告白 ryotaxayako 2017年11月04日 りょーちんと彩ちゃんのお話。卒業後。 「久しぶりだね、アヤちゃん」 久しぶり、と片手をあげてこちらに歩いてきたリョータの姿格好は、高校にいた頃とちっとも変わらなかった。「言う程でもないでしょう?1週間前会ったばっかじゃない」 ついこの間卒業式だったっていうのに。実は内心私も、ずいぶん懐かしく感じていた。 卒業して間もない。まだ大学生でもないし、もう高校の制服を着ることもない。中途半端なこの時期に、突然電話をくれた。リョータ君から電話だよ、なんて。親は呑気に私を呼び掛けた。部活のことで散々連絡のやり取りもあったし、別に何とも思わないんでしょう。女の子の友達いわく、クラスメイトの男子から電話がかかってきたらそれだけで家族に冷やかされる始末らしいけれど。その辺、マネージャーをしていた私の親は手慣れていた。 ……慣れてないのは、私の気持ちかもしれない。「へへ……なんか、卒業するまでは毎日会ってたからさ。1週間も会わないとすごく長く感じちゃって」 鼻の下を擦りながら照れくさそうに言うリョータから、なんとなく目をそらす。そこにいるリョータは、同じ人物なのに、私の知ってるリョータよりも少しだけ大人びて見えた。可笑しい話だわ。姿はちっとも変わらないのに。漂う雰囲気は春一番の風のように、どこか甘く、新鮮だった。 リョータの声なんて十分に聞き慣れているつもりだった。でも、あの時の家の電話越しの声は、どこか音質が違う。もはやリョータじゃないみたいに聴こえていた。 来週時間あるかな。こんなふうに誘われたのは高校3年間で初めてのことだった。お出掛けしない?なんて、ふわっとした誘いに乗ってしまったのは、気の迷いかしらね。 この公園の噴水の前で待ち合わせ。二人きりでね。 それが何を意味するのか。別に私は春子ちゃんのように天然でもない。だからわかってる。わかっていながら、ここに来たの。「……リョータは最後の最後まで卒業危うかったもんね」 素直じゃない私は軽口でそう言ってやると、「いやほんと……アヤちゃん先生のおかげ」 素直なリョータは照れながら返事をする。 3年の終盤、放課後まで付きっきりで勉強していた日々も今では懐かしい。あれも結局、マネージャーの業務だったのかしら。リョータのくねくねした子供っぽい字が連なるノートだって、もう何冊もチェックしてきたわ。「お陰様でオレ、バスケ続けられそうだよ」 地元の大学に進路が決まった彼は嬉しそうにはにかむ。……別の大学へ決まっている私は。どこか宙に浮いたような気持ちで「……良かったわね」 そう言うのに精一杯だ。「ねぇアヤちゃん。どっか行きたいとこあるかい」 もじもじとしながらもしっかりエスコートしてくれる。隣に並んで歩いているとさりげなく歩調を合わせてくれている。彼なりに精一杯おしゃれをした服のポケットに両手を突っ込みながら、こちらの顔を覗き見てくるから、「海、行きたい」 何の気なしにそうわがままを言うと、「へへ、オレと同じだ」 ニッと笑う顔から、また目をそらしてしまう。 別にずっと意識してきたわけじゃないのに。リョータが今、隣にいるだけで。鼓動がうるさい。それは、部活をしていたあの頃には考えられない感覚。………そうか。きっと今、要らない期待をしているからかもしれないなって。思ったらなんだか笑えてくる。 何かを、言われるんじゃないか。言ってくれるんじゃないか……。考えただけでも頭が沸きそうな妄想を沈めるために、ちらりと横を見やると、リョータはそっぽを向いていた。こちらを直視しない。頭の後ろをぽりぽりと掻きながら明後日の方向を向いている。 なんだか変な感じね。それでも、決して気まずくなんかはないの。リョータの隣は、とても心が落ち着いていられる。 そんな何とも言えない距離間のまま、私たちは駅に向かって歩いていた。 まだ制服を身にまとっていた頃の話。「もう、やっぱり寝てるし!」 高校の教室。私がちょっとトイレに行った隙に。やられた。これが解けるまで寝るな帰るな体育館行くな。そう言って、夕日の差し込む教室の真ん中に縛りつけてほんの30分。リョータはぐったりと机に突っ伏して寝ていた。しょうがないなぁ。 ……まぁ、無理もないか。ついさっきまで後輩の練習、見てたんだもんね。赤木先輩のように勉強がきちんとできるタイプでもないでしょうに。よく頑張ってるわ。それはわかってる。「リョータったら。最近髪のセットもテキトーだし……」 本気で疲れて寝てるからか、私がそう声を掛けても全く反応しなかった。リョータの左側にある座席に腰を落ち着けて、横から頬杖をつきつつまじまじとリョータを見ていると、あることに気がついた。「………あら?」 そういえば、無い。いつもトレードマークのように身に付けていた左耳のピアス。まさか落としたとか。いや、このタイプのピアスであんまりそれはないか。もしくは気分?衛生的な理由?…………そりゃ、たまに外す方がいいんでしょうけど。リョータがそんなまめな人間ってこともないだろうし。なんでかしら。 もしかしたら、右側につけてるとか。いや、そもそも右耳って穴空いてたっけ。 ぐるりと机の反対側に回り込んで、座った。右側の耳が、だらりと垂れた茶髪に隠れて見えにくい。手を伸ばす。薬指の先でほんのりと耳元の髪をすくい分けた。すると………耳元から身体全体にかけて、小刻みに震える。「…………クフッ、くすぐったひ」 不意にくぐもった声がしてどきりとした。本当に不意討ちで。思わず手を引っ込めようとすると、にゅんと手が延びてきた。先程までリョータの髪に触れていた薬指が、中指が、小指が…………顔をあげてこちらを向いているリョータの右手に、そっと絡め取られてしまう。私は振り払うでもなく。リョータもがっちり掴まえるわけでもなく。柔らかく絡まった指と指……。 こちらをうっとりと見つめるリョータの目に。魅入ってしまう。「アヤちゃん………あのさ………」 リョータの頬はだいだい色に染まっていた。それは彼自身の肌色の変化なのか。夕日のせいなのか。わからない。ただ、彼の言葉はそこで止まり続きを聞き損ねてしまった。しばらく続いていた沈黙を裂くように、廊下の向こうからリョーちーーーん!!とうるさく響く花道の声が聞こえてきたからだった。「あん時はピアスやめてたんだ」 聞く機会もなくて、胸のうちに小さく残っていたあの時の疑問を尋ねてみると、リョータはそう言って軽く笑った。 海辺を歩いていると、カモメの鳴き声や波が砂浜を撫でる爽やかな音。それしか聞こえない。そんな環境の中、リョータの声はいつになく優しく心地よく耳に届いた。 少しだけ見上げる彼の左横顔に、太陽の光を反射した小さなピアスがちらりと光った。まだ寒いこの季節。冷たい海風に吹きつけられながらゆらゆらと揺れる私のイヤリングとは対照的で、じっとそこにとどまるその輝きは、小さいながらもどこか決意の強さを表しているようで、私は好きだった。「でも今はつけてるのね」「アヤちゃんもピアスにしなよ」「私はいいわ。穴空けなきゃいけないし」 痛いのはなぁ、というのもあるけど。一度空けてしまったら、しばらくずっと空いてしまう。空っぽな空間を体に作ってしまうのに躊躇する。たまに気が向いたら、ゆらゆらと揺れるイヤリングをつけて飾ればいい。わざわざ穴を作ろうとは思わない。「……どうして一時やめてたの?」 海の向こうには地元じゃ有名な小島も見える。空は青いし、雲もなくて。綺麗で。こんなにも広大な海辺を歩きながら、私たちは、耳元のほんの小さな物ひとつの話をしている。 なんだか滑稽だと思った。リョータはそんなこと気にしてないんだろうけど。半歩後ろを歩くリョータは、私の後ろでしばらく沈黙した後……「その、何て言うか……」 口ごもるリョータ。言いにくかったら別にいいけど、と言うと。いや、その……と、言いにくそうながらも口火をきる。また鼻の下を指の甲で軽くこすった。「諦めようと思った、と言うかさ……」 諦める?話の意図が掴めずに立ち止まると、急に止まった私の肩に後ろから追い付いたリョータがコツンとぶつかった。ごめんっと短く言われて。リョータはそのわずかな距離間から離れるでもなく。私の顔を、見ては目をそらし、そしてまた見て……と繰り返した。「リョータ?」 私がそう言って顔を覗きこもうとすると、何かの気持ちを固めたように。一度、口を真一文字に結んで。そして言った。「穴…………そのうち塞がるかなって、思って………。けど、思いの外、塞がってくれなくてさ………」 リョータの言わんとするところに、薄々気がつき始めてしまった私は、息をのんでしまった。急に、世界が変わるように。心臓が高鳴って、動けなかった。 きっと春子ちゃんなら、そんな意図に変に気づいたりしない。それに優しいから、「無理に塞がなくていいじゃない?」 って言えるんだと思う。そんな風に天真爛漫に言えたらいいのに。………私はきっと、元来すごく意地悪なんだ。「……新しいピアスでも、付けてみたら?」 突き放すようにこんなことを言ってしまうのは。照れ隠しなのに。きっとそうはとってくれない。声色も思いの外冷たくしてしまったと自分でも思った。案の定、リョータは黙ってしまった。 ごめんね、リョータ。 リョータならきっとどんなピアスでも似合う。どんな………人でも……………。言おうとしたのに、そうはさせてくれなかった。「それじゃ、だめなんだ」 そう言って、リョータは遠慮がちに片方の手をあげて、そっと伸ばして、そして私の頬にひたりと添えた。その手は震えていて、でも頬から離れずに。視線はまっすぐに、私の目を射止めていた。「だめなんだ………やっぱり、付き合いたいよ………」 もう、ごまかしきれないと思った。冷たい海風が、リョータの手に遮られて当たらない。温かく熱を持った頬は、リョータの手の温度なのか私の温度なのか、わからないくらいに。熱くなってしまって。どうしようもない。 頬を覆うように添えた手の親指が、私の唇をなぞる。遠慮がちに、でも、どこか欲を伴うように。ゆっくり。じっくり。眼差しは伏し目がちで。私は何度もまばたきしてしまう。リョータの指にほぐされるように撫でられるのは心地よくてたまらなかった。「好きだよ。アヤちゃん」 ………私は喉から返事の声を出す代わりに、つっと目を閉じた。するとしばらくして。軽く、本当に軽くちょっとだけ、あったかなかったかわからないくらいの、キスをされた。 目をぱちりと開けた。頬から手が離れていた。 あれ、リョータがいない………と。下を向くと、そこにいた。その場にしゃがみこんで小さく頭を抱えて丸まっていた。 ああ!ついにやっちゃった!!ああー!と。喜びとも後悔とも何とも言えない小さな雄叫びをあげているリョータは、とにもかくにも、とてつもなく恥じらっていることだけはよくわかった。「なんか、ごめん!ホントっ!」 しゃがみこんだまま手と手を合わせて私に平謝りするリョータ。顔は見られたくないのかな。下を向いたまま、拝むように謝りまくる。……なんだか、意地悪を言ってやりたくてたまらなくなった。「……謝るくらいならするなっての!」 私の言葉に、へぇ……?と力なく顔をあげるリョータは、眉をハの時に曲げて、目も点になって。実に情けない顔をしていた。 それがあまりにも可笑しくって。愛しくて。アハハッ!と大声に出して笑ってしまった。「リョータ!あんたやっぱ最高だわ!」 バンバンッ!と恥ずかしい空気を振り払うようにリョータの背中を叩くと、え!?と呆気に取られるような顔をしたから。私も好きよ?と短く言う。そしたら、マジでッ!?と嬉しそうにパァッと笑った。花が咲いたように喜んでいた。 その表情に、バスケ部にいた頃の彼自身を見た。結局、変わらないんだ。リョータはリョータで。時に真剣に。時に嬉しそうに。くるくると変わるリョータの表情。いつの間にか、心を揺さぶられていたのは私の方だった。 [2回]PR