど?」「ただの挨拶じゃないですか。そんなに気に障ります?」 山崎は制服姿で手にミントンのラケットを持っていた。 一方沖田は袴姿で腰には竹刀を、手には書物を持っていた。 いろいろ正反対だと山崎は感じて少しミントンの素振りをしようとしていた気が失せていた。「……それに、隊長は何もしてなくはないでしょう? 報告書に追われたり、剣道の素振りしたり刀手入れしたり。屯所内でもできる限りのことは全部してるじゃないですか。今もほら、そんなに分厚い書物読んでいて。ご苦労様ですと言ったまでですよ」 さながら二宮金次郎のように、沖田は書物を手にしたままうろうろしている。謹慎が長引き動くこともできず。じっとしていられないのだろうが。山崎や他隊士にひた隠しにしようとするその体調具合が気になり、山崎としては声をかけずにはいられなかったのだった。 しかし一方の沖田は、一人にしておいてほしかったため努めて冷たく言い放った。「用がねぇんならさっさどっか行ってミントンでもしてろ」「隊長……せめておはようございますとかの挨拶くらいはしてほしいですよ」「いちいちうっせぇよ。何?ぽぽぽぽーん?古ィからそれ」「いや隊長のその発想が古いですって!……けど、挨拶すれば友達増えますよ」「増えない増えない、魔法の言葉は俺には効かないの」 そんなやりとりをしていたところ、遠くからドサッドサッと大きな駆け足が聞こえてきた。 山崎はここ二週間ほどの間で何度も聞いたことのあるその足音が、屯所の近くで停止したことを耳で確認した。「おやっ、友達が来たみたいですよ?」 山崎の言葉に、相変わらず視線を書物に落としたまま沖田は返事をする。誰が来たのかは一応沖田にもわかっていた。「あいつが今屯所に弁当運んでんだっけか?」「そうですよ。これがまた意外と旦那に似つかず真面目な仕事ぶりでして。…………そういえばちょうど、隊長が謹慎言い渡された直後くらいからでしたかね」 沖田の謹慎はもうあと数日で終了する。そうなる頃にはきっと、弁当屋の主人の怪我も完治し、また元通りスクーターのブイブイいわせたエンジン音が聞こえてくることになるだろう。 そう、今のように、「ちわーっ!弁当届けに来たアルー!」と甲高くあどけない三河屋さんのノリの声が門の外から響いてくる日も、もう数えるほどしか残っていないだろう。「どうですか隊長? せっかくだからあそこでチャイナさんに会ってお話されてきては」 山崎が少し楽しそうに言うので沖田は多少ムカついていた。 と、地味さを駆使した鮮やかかつ地味な手さばきで沖田が読んでいた書物をひょぃと取り上げた。沖田はチッと舌打ちし山崎を睨んだ。「ザキてめー……俺が謹慎になってっからっておちょくってんの?」「そうじゃないです。ただ……もう、そろそろ、いいんじゃないかと」「はぁ?」「いいじゃないですかもう、焦らさなくて。そろそろいい加減、チャイナさんとの絡みがあってもいいのでは!? ここまでにどんだけ文字数使ってるんですか沖田隊長!!」 両手に拳を作り、ふんっ!と鼻を鳴らす山崎。 沖田はそんな山崎を死んだような目で見ていた。「………あのさァ………そーゆうのほんっとうぜェんだけど。だいたい文字数俺のせいじゃねぇし」「いやしかし、そろそろ読者の立場も考えてですねぇ……」「つーか俺が大人しくしてりゃァチャイナチャイナっつって。テメー俺とチャイナがどんだけ関係薄いかわかってんだろ」 沖田の発言に山崎が眉を潜める。今日の山崎は何となく強気であった。「はぁ?今さら何言ってんですか隊長。銀魂開始からもはや十年以上、今や他の追随を許さぬ最大勢力じゃないですか。……俺とたまさんという公式さえをも飲み込む圧倒的支持率じゃないですか!!」「何ちょっと悔しいみたいな顔してんだよ腹立つ。だいたい見合い失敗したテメーらがいつから公式になったと錯覚してんだ」「ぐっ……それは………」 書物を山崎から手渡し返された沖田だったが。もう読む気も失せていた。というより、体力低下を防ぐために外へ出ていたはいいが、やはり今日も不調で全身がだるかった。 まともに栄養を摂取できていないから当たり前といえば当たり前なのだが。体の調子が芳しくない沖田が、わざわざ部外者の神楽に会う気など到底なれなかった。「……なんやかんや言われてんのか知らねぇが、俺とあいつにゃそれほど接点無ぇからな。本編で行動一緒にしたことも両手の指で数えれるほどだろ、たぶん」「片手で数えられなけりゃそれはもう十分な接点ありですよ。俺だけが思ってることじゃないと思いますよ」「いちいちめんどくせぇ勘繰りしてんじゃねぇよ。中2じゃあるめぇし………」 そう言いながらも、はぁ………とその場に突然へたかりしゃがみこんでしまった沖田。 隊長!?と山崎は慌ててそばに座り込んだ。「体の具合は」「何もねぇっつんてんだろ」 空咳をしつつ、具合いを悟られまいとフラリ再び立ち上がった沖田を、山崎は心苦しそうに見上げた。「……俺ァ今近藤さんや土方さんにも顔向けできる気分じゃねぇからな。ましてあんなクソガキに会えるテンションにもなれねぇよ……」「あの、俺はいいんですか?」「まァ地味だから」「……やっぱそうきますか」 と、そのとき。 一瞬の隙を狙って、何か小さな物体がピューーンと沖田と山崎の間を貫き抜けた。 二人が同時に振り返ると、屯所の庭の塀が一部破壊されていた。「おい!そこのチンピラチワワ」 甲高いなりにも凄みのある声が響いた。 テロリストにも引けを取らない急襲っぷりに山崎は冷や汗をかきつつ立ち上がり振り返る。沖田は表情を崩さないままに振り返る。 そこには、傘を肩に担いだ神楽が突っ立っていた。屯所の敷居は跨がれておらず、門の外から届く範囲・見える範囲で攻撃してきたのだった。「お前ちぃとツラ貸せヨ。ここ破壊されたくなけりゃな?」「やれ………どっちがチンピラだかわかりゃしねぇ」 呆れつつも内心戸惑っている沖田。 山崎は神楽が手に、何か傘以外の物を持っているのがふと目に留まった。そして、神楽の行動の目的を少し察することができた。「……チャイナさん、弁当は俺が中へ運んどきますよ」「おう!頼むヨジミー!」 馴れ馴れしく神楽とやりとりする山崎に違和感を覚え、ひょっとしたら二人揃って何か企んでいるのかと勘ぐった沖田。神楽のもとへ行こうとする山崎の肩に手をかけて引き留めた。「テメー何チャイナと結託してんだ?」「結託?人聞きの悪いことを……」 山崎はミントンのラケットで軽く沖田の手を振り払うと、隠しきれないニヤニヤ顔を見せつけた。「隊長、弁当屋ではなく、チャイナさんからのお届け物、ちゃんと受け取ってくださいね」「その顔やめろ腹立つ……」 山崎は沖田の声を聞くか聞かぬかのうちに門へと駆け出してしまった。そして神楽からいつもの大量の弁当入り風呂敷を受け取り、屯所の建物の中へと戻って行ったのだった。 沖田は仕方なく、山崎に遅れゆっくりと門の方へ向かった。 一歩一歩が少し不安定であることは沖田自身自覚していた。ふらつく足を悟られまいと神楽へ歩み寄る。因縁の相手へ背を向けて立ち去るわけにもいかないため、なんやかんや理由でも付けてテキトーに追い払おうと、神楽のもとへと向かった。 神楽は表情を変えぬまま近づいてくる沖田を見ていた。傘を肩に担いではいたが、それ以上攻撃する気は全く無かった。 最近町の公園にもめっきり姿を現さない。久しぶりに会った因縁の相手は、口こそ達者だが相当弱っているのが見てとれた。「何だ、俺は今忙しいんだ」「一番暇そうにしてるくせ抜かすな」「テメーにだきゃ言われたかねェ」 屯所の敷居を挟んで正面から向かい合い睨み合う。 ……と、沖田はあることに気づいた。 神楽の手には、小型の炊飯器があった。取っ手をしっかりと持ち突っ立っている。鈍器で殴るつもりかと沖田は一瞬警戒したが。予想に反し、神楽は沖田に構わずその場にゆっくりしゃがみこんだ。「……何してんだ」「言っとっけど、私は最近暇人じゃないアル。めっちゃ働いてるネ。……ほらヨ」 神楽が炊飯器をポンも開ける。と、その中からほわんと小さな湯煙が沸いた。 煙が散った後、内容物が垣間見えた。釜の中の白いそれを、沖田は黙ったまま見下ろしていた。「今日こそお前に食わせてやるネ、おいしいご飯!」 神楽の声に、沖田は内心驚くと共に拍子抜けしていた。 神楽は沖田ではなく炊飯器の中身を確認して、うんよしいい感じアル!といつものあどけない声に戻って一人呟いていた。「………なんだよ、それ」「お前そこ座れ」「なんでテメーに命令されなきゃ」「いいから!」 神楽はさっと立ち上がり、沖田の二の腕を鷲掴んで半ば無理やりそこへ座らせた。あまり力の出ない沖田の体は、呆気なくその場へ崩れるように座る。 やっぱり、体力弱ってんだな………神楽はそう感じていた。 敷居を挟むように、沖田と神楽は屯所の内と外とで並んで門の隅に座り込んでいる。 神楽の反対側の隣には、ここまで弁当を運んできた定春がしっぽを振って佇んでいた。 一度敷居の向こうに行きかけていた定春だが、入っちゃだめアル、と神楽が優しく命令すると、おとなしく従っていた。 そんな神楽と定春のやりとりを、沖田は虚ろな目で見ていた。 相変わらず調子は良くなく、正直早く済ませて屯所の中へ戻りたかった。 そんな沖田の気を知ってか知らずか。神楽はホラホラ!と、沖田の肩をパンパン軽く叩きながら視線を炊飯器へと促した。「お前がごはん残しまくるから、弁当屋のじいちゃんたちは困ってしまうアル。今日はちゃんと残さず食べてもらうからな!」 神楽は持ってきていた小さい器とお玉を取り出して、よそい始めた。 それをまじまじと不思議そうに見ていたのは沖田。 こんな門のそばに座り込んで、こいつと自分は一体何をやっているのだろう……と、少し思考を廻らせることで気を紛らわせていた。 鼻に触れてくる米のにおいは温かくいい匂いには違いないだろうが。今の沖田にとっては、少し、目眩がしそうな程、苦手な匂いだった。「……どーせテメーがいつも残飯胃に収めてんだろ? ならもう別にいいじゃねぇか。タダでテメーの腹満たせてんだから」「アホか。誰がお前の残飯なんかで胃袋満たすネ。私はそんなドMじゃないアル。残飯処理は定春の仕事アル」 あ、でも定春はドMじゃないヨ!と付け足しつつ……神楽はよそい終わったそれを一度地面に置いた。炊飯器を閉めつつお玉を置き、今度は懐から手際よく小さなタッパーを取り出していた。「私はもうね、ちゃんと自分の食事作れる程度には成長したアルヨ。自分の胃は自分で賄うことができるようになった」 タッパーの中には赤くしわしわの梅干しがぎゅっと詰め込まれていた。それを二三個取り出して器へ入れると、再びタッパーを閉めた。「けどお前は、じいちゃんが作ってくれたお弁当食べるだけでいいのに。残してばっかりネ。人の助け借りといて自分で自分の胃も満たせてないアル」 だからね……、と。神楽は沖田に首を向け、きっぱりと言った。「今のお前と私じゃ、私の勝ちアル!」 はい!と。その手には、お粥の入った器。 沖田に向かいまっすぐ差し出されていた。 敷居の真上でお粥が差し出されたまま、神楽はじっと沖田の顔を見たまま静止している。 しかし沖田は………それを受け取ることができなかった。 目を器からも神楽からも背けた。 もう、その器の中身からの視覚と嗅覚だけで、戻してしまいそうだった。「……ちょぃ待ち」 沖田は神楽と反対方向を向いてうつむき、口元をおさえ、吐き気をぐっと堪えていた。 神楽はじっとお粥の器を引き戻さないまま、黙って見ていた。「……そんなに、深刻アルか」 神楽が心配そうな声をあげるものだから、沖田は胸やけのような苦しさとは別に痛むような感覚がしていた。「わかったろ……だからもう、構うな」 沖田は情けなかった。神楽の言う通り、人に差し出されたごはんすらも喉を通せないことが。 そして、情けない今の自分をこれ以上晒したくなどなかった。誰にも。特に、普段張り合うことの多い神楽となると尚更だ。「お前が食べたら帰るアル」「無理……」「だって、せめて一口だけでも入れないと体が」「入んねェんだよ……バカ」 力なくこぼれたその言葉。 神楽は瞬きしつつ、お粥の器を少しだけ差し戻した。「俺だって、普通に食いてぇし。腹減って死にそうに気分悪ィけど。……でも、入んねぇもんは入らねぇんだ……」 膝を折り、膝の上の両腕に首を埋めた沖田を、神楽は黙って見ていた。 黙って、沖田が次の一言を発するのを待っていた。 敷居を踏み越えて、顔を無理やり上げさせるようなことはしなかったしする気もない。ただ、手の届く範囲で、できるだけのことをしてあげたかっただけだった。「……こんなしょうもねェ勝負なんざ俺の負けでいい。テメーはもう、ザキが持ってった弁当届けて用が済んだろ?帰りやがれ」「……嫌アル」「なんでだよ」「用が、まだ済んでないアル」 重苦しい沈黙を追っ払うように、突然神楽は「あーあもうッ!」と空気に合わないすっとんきょうな声をあげた。「意気地のないやつアルな!」 お粥を一度地面に置き、神楽は沖田と反対側を向く。そこにいた定春の毛並を撫でてやりつつ、話し始める。「私の用件はね、じいちゃんからの依頼の全うアルヨ。じいちゃんにお前のこと話したらね、言われたアル。だったらお粥持ってってやれって。……わかるか?「DOM」アルヨ? すげくネ?じいちゃんすげくネ?」「………いや、意味わかんないすけど」 楽しそうな声色で話す神楽に、少し笑い混じりの声で話す沖田。その声を聞いて神楽は内心少し安心する。 けれど、まだ沖田は顔を上げない。 意気地がないことも情けないことも、言われずともわかっていた。一隊の隊長ともあろう自分が、ストレスで飯が食えなくなるなんてこれほど情けないことはないと思っていた。 だからもう、一人にしてほしい、一人になりたい……それがここ最近ずっと貫いてきた沖田のスタンスだった。情けない姿を誰にも見せたくなどなかった。 ただ、どうしてだろう。お粥を持っていい匂いさせてニコニコ話す神楽がそばにいるだけで。少しだけ泣いてしまいそうなほど、安堵している自分がいる。 その感情をもまた悟られたくなかったから、顔をうつむけ続けるしかなかった。「これ、けっこう重かったんだからな?だから食べて空にしてくれなきゃ!私もう持って帰るのヘトヘトヨ……」 神楽がそう言うと、沖田から力ないながらも的確なつっこみが返ってきた。「重かったって……そりゃ、炊飯器ごと持って来りゃ重いわな」 夜兎にとって炊飯器ひとつが大した重さじゃないことくらい、沖田もわかっている。ただ、わざわざ沖田のためにと、持ってきてくれたその「想さ」に、目眩がするような感覚だった。 沖田の声を聞き、神楽は再び定春から沖田へと体を向けた。「お前にアツアツをお届けしたかったアル。私に感謝するネ」 ほら、冷めちゃうから、と。神楽は沖田の肩をトンッと叩いてやる。 すると、ゆっくりと沖田は顔を上げた。 目元にかかった前髪を掻きよけつつ、再び神楽の炊飯器に視線を落としていた。中には大量のお粥が入っていた。 …………不思議と、吐き気の感覚は収まっていた。だがそれにしても、そこにあるお粥の量の多さに目を見張った。「……つーか俺こんなん全部食べきれねーし」「安心するヨロシ、これは私の分も計算済みで作ってあるネ」「結局テメーも食うのかよ。んじゃやっぱ俺食わなくていいじゃん」「ぐだぐだ言ってないで、ホラホラ!」 痺れを切らした神楽がれんげで一口分のお粥をとり沖田へ差し出した。 「ハイ!あーんするネ!」 沖田は目の前であーと口を開けている神楽に、少し戸惑いながら………「死ね。自分で食う!」 れんげを取り上げた。「ちぇっ、全力で口に突っ込んでやろうと思ったのに」「声出てんぞ」 クスクスと笑う神楽。その横で沖田は少しれんげを持つ手が震えていた。 神楽は、沖田からあえて視線をそらしていた。 頑張れ……と。その言葉は声には出さず、内心でエールを送る。「熱っつ……」 隣から聞こえてきた声。そのときちょうど沖田は口にれんげの中身をおそるおそる入れ込もうとしていたところだった。「あ!待って!ストーップ!!」「ッ?……何?」「やっぱ私も一緒に食うネ」「はい?なんで」「こうゆうのは誰かと食べた方が美味しく感じるもんアル」 神楽はもうひとつ持ってきていた器に自分の分をよそい、梅干しを入れ、手早く食べる体勢を整えきった。「あとね、挨拶はちゃんとしなきゃだめアルヨ」 まるでお手本を見せるぞと言うように、神楽はこれ聞きよがしに、「いただきまーす!!」と声をあげた。そして、ぱくりと一口食べた。 沖田はそんな神楽を見て、再び口角が緩んでしまう。 そして、「いただきます……」 神楽の動きを真似るように、れんげを口に運んだ。「……どうアルか?」 昨晩から、神楽は万事屋の台所で格闘していたのだ。 時間を間違えたり、水の量を間違えたり。お粥なんて誰でもあっという間に作れるだろとでも言いたげな銀時の呆れた視線も振り払いつつ。作ったものなのだ。 自分のよそった分を口に運ぶのも忘れ、神楽は先程と打って変わって沖田の表情をまじまじと見つめていた。 れんげを握ったまま、口に入れたものをゆっくり咀嚼した後飲み込んだのを見留めた。しばらく間をとり、ゆっくりと、沖田が二口目、そして、三口目を口に運んでいく………。 減ってゆくお粥を、神楽はどきどきしながら見ていた。 たっぷり時間をかけ、一杯のお粥を、沖田は完食した。「……大丈夫?」 そんな言葉を口にしてから、あ、やべっ、らしくないこと言っちゃったと神楽は思ったが。皿を置いてまた膝に顔を埋めた沖田に対して、かけられずにはいられない言葉だった。 舌から喉、食道を通って胃袋へ、 熱を持ったものがからだの奥を癒していく感覚がする。 沖田にとってその感覚は随分久しぶりだった。胃が満たされ、体が震えそうになる。 また涙がこぼれてきそうな思いもして、言葉を発せずにいた。「五臓六腑にちゃんと染みたアルか?」 隣からポンと尋ねられた言葉に、「………ちゃんと染みた」 沖田は弱々しくそう返すだけで精一杯だった。 それを聞くと神楽は、ほっ………と、安堵できた。そして心の中でよっしゃ!とガッツポーズを決めた。「私の用件、じいちゃんからの依頼、これでやっと達成できたアル!」 嬉しそうな神楽の声につられて、定春もアンッ!と嬉しそうに吠えた。 いぇーい!と、神楽の小さな手と定春の大きな肉球とがハイタッチしているのを、沖田は呆れた笑みを浮かべつつ見やっていた。「おかわりは?」「欲しいから、置いといて」 神楽はあいよ!と、炊飯器を持ち上げ、敷居の内側へと置いてあげた。「………私はネ、強くなりたいアル」 神楽が突然そう言ったので、沖田は不思議そうに、神楽を見た。「ちゃんと一人でなんでもできるように。ちゃんと大事な人たち護れるように。強くなりたい。だから、自炊もできるようにするし。掃除洗濯もこれからちょっとずつするし。……力だって付けるアル。いつまでも頼りっぱなしは嫌だし、心配かけるのも嫌アル」 そう言って、沖田の目を覗きこむように、ニコッと笑いかけた。「お前だってそうなんでしょう?」 そんな目線に心を打たれていたのは沖田の方。 この敷居がある限り、踏み込まれずにいる。敷居から届く範囲で、神楽は沖田を励まそうとする。 本人はきっと励ますというほど大それたつもりはなくて。ただ「仕事だから」と言い張るかもしれない。 けれど沖田にとっては……「わかってる……」 強くなりたかった。近藤を、組を護れるように。 そして、この人に励まされなくてもいいように。 沖田はやはり、勝負に負けたくなどないのだ。「ならもう、私の任務は終了アルヨ」 神楽はその場で立ち上がり、ぴょこんと定春の背中に飛び乗った。「じゃーな。またあとで弁当箱と炊飯器回収しに来るアル。ちゃんと門のとこに置いとけヨー!」 神楽は日当たりに出たため傘をさした。定春が方向転換をし、駆け出そうと一歩踏み出しかけた、そのとき、「チャイナ」 沖田は門の壁に手や腕を付けて体重を預けつつ、ゆっくり立ち上がりながら呼び掛けた。 神楽は上半身だけ振り返って沖田を見る。 沖田は下を向いた体勢から、顔をあげ、神楽と定春をまっすぐ見た。そして……「………ごちそうさまでした」 その言葉に、神楽の今日一番の笑顔が浮かんでいた。「どういたしまして!」 元気よく言い残し、一人と一匹は去っていった。 [7回]PR