Moratorium3 shu x haruka 2012年12月18日 Moratorium2のつづき。日だまりの喫茶店にて。 「なんか…ほんとに、こんな話してすいません」「フフッ、いいのよ気にしなくて」ハルカは今、喫茶店に来ている。町から少しだけ外れたところにある、旅人の間では有名かつ人気の喫茶店。木造の落ち着いた雰囲気と、日の光をたくさん取り入れるため、壁よりも窓ガラスの面積が多いのが特徴。午後3時前後、お茶しに訪れた旅人や近くの町の人たちで、広い喫茶店はそこそこの賑わいをみせている。静かでもなく、うるさいわけでもない。程よい雑音の中の一角で会話するのは、大きなパフェのグラスを目の前に据えるハルカと、おしゃれなコーヒーカップをことりとテーブルに置いた、サオリだった。「そっかぁ…じゃぁ結局、……断られちゃったのね」「はい。それはもう見事にフラれました!」元気よくハルカは返した。内容量の多いパフェのグラスはすでに空っぽで食欲も上場。あんまりやけ食いはよくないのよ?と、サオリがたしなめると、これが通常モードなんで大丈夫です、と答えるハルカ。あの日の次の朝、ハルカは約束通りの時間より早めに、待ち合わせ場所に来ていた。街の中心地にある公園。丸い噴水のそばに据えられたベンチ。コンテストも終わり、たまたま公園に訪れていたファンの女の子にサインを求められ、普段は嬉しくなる気持ちもこのときばかりはとてもそんな気分ではなかった。けれどハルカは笑顔で、可愛らしい色紙にサインをする。小さい女の子は嬉しそうに母親のもとへと駆けていった。こんな風に、自分の気持ちを隠したままサインに応じれるようになるなんて。なんだか、慣れっこって感じかも。それはハルカの中で嬉しい感情ではなかった。書き慣れたサイン。とっさに作った笑顔。ふと、自分に似つかわしくないと思っていた。そこに、シュウは現れた。いつもと同じスタイルで、ポケットに手を入れたままいつもと同じようにこちらに向かって歩いてくる。今日はロズレイドはいない。約束の時間よりも少しだけまだ早い時間だった。ハルカはシュウを見た。ハルカの前でシュウは立ち止まり、おはよう、と挨拶を交わす。 「待たせたかい」「ううん、さっき来たとこだから大丈夫かも」ぎこちなさはなかった。端からみても、普段通りの二人の会話だった。ベンチのやや真ん中に座っていたハルカは、シュウの座るスペースを空けるため少し右にずれた。ありがとうと言ってシュウは空いたスペースに腰掛ける。二人の間の距離はとても近かった。隣同士で座ることがあってもたいていは人1人分くらいの空間が、いつもはある。けれどシュウは近寄って座った。それはシュウにとっては無意識だった。強いて理由付けるなら、これから大事な話をするから、というくらいの感覚。一方ハルカは、驚いていた。自分が昨日したことを考えれば、今さら驚くようなことではないのかもしれないけれど。少し身を横に傾ければ、肩と肩とが触れあいそうな距離。ハルカは思わず、体の横に置いていた手のひらを膝の上に移動させた。また心臓の音がした。けれど今回は、返事を聞く番だから少しまっしかも、と思っていた。「昨日の話の続きなんだけど」「うん」シュウは横目でハルカを見た。ほぼ同じ高さにある顔は、膝元の手に視線を落としていた。こちらの視線にも気づかない。シュウは再び前を向き、斜め向こうの空を見上げた。少し遠くに見える山々、水色の空、どこに焦点を当てるでもなく、ただただ見つめる。一度だけ、息を深く吸う。音もたてず、肺にたまっていく朝の空気。そしてそれを吐き出しながら、シュウは言葉を漏らした。「……ごめん。付き合うことは、できない」しばらくの沈黙。遠くで子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。その中で、黙ったままその場を動かない二人。 「正直、その時は頭が真っ白になっちゃったんです」ハルカは追加オーダーした紅茶を礼を言って受け取りながら、そう続けた。「ああ私フラれたんだーって思ったのはもうしばらく時間がたってからで。 実際フラれた瞬間はなんていうか……一仕事終えたというか。 ちょっとホッとして。あんまりそれ以上に頭が回りませんでした」「それで。ハルカちゃんはどう返事を?」「なんか……よく覚えてないんです」すごく頑張って笑顔作って何かしゃべったことは覚えてるんですけど。ハルカがおどけて言う。この子、今もきっとそうなんじゃないかなぁ。サオリはそう思ったけれどあえて言わなかった。頑張って気丈に振る舞うハルカの気持ちに余計な水をさしたくないと思った。ハルカの話によれば、全然いいよ気にしないでといった趣旨の言葉をとにかく並べ立てて、次のコンテストまた楽しみにしてるしまた戦いましょうと言って、シュウをその場に残したまま公園を後にしたらしい。その時のシュウの表情や何か言われたことはあまり覚えておらず、結局そこから一週間ほど過ぎて今に至るらしい。「シュウくんどんな顔してたんだろう。気になるなぁ…」「す、すみません覚えてなくて」「ううん。そういえば、断った理由は聞いてないのね」「…はい、聞くの忘れてたーってあとで気づきました」まぁでも、そういうものよね。サオリはそう言ってコーヒーをまた一口飲んだ。サオリはハルカの顔を見つめる。複雑そうな顔をごまかすように紅茶を口に運ぶ姿。食欲がちゃんとあることには安心したけれど、やっぱり心配。この前のコンテスト、サオリは不参加。しかしコンテストが開催されていること自体は知っていたため、観客として会場にはいた。決勝戦も当然見た。二人の演技はどちらも目を見張る成長で、結果優勝したのはハルカだったが、シュウの演技もそれは素晴らしいもので。どちらが勝ってもおかしくないほどだった。その日はインタビューが立て込んで忙しいだろうと思い、おめでとうの言葉を掛けるのをあとに回した。次の日、ポケモンセンターへ行った際にもし二人と会ったら激励の言葉を掛けようと思っていた。そしてたまたまハルカの姿を見かけて声をかけたが、そこにはいつもの元気なハルカはいなかった。どうしたの?と聞いても、何もないですと答えるだけ。そこで、サオリは話をあえて変えた。一週間後、この喫茶店に一緒に行かないかと誘った。有名な喫茶店、ハルカは少しだけ顔をはっとさせた。ちょうど行きたいなって思ってたんです。そう言ってハルカは話にのってくれた。一週間くらい、少し時間をおけばなにか話を聞いてあげられるのではないか。サオリはそう思ったのだ。そして、今、ここに至った。 「サオリさん、ごちそうさまでした」「いえいえ、こちらこそ付き合ってくれてありがとう」「それから…いろいろ聞いてくださって、ありがとうございました」「いいのよ、それも」「あの…私がサオリさんにこの話をしたこと、シュウには」「わかってる。大丈夫よ」「すみません」「安心して。口は固いから。 だからまた困ったことがあれば聞くわよ、ポケモンのことでも、なんでも」「…ほんとにありがとうございます」ハルカは深々と頭を下げた。ハルカとサオリは、次のコンテストの街で再会することを約束して、別れた。ハルカは次の街へ。サオリは、用事ができたと言って元来た道を戻っていった。サオリはこれからある人物と待ち合わせをしている。「サオリさん…」「シュウくん。遅くなっちゃったけど、準優勝おめでとう」サオリは緑色の髪の少年に駆け寄った。ありがとうございます、と一礼したのはシュウだった。今朝も来た公園。噴水の周りには親子、家族で遊びに来た子供たちが駆け回って遊んでいる。「すみません。お忙しい中時間を作ってくださって」「ううん。ちょっと後輩の子の演技指導してたのが長引いちゃって。遅くなってごめんなさいね」サオリは嘘をついた。いえ、僕もさっき来たところですから、とシュウは返した。その声にいつもの余裕はみられない。なんとなく本人はごまかしているつもりかもしれないけれど、これまでのシュウを見てきたサオリには、その様子の違いにすぐ気づいた。「それで、昨日の電話で言ってた、話したいことって何かしら?」サオリは知っている。けれど、知らないふりをした。先程までハルカに会っていたことも、相談を受けたことも。「はい、……あの、その前に、…これから僕がサオリさんに話すことは、ハルカには言わないでほしいんです」「ハルカちゃんに?」「彼女のことで、お話があるんです」さて、これから彼の考えをゆっくり聞かせてもらおうかしら。内心はそう思いつつ、わかったわ、と返した。もちろん言葉通り、これから聞く話をハルカに話すつもりもないし、さっきまでのことをシュウに話すつもりもない。こんな私でなにか聞き役になれるのなら。サオリはそんな気持ちでいる。二人のことを少し離れたところからでいいから、見守ってあげたい、と。「ここじゃなんだから、どこかお店にでも入る?」「そうですね…すみません」夕焼けの頃。ちょうど一週間前の出来事が起こったのと同じくらいの時刻。日が沈む景色の中を、シュウとサオリは並んで歩き始めた。 [0回]PR